エルフの森
このあたりは馬車が通れる街道が整備されており、道に迷うことはない。朝早めに発って昼過ぎには宿泊地に着くという行程で、前世の国の言い方で、ベラルーシ、ポーランド、ドイツと三泊してエルフの里のある森の入り口に位置する街、ホルツターバイテンに到着した。木組みの家が美しい。頭にアンゴラうさぎを乗せた少女が出て来そうな街だ。
喫茶店ではなく、宿を探さなければならない。今までの街で、宿の主人は、私の姿を見て一瞬戸惑いの表情を浮かべるが「ノルデンラード辺境伯の娘はエルフだ」という噂は国中に広まっている。身分を明かすと、わりとすんなり泊めてくれた。
この街までは時々エルフ族が買い物に来る。彼らの基本は自給自足だが、金属製の道具類や香辛料など、どうしても自前で生産できないものもある。彼らが得意な魔導の品を換金し、必要な物を買い求めていく。であるが故に本物のエルフを見る機会もあったのだろう。私を見ても驚きの表情を浮かべることはなかった。小太りで赤ら顔、アルコール焼けではないか、な禿頭が。
「これは、これは、ノルデンラードご領主の御息女様、ようこそいらっしゃいました。こんな田舎に何の御用で?」
と、無遠慮に尋ねてくれるが、特に隠す必要もないだろう。
「私は、十五歳になり魔法学園への入学を許可されました。学園寮へ行くついでといってはなんですが、エルフの里を訪れてみようと思いまして。ご覧のような私の姿を見れば、彼らも受け入れてくれるのでは? と考えた次第です」
「なるほど! あそこへ行った人族は未だおりません。もし、お帰りになりましたら、是非、里の様子などお聞かせ願えればと」
「もし、彼らが私を受け入れてくれたとして。残念ながらそれは難しいかもしれません。彼らとて、好きで排他的に振る舞っているのではないと思います。何か隠したいものがあるのでしょう。ですから、たとえそれを私が見ても、軽々にお話はできぬと思います」
「おおお、さすが、辺境伯様の御令嬢。確かな見識をお持ちのようです。それほどのお方でしたら、彼らも受け入れてくれるやもしれません」
見た目は冴えないオヤジだが、それなりに社会常識がある主人のようだ。
この地方ではソーセージが名物なのだが、私は血のせいだろうか、どうも動物のお肉は苦手だ。これも名物のザッハークラウト、ニシンの塩漬け、ジャガイモをメインにスープとパンという夕食にした。エールも勧められたが、前世の記憶もあり、アルコールはまだ嗜んでいない。デザートのバウムクーヘンは、コーヒーと伴に美味しくいただいた。
翌朝早く、主人に「帰りにまた寄る」と告げて宿を立った。本日も晴れ。今の季節は比較的天気が安定していて助かる。この世界の植生は前世の地球に非常に近い。ドイツのシュヴァルツヴァルトと同じ、まさに黒い森。トウヒの木が密集する森の入り口が見えてきた。
入り口から、エルフの里までは五十キロほどもある。普通なら野宿が必要なのだが、森に入って人気がなくなったのを見計らい。低空で飛ぶことにした。
飛ぶにはもう一つ訳がある。私自身、強力な魔法はあるが華奢な体でお嬢様育ち。悪かったわね! はっきり言って虚弱体質よ! 文句ある? 前世の記憶が蘇ってからは、それでは不味いという認識が芽ばえ、ジョギングなどを試してみたが、大きな改善は見られなかった。未だに数キロ歩くと息が上がってしまう。
もちろん魔力を使って飛んだとしても身体的な疲れはある。だが、魔力が大きい分、歩いたり走ったりする事に比べれば疲労感は雲泥の差だ。一応、エルフたちも街と行き来するはずで、森の中の道は整備されており、迷うことはなかった。道は次第に登りに転じる。
そろそろ、エルフの聖域に近いようだ。魔法結界が張られているのが分かる。常人なら酷い頭痛がしてこれ以上進めないだろう。だが、私は迎え入れられているのか、魔力が強いからなのかは判断できないが、若干の「圧」を感じるくらいだ。ああ、何者かが近づいてくる気配がする。私は飛行をやめて道をゆっくりと歩くことにした。
「待て。そこで立ち止まりなさい」
少し緊張した「英語」が聞こえた。立ち止まるとエルフが三人。弓を持っているが構えてはおらず殺気は感じられなかったので、私は剣に手をかけようとしてやめた。こういう時はどういう仕草がいいのだろう? 両手を上げるか? うーーん。迷った末に、私は剣をベルトから抜き。右側に置き。立て膝としてみた。敵対する意思はないという意味なのだが、果たして通じるのだろうか?
そうよ。体力ないのよ。でも、これから少しずつ頑張るんだから! あとね。お肉がダメなの。何故だか分からないけど、食べるとお腹が痛くなるわ。
前にも書いたように、パラレルワールドですから、リアルワールドに風物が似ていたりするって具合です。料理なんかもドイツ風を書いてみました。
エルフ の里はドイツのシュバルツバルトの中なので、それに近い街。ゲンゲンバッハあたりをイメージしたのですが「木組みのお家」で発想がアニメへ。「アンゴラうさぎ」「喫茶店」は「ご注文はうさぎですか?」です。「ごちうさ」の方はドイツではなく、フランスなどの街並みを再現しているようですが。
剣の作法は、右利き(左利き武士は右利きに矯正されたとか)の場合、右におけば、すぐに抜刀できないわけで、敵意がないの意味だと……どこかで読んだ気がするんですが、調べても明確なのは出てこないです。




