海豚亭での祝杯
私はサラ経由で魔王に、全軍を取りまとめている最中の父上、ロト師団長にも、それぞれ挨拶をし、ミチコと二人でペルテを辞した。
「未来の我が妻。今回は世話になった。北の魔都で、百年でも二百年でも待っておるぞ」
「まだ、言ってる。でも、魔王軍の援軍がなければ、とても酷いことになっていたのは確か。ノルデンラード軍に代わって、ありったけの感謝を」
「うむ。本音を言えば、今回の件は、余の不徳の致すところでもある。ルナの働きで事なきを得た。こちらこそ感謝するぞ。いずれにしても世界の異変は、魔族にとっても大きな問題だ。いつでもルナに協力を惜しまぬと、約そう。今後もよろしくな」
パーソナル通信だと魔王の語り口は大きく変わる。うーーん。魔王にも信頼を得た? まぁ、イケメンちゃぁ、そうだけど。
「ルナ。今回の働き見事であった! 総司令として勲章を授与したいところだ。だがな。ルナ。父として、一言言わせてくれ。確かに、お前は、世界を救うべくしてこの世に降臨したのかもしれん。しかし、しかしだ。私はお前、愛娘を、凄惨な戦いに巻き込みたくない。と、言っても無理なのだろうということも分かっている。だが、くれぐれも、可能な限り自重してくれ。他人ではなくお前自身を大切にな」
「お父様。私のグラウスを止めていただいたこと、感謝しているのです。お気持ち十分に理解しております。ありがとうございます」
総司令官も二人なら父子モードになる。彼が私の作戦を止めたのは、戦時の倫理観より、娘への想いの方が強かったのだろう。それは、よく分かる。
港から定期船に乗り、ホルムス経由でミュルムバードへ。四月となりこちらも桜が咲くのだけれど、前世で馴染みの深いソメイヨシノではなく、濃い目のピンク、彼岸桜風の木が多い。リベカたちより早く着くかなと思ったが、ベルフラワーハウスに戻ったら二日前に到着していたとのこと。
「おかえりぃ。早かったなぁ〜」
「おかえり」「おかえりなさい」
「ただいま」「ただいま戻りました」
「帰ったばっかりで疲れてるかもしれんけど。今夜、海豚亭行かんか? リリスたちと飲む約束してるんや」
「ああ、というか実はあんまり疲れていないというか」
「なんでルナそこで赤くなるんや? いや、これは分からん」
「禁断事項です」
「ああ、ミチコさん絡みというのは理解した」
というようなこともあり、久々の冒険者酒場。私はギター持参。
「お、魔族大戦の英雄がお出ましじゃねぇか!」
あああ、いきなり顔見知りの冒険者から声がかかった。
「ああ、死霊使いのアレでしょ? 英雄はこちら」
私はミチコを指差した。
「ちょ、ちょっと、ルナ!」
「マジか?」
「マジで。私、人をバラバラにするのは得意だけど、治癒魔法なんて使えないわ」
「がはは。なぁる。じゃ、あの天使降臨は、ミチコ姫かぃ」
「姫って? 私、そんな高貴な人じゃないわ」
「いやぁ〜 まんざら出鱈目でもないんだろう? フヨウのお姫様だったって噂聞いてるぜ」
ミチコは複雑な笑みを浮かべて、ツッコミをスルーした。
「さぁ、さぁ、みんな。北の大戦からの無事帰還を祝って飲むわよぉ〜」
先に来ていたリリスがフォローしてくれた。勘の鋭いリリスは、空気を読むのが上手くて助かる。
「そやけど、やっぱり戦争は嫌やなぁ〜 なんや、血ぃの臭いが鼻についてとれんような気がするわ」
「ですね。まぁ、飲んで忘れましょう」
いつものように、エドムとジャムがユニゾンした。
「ま、そうだな。だが、まだ短期決着できて良かったと思った方がいい。長くやってるとな。死体が腐る。一度その臭いを嗅いだら一生忘れられなくなるらしいぜ」
「おいおい。見て来たような嘘をつくなよセム。三百年も前の話だろ」
今日はテラが穏健派に回ったのか。
「いえ、それは、本当のことよ。私の故国フヨウでは王権争いの内乱が続いているの。だから知っているわ」
ミチコが自国の話をするのは珍しい。あの惨鼻な戦場を見て、トラウマが蘇ったのかもしれない? ちょっと心配な発言だ。
「さあ。さあ。そのお話はひとまず置きましょう。今回の戦争は最低限の犠牲で済んだ。何より私たちは生きている。それを喜びましょう? 今夜は」
また、助けられた。私たちより少し年上なだけだが、リリスは人間ができているというか、こういう時の取りまとめがとても巧みだ。
「あ。そうそう。旅の途中で一曲練習したの、マスターいいかしら? 歌っても」
「おおおお! 待っておりました。歌姫さま」
今夜の私はヴァージン・モヒートを飲みながら。蜂蜜とすりつぶしたミントの葉、炭酸水を入れて、グラスの飲み口をお塩で飾るやつよ!
で、三人で「Greensleeves」を。
ミチコも少しすっきりしたかな?
歌い終えたら、疲れてもいたので、早めに帰宅して、久々、自分たちのお部屋で、ミチコと二人。ちょっと、このところ、ミチコの言動、表情が気に掛かる。
「ねぇ、ミチコ、なんだかこのところ、ナーバスになってる気がするの」
「せっかく戦争のない国に来れたと思ったのだけど……というところかな。こちらに来て、ああ、ああやって私は死ぬんだぁ、みたいな運命から解放されたなって感じてた。だけど、あんなの見ると、ちょっとね」
「人は死の運命からは決して逃れられない。でも、どう生き、どう死ぬかは選択できる。はず」
「そうだったわね。ラプラスの悪魔のこと調べてみたわ。運命の岐路において人が何を選択するかは、予め決まっていない。だから未来は自らの意思で掴み取れる」
「うん」
凄惨な戦争だったけど、私自身は、かなり覚悟を決めたこと、お父様や仲間、狼さんにも助けれられ、気持ちが安定して来た気もするの。だけど、このところ、ミチコが少し変なのよ。心配だわ。
この世界の日本は戦国時代のパラレルワールド風。次回、ミチコ主演? お姫様と言われて、ちょっとイヤな顔をしたのがヒントです。




