反乱軍の鎮圧
「いつもながら見事は腕前だが、ルナ、なぜ、ゴブリンのように首を狙わなかった?」
「ああ、これは、私のウイークポイントかな。飛行の技と加速の技は同時には使えない。背が足らなかったのよ」
「なんと! 二つの技が同時に使えぬ?」
「うーーん。説明はとても難しいけど、どちらも同じ魔法扱いと思ってもらえればいいわ。同じ魔法は同時には使えない」
「同じ魔法というのがよく分からぬが、筋は理解したぞ。無敵に見えるルナ殿にもいろいろあるのだな」
と言って、狼族は真剣な表情、だと思う、で付け加えた。
「では。しばしの別れだが、我らの友誼は不変と思ってくれ。いずれまた我らとして、何か手助けできることもあるだろう。我らが『小さき誇り』よ。他日相見えんことを!」
「Pride」という言葉は彼らにとって特別中の特別。畏敬の念を含む誉という意味でもある。「小さき」は、誇りが小さいのではなく、私の体が小さいということだろう。彼らが与え得る最大級の敬称を拝受したのかもしれない。
狼族は街へ戻る途中で私たちと別れ、彼らの自治区に帰って行った。彼らなりのケジメを付けたということだろうし、人族のように、くどくどした虚礼は彼らの辞書にはない。
「じゃ、私は救護室に向かうわ」
ミチコは本来のプリーストとしての役割を果たすため、救護活動に向かった。既に日は落ちている。今日一日の戦いで魔族反乱軍はほぼ壊滅状態となった。夕暮れとともに停戦し、明日からは掃討作戦となるだろう。
作戦室に赴くと、お父様、総司令を中心に、明日に向けての作戦会議が始まるところだった。
「本日の報告を」
ロト師団長が敬礼をし総括を述べた。
「は! 敵、魔族反乱軍の将と思われるオーガロードは死亡、兵士の損耗率は約六割に達すると思われます。一方、ノルデンラード軍は死者、負傷者合わせて千名、魔族正規軍については三百名との報告を受けております」
この世界では治癒魔法で大概の傷は治ってしまう。ここでいう負傷者は手足を失うなど、魔法で治癒不可能な傷を負い、再び戦場に立てない兵士という意味だ。すなわち、死者+負傷者=兵の損耗ということになる。
約四パーセント。あれだけの戦いにしては、悪くない数字かもしれない。しかし、友軍合わせ千名近くが命を落としている。さらには、敵とはいえ、数万の命も奪われているということでもある。
「ロト師団長の報告通り、魔法ウイルス感染者であるオーガロード、および側近は討ち果たしました。側近以外の二次感染者はいない模様です。明日からは掃討作戦となると思われますが、冒険者についてはいかがいたしましょう?」
「ルナ部隊長、任務ご苦労であった。冒険者については、プリースト系魔道士を救護班に残し、残りは船にて帰還。冒険者諸氏の命を賭した奮闘に感謝する!」
ミチコを初めとする回復系の魔道士は、これから一ヶ月ほど続く掃討戦に備え、救護待機。それ以外の冒険者は役割を終えそれぞれの拠点に帰ることとなった。私? 残るに決まってるじゃない。
な、何言ってるのかしら? ぶ、部隊長なんだから、当然でしょ? リリスが帰ってミチコと二人部屋なんて、考えてないんだからね。
ちなみに、冒険者については、死霊使い事件の際に何名かの負傷者、治癒魔法で対応可能な負傷という意味だ、が出ただけで、犠牲者はゼロだった。
その三日後、冒険者たちと、念のための一時避難を希望する市民を乗せた船が、出帆した。大勢は決しているとはいえ、まだまだ戦闘行為は断続的に起こっている。パーティメンバーやリリスたちとは「夏までにミュルムバードで!」という簡単な挨拶を交わし、船を見送った。
私に哨戒飛行があって、魔族軍との通信ができるという状況は、掃討作戦を効率的に進めることを可能としていた。個人的には複雑な思いもあるのだが、魔王の裏切り者への処断は苛烈なものがあった。魔族軍の後続部隊の到着もあって、一ヶ月後には反乱軍はほぼ殲滅されてしまっていた。
魔族軍は魔都に戻り、ノルデンラード軍も騎兵千を残し、連合軍は解散ということになった。まもなく四月。冬季には零下も珍しくないこのあたりだが、ずいぶん寒さが温んできた。え? ミチコと二人部屋になって、どうだったかって? な・い・しょ❤︎
ということで、春になると、ここペルテから北の海の向こう側、ホルムスまでの定期船が再開する。魔族反乱軍との戦いも一段落したので、今年も例年通りの運航となるとのこと。これを使うと二泊三日で、ホルムスのギルド本部に到着、そこから旅の渦。ミュルムバードまでの行程を大幅にショートカットできる。
ミチコの疲労は、アレで回復できるしね。って、ちょっと、魔力供給がクセになりそうで怖い。
本当に狼さんには気に入られたみたいね。あの、モフモフ、もう1回触りたい! 北への定期便というのは、前世で言うとフィンランドへの船ということね。「スカンジナビア半島」にもギルド本部はいつくかあるわ。
「大量破壊兵器」を使わなくとも多くの犠牲者は出ましたが、ひとまず魔族戦は何とかなったようです。ルナたちは、家に戻ってしばしゆっくり? なのかな。




