エルフの守り
翌朝早く、フェアルは長老、ダビデ? うん? どこかで聞いたような、の家に連れていってくれた。平等を旨とする彼らのことだ、長老といっても普通の家に住んでいる。彼の年齢はもう千歳を超えるというので、白髪、長髭を想像していたのだが、普通に眉目秀麗な若者だ。どうやらエルフは、寿命が尽きるまで若い姿のままのようだ。
「よくおいでになった。おお、その姿。夢見の通りじゃな。ルナ殿」
「ノルデンラード辺境伯が娘、ルナでございます。なんと、私の名前まで予言されていたのですか?」
彼の分担は予言師ということのようだ。
「うむ。早々ですまないが、君の魔力を見せてくれぬか?」
ああ、なるほど、彼は何もかもお見通しだ。私は覚悟を決めて胸のペンダントを肌から離した。
「こっ、これは!」
すぐに戻したが、フェアルも長老もさすがに驚きの表情を隠せなかった。
「間違いなかろう。君は伝説の御使じゃ。ついに。ついに。黙示録に記された審判の時が来たのだな!!」
予言からの想定を超えていたのだろうか。少々、興奮気味に長老が語る。
「長老様がそう仰るのなら、本当なのかもしれません。もう全てを見通されているのでしょうから。包み隠さずお話しします。フェアルさん、申しわけありません、私は一つ嘘をつきました」
ここまで見透かされてしまう人には少しの嘘だったとしても、つき通すことはできないだろう。長老の真摯な目に見つめられると、何か不誠実な事をしている気もした。私はモルスの嘘についても語った。
「なるほど、宇宙を崩壊させる力か。今の魔力、宜なるかなじゃな。フェアル。彼女の嘘は許してやってくれぬか? 誰彼構わず真実を述べることが、正しいとは思えぬからな」
「はい。分かっております。長老様。当然。ここで聞いたことも、他言いたしません」
エルフの中は平等といっても、身分差がないということだろう。フェアル、長幼の礼節は、ちゃんと心得ている。
「そうじゃ。ルナ。それだけの力と使命、これから危険な目に会うことも多かろう。ここに『エルフの守り』がある。この宝具は君のために伝わって来たのだろう。どうか持って行ってくれぬか?」
彼が手元の宝石箱から出したのはピアスが一つ。片方だけという意味だ。耳に着ける白銀の輪から八ミリほどチェーンが伸びその先には花の萼状の留め具。一センチほどのティアドロップ型宝石が嵌っている。濃いグリーン色の宝石はマラカイトだろうか。魔除の石だ。「守り」というのは、魔法から装備する者の身を守ってくれるということのようだ。
長老の解説によれば、私に授けるというのは、ある意味、合理的なのかもしれない。このピアスの防御力は着ける者が持っている魔力量に依存する。一般人が着けても、ほんのわずか魔法攻撃ダメージを低減するだけ。気休め程度にしかならないそうだ。だが、私の魔力量なら鉄壁の防御力ということになってしまう。これを装備していれば、いかなる魔法も私に対しては無効となる。
ただ、少し困ったことも生じる。「よい」魔法。治癒魔法やテレパシー通信なども遮蔽してしまうということだ。これも長老によると、手立てがある。私が信頼できると思った人がいれば、その人に触れて「allow」と念じればよい。その人からの魔法は私に有効となる。逆に、信じられなくなったら、対象者を見て「deny」だ。ファイアウォールのホワイトリストと思えばいいだろう。緊急時にはリストを一時的に全無効にすることもできるらしい。
えと。ファイアウォールはいいわよね。IT用語としてのFWよ。ホワイトリストは、ブラックリストの反対という説明でいいかしら? 許可するモノの名前を書いたリストってことね。こっちの方がセキュリティ的には強いけど。ね。OKであるべき人を拒否することもあるってこと。
「お心遣い、ありがたく存じます。我がエルフ族に伝わる宝具。謹んで拝領いたします」
私はそのピアスを押し頂いた。
「ルナ。心せよ。一度着けたら二度と外せぬぞ」
ピアスを手にした私に長老が警告した。なるほど、このピアスが片耳分しかない理由を理解した。私は左の耳たぶ、長い耳の根元にピアスを持って行った。フェアルも長老も微笑みを浮かべる。「その意気や良し」という表情だ。おそらくこの世界の風習も同様なのだろう。これは一種のカミングアウトだ。片耳ピアスを、右耳に着けるのはゲイ、左耳は百合であること意味する。
って分かるかしら? 主に西洋人の習慣だと思うけど。右耳は「勇気と誇り」左は「優しさ」を表すみたいな感じかしら。だから、右=男性、左=女性が普通。と考えるのは旧来のステレオタイプな男女の役割、って気もしないでもないわね。私的には「勇気と誇り」というフレーズ、好きなんだけどね。いずれにしても、女性が左に着けるというのは同性愛者を意味するってこと。
前世でもそれほど広く知れ渡っている風習ではなかったし、この世界でエルフ以外の種族がどの程度認識しているかは分からない。だが、人族の間では、まだまだ、疎まれている同性愛を自ら宣言するというのは、それなりに勇気を必要とする。彼らは宝具を授ける対価として、私に試練を課したということかもしれない。
耳たぶにピアスの輪の部分をつけて少し魔力をかける。チクリと痛みが走ったがすぐ治った。ピアスは綺麗に嵌り私の左耳を飾った。このピアスは普通に揺れるが、魔法の力で、決してチェーンが切れたり外れたりはしないらしい。要は、死ぬまで私と共にあるということだ。
長老と握手をして「allow」した後、私はフェアルと共に長老の家を辞した。
長老さんは、全てを見通していたのかもね。ちょっと勇気がいったけど、カミングアウトしておくことにしたわ。でもね。それは私が意図し決断したってこと。敢えて「しない」判断だってあると思うし、その人を、臆病者なんて思わないわ、決して。人それぞれってこと。
前回と同じことなのですが、マイノリティーがマイノリティーでなければ、特に問題にならない。単に血液型と性格みたいな話でしかない。そういう自然な感じがいいなぁ〜って。
ということで。もうお気づきでしょうか? ルナ、ミチコなど一部例外はありますが、この物語の登場人物名は、新旧約聖書、および、その関連にちなんでいます。まんまも多いですが、捻ったりもしています。
ピアスは、ずっと気になってるんですけどね。ただ、中の人、痛いのはわりと平気なんですが、血が怖くて。うーん。見ないようにして開けてもらえばいいのかな?
その他、いろいろ、ルナさんに解説してもらいましたが、IT系のお話、これくらいは大丈夫ですよね? コンピューターのことって「理解する」というより「知識を得る」部分が多いのではないでしょうか? 文化系?の私でも、何とかなってる気がしますので。




