狼族の誇り
とはいえ、私たちが、大殺戮を行ったことには違いはない。今回、私には少し考えがあった。せめてもの償い? いや、そういう意味ではない。ゴブリンたちへの敬意のようなものだ。
「あのね。青き牙、白い風も。お願いがあるのだけど」
「うん?」
「彼らをこのまま鳥の餌にしたくないわ。埋葬するから手伝ってくれるかしら?」
「なんと! さすがよのぉ〜 力ある者こそ礼節を弁えるということか。承知した」
私はPKを使って洞穴の前に大きな縦穴を穿った。というか、立方体に土を切って、横に避けたというのが正しいだろうか。
「おおお! なんと、先ほどチラと見せた魔力といい、ルナ殿の力は計り知れぬのう」
「ああ、確かに。アレを見る前にルナと友達になっておけた幸運に感謝ね」
「リリス。もぅ」
私が掘った墓穴に狼族たちがゴブリンの遺体を丁重に運んでくれた。決して投げたりしない。死者に対して礼を尽くす運搬方法だ。全ての遺体が運び入れられたのを確認して、少しずつ土を戻して埋葬は完了した。近くにあった大石をこれもPKで動かして墓石とした。
さすがに百名の埋葬は時間がかかった。天候が怪しくなり、吹雪が来る気配がただよう。私たちは急いで山を降り、トーリ村に引き揚げた。これから数日は猛吹雪、ブリザードになりそうだ。
しばらく北への向かうことはできないだろう。狼族とは吹雪が開けたら再会ということにして、三人は宿屋に足止めされることになった。
魔法の援助があるこの世界では、前世の中世に比べれば、雪中の行軍となっても何とかなる、といえばそうかもしれない。ただ、少なくとも猛吹雪の日の移動は難しい。雪洞を掘ってビバークする必要があるだろう。
ましてや歩兵を含む二万の軍勢、ペルテ到着までには三ヶ月か? 十二月初旬に出立したようなので、三月といったところか。魔王軍については、あの魔王の連絡からも援軍は約されたと考えてよいと思うが、さらに時間がかかるだろう。
魔族反乱軍についても、同様の事情はあるものの、タイミングは、かなり際どいものになると思われる。
そして私たちは心しなければいけない。これは戦争だ。命はとても大切なものだが、より多くの命の対価になり得る。日常の倫理観を前提に物事を考えてはいけない。
リリスが言う通り、私が甘ければより多くの犠牲を生んでしまう。グラウスを使った大量殺戮も辞さず。そう覚悟を決めるべきだろう。
というのは置いといてぇ〜。私たちには狼族の支援があるので、トーリからペルテまで一泊二日で行けてしまう。温泉があるような村でもなく、観光もこの天候では難しい。晴れる日を待ちつつ、読書三昧で三日を過ごした。
で、場所柄。「ロリータ」ウラジミール・ナボコフ。ちょっとね。不道徳な気もするけど、面白いわよ。コレって前世では学校の図書館で「発見」したんだっけ? ああ、という連想で終業のチャイムが蘇った。
「ねえ。ねえ。リリス、ミチコ、この曲、今度、海豚亭でどう? 私がギター、ソロパートはリリスで、コーラスパートを三人で」
ちょっと、イギリス民謡を。
♪〜
Alas, my love, you do me wrong,
To cast me off discourteously.
..............
Greensleeves was all my joy
〜♪
「学園の入学式も覚えているわ。ルナって、悲しい恋の歌が好きなの?」
「なんとなくね。へへ」
三日目の朝は冬には珍しくよく晴れた日となった。約束通り狼族二人が村はずれまで迎えに来てくれていた。途中の村で一泊した後、私たち五人はペルテに到着した。ペルテは魔族と人族の境界を示す都市。二十メートルを超える高い城壁に囲まれ、北には海。北の海からの補給を受けながら、東の魔族と戦うために作られた城塞都市だ。
ノルデンラード風の金色尖塔や、かなりハデハデな建物が並ぶ。私たちは北東の城壁近く、ペルテ師団本部に向かった。狼族たちは城門まで送ってもらってお別れなのだろうと思ったのだが、なぜかついてくる。街では超悪目立ちしてしまっているが、「さよなら」とも言いづらく。
「ルナ殿。一つお願いがあるのだが」
「え? なに?」
「狼族、竜族、人族、魔族……にはそれぞれ不可侵条約がある。だから、今回については、特例中の特例。本来ならこれで我々は失礼しなければならない。だが」
「だが?」
「これは我々二人の独断だという点は踏まえてくれ。決して狼族全体の判断ではない。この後、ルナ殿は厳しい戦いに臨むのだろう?」
「多分、そうなのでしょうね」
「ならば、我々も伴に戦わせてくれぬか?」
「え! 誇り高き狼族に命の保障はないなどと言うつもりはないわ。でも、それは」
「我ら二人は、ルナ殿の戦士としての心意気に惚れた。強く、奢らず、敵に敬意を示す。狼族の誇りにかけ、そのような傑物を戦さ場に残し、尻尾を巻いて退散などできぬ相談だ」
「あなた方がいてくれるというのは、とても心強いけど」
「我らが恐れるのは死ではない、牙を剝かず死することぞ」
彼らに神話があるかどうかは知らないが、北欧神話でいうところのバルハラに迎えられる「条件」というようなことだろう。いずれにしても、誇りに生きる狼族らしい言い方だ。
「分かったわ。ここで断ったら、あなた方の誇りを傷つけるわよね。青き牙、白き風、あなた方の命。私が預からせてもらうわ」
「よくぞ言ってくれた! 確かに。我らが命、ルナ殿と伴に」
彼らの言い方は芝居がかってはいるが、その命を賭けた好意、どんなに感謝してもし過ぎることはない。でも。だから。彼らを死なせるわけにはいかない。決して。
狼族の申し出は、とてもありがたい。だけど、だからこそ、彼らをむざと死なせる訳にはいかないわ。「敵」は五万。だから、もう決断するしかないと思っていたのだけれど……。
さすがにブリザードの中を行軍はできませんが、凍っていても魔道具で雪洞は掘れますし、防寒も大丈夫。モスクワ〜サンクトペテルブルクは約六百キロ。夏季なら一ヶ月くらい? その三倍なら行けるかなぁ。




