芙蓉の国
それから数ヶ月。平穏な日々が続いた。結構危険なガーディアン退治が平穏か? とツッコまれると何ともなんだけどね。いずれにせよ、冒険者としての日々は楽しい。
ちなみに、勲章はなかったけれど、リベカ、エドム、ジャムたちについては、魔族反乱軍鎮圧の功を称えられ、特別、前代未聞らしい、ゴールドクラスへの昇進が決まった。
ということもありつつ、各ミッションで、結構、お金も儲かった。ベルフラワーハウスには豪華な絨毯、絵画や調度品が次々と運び込まれ、高級貴族の家みたいになっていった。
そういえば、ここドルム領には剣が交差したトレードマークで有名な、白磁の名窯がある。白磁の源流は極東の国、フヨウとも言われているわ。私好みの薔薇が描かれた紅茶器。来客用含め一ダースをティーポット付きで揃えたらなんと金貨二枚もとられた。もちろん、銀のスプーンも忘れずに。
リベカと兄弟の誕生会が過ぎた六月。そろそろ、白百合の蕾も膨みいくつか花が開いてきた。フラグを立てずとも何となく分かる。そろそろ、なんだろうなぁ〜。
今度は、アロン本部長からの招集が来てしまった。本部長室に呼ばれたのは、ミチコと二人。
「ルナ君、ミチコ君、まずは掛けたまえ。紅茶を入れさせたので、飲みながら、気楽に聴いてくれ」
込み入った話になる時の本部長独特の言回しだ。
「しばらくは落ち着いていた世界の異変だが、どうやら最悪の事態が発生したようだ」
「と、いいますと?」
「魔法ウイルスの人族への感染、そして、広範囲な周りへの影響」
「バンパイアの眷属や魔族の部下、二次感染者ということですか?」
「そうだ。だが、今回は、二次感染者の数がとても多い」
アロン本部長は私から視線を外し、ミチコを見つめてこう言った。
「ああ、ミチコ君、どうか落ち着いて聞いてくれたまえ」
うん? なぜにミチコ? どういうこと??
「今回の一次感染者、マスターはフヨウの王。分かるな」
いつも冷静なミチコだが、さすがにこれは。血の気が引いて真っ青な顔をしている。私はそっと彼女の左手を握った。彼女の手は少し汗ばんで、心なしか震えているようだった。
当然だ。まだ内乱が完全に収まってはいないが、現在の暫定フヨウの王、ノブナガは、ミチコの元カレだ。
ノブナガに比べれば今までの感染者は、まだ、小物だったといえる。だが、一国の王が感染しその側近をも二次感染者として巻き込んでいる。魔族反乱軍の件は、魔法ウイルスと関係のない要素もあったが、どんどんウイルスが凶悪な物へと変異しているということなのか? いずれにせよ由々しき事態だ。
「今回のミッションは、龍王、魔王了承の上で、国王自らがギルドマスターに依頼したものだ。ここに至り言葉を繕っても意味があるまい。率直言う。ルナ君、ミチコ君。ノブナガを暗殺してくれたまえ」
一次感染者に近づけるのは、おそらく私しかいない。ミチコの支援があれば、ミッションについては問題ないだろう。しかし、しかし、相手は彼女の元カレなのだ。
「分かりました、本部長。これは世界の異変、危機であることは百も承知しております。そして悪魔が仕組んだ皮肉なストーリーであることも。私にも腹をくくれということですね。抗って見せます。悪魔が用意した運命に」
ミチコは、喉から絞り出すような声でそう言った。まさに、悪魔、ディアボロス好みのとても、とても、いやらしいシナリオだ。
「今回は、暗殺という、特殊なミッションであるため、他言は無用。申し訳ないが、パーティメンバーについてもだ。準備をして旅の渦からフヨウに向かってくれ」
ギルドが「一国の王を暗殺する」などというミッションを受けた事実を公にするのは、憚れることだろう。さすがに、大人の理屈と、私が揶揄できるレベルでもない。
ベルフラワーハウスに戻り支度をする。リベカと兄弟には厳しい守秘義務が課せられたミッションで、今は詳しく話せないと説明した。私たちの表情を見た三人は、その意図を十分に察してくれたようだ。深くは追求しない。
「気をつけて」とだけ。
「旅の渦を使うので三日ほどで帰るから」
私たちは言い残して、お昼ごろフヨウにワープした。東洋の国、もっと正確にいえばユーロ連邦以外については、魔法的な生き物や魔法を持つ人族が生まれる確率が低い。
ユーロ連邦では人口に対して約一パーセントがなんらかの魔法を持っているが、それ以外の国では一桁少ないコンマ一パーセント程度だ。
従って、魔法文明により繁栄している西側諸国に対して東側は経済的には厳しい状況ではある。だが、魔法がない分、それに代る物質文明への研究が盛んで、魔法があれば必要がないため西側諸国にはない、火薬が既に発明されている。すなわち、東洋には火縄銃レベルではあるが、銃器が存在する。
というような事情もあり、東側諸国には、ほとんどギルドの出先機関がない。フヨウに一箇所、その対岸の大陸に最近できた一箇所の計二箇所のみだ。ただ、いずれも本部扱いで旅の渦は完備されている。
やっぱり悪魔の計略よね。私だけじゃなくて、私の大切な人にも禍が降りかかる。こんな私のパートナーになったミチコに申し訳ないような。あっ、ダメ! そういうふうに私が発想すると、ヤツの思う壺にはまるわ。
ミチコが帰蝶、濃姫の生まれ変わりというか、パラレルな人と設定した時「本能寺やろう!」とは決めていました。ですが、TVを全く観ない中の人なので、去年のNHKの大河ドラマ「麒麟がくる」が明智光秀モノだと知ったのは、今年になってからです。もちろん、ミツヒデも、そしてその娘も出てきますよ!
白磁の陶器は、ドイツの名窯マイセンをイメージしています。カップ&ソーサー1客だけで5万とかしますし。金貨二枚は安い方かも。個人的にはブルーオニオン好きなのですが、ルナは派手好きなので。




