村長の懇願
突然、ヨブが真剣な顔、懇願するような表情で、私に頭を下げた。
「ルナ様、お願いします!」
「ちょ、ちょっと、ヨブ、貴方、村長でしょ? 年下の私に最敬礼なんて……」
「いえ。こうでもしないと私の気が済みません。ルナ様、どうか。どうか。ヨナを楽にしてやってください。とても親身になっていただき、我々を助けてくださっている方に、このような汚れ仕事をお願いするなど。私は、私たちは卑怯者です。ですが、どうか伏して」
「そんなことなさらずとも、私の覚悟は決まっています。これは、私がこの世界に来た時から定められしこと。私の役割ですから。それに、汚れ仕事だなんて思ってはいない。私の役目は彼に死を告げること、ただそれだけ」
私はスッと立って、ヨナが監禁されている納屋に向かった。本来、農具などを保管する役目の小屋なのだろうが、木造の屋根が吹っ飛んでいる。中にヨナが見えた。
翼は血で真っ赤に染まり、半分くらいが引き千切れ、だらんと垂れ下がっている。人の痛覚というものは自己保全のためにあるはずだ。自傷を厭わずこんなになるまで暴れるなど通常ではあり得ない。翼の傷が痛むはずなのに、このまま魔力が尽きるまで、ヴィールを撃ちまくるのだろうか?
「ヨナ、聞いて。お願い。どうしても、どうしても戻れないの?」
「ぐぐぐぐ」
目の焦点が合っていない。もはや説得など無意味なのだろう。
「ヨナ、貴方のした全ての行い、それは貴方の罪ではない。悪いのは魔法ウイルス。だから、貴方には神の国を与えられる資格がある。安心して天国へ行きなさい」
私は、心を決めて右手を強く握った。
「グラウス」
テネブスがレジストされたのだ。心のどこかでこの魔法が効かないことを願っていた。だが、非情にも、ヨナは一瞬苦悶の表情を浮かべたかと思ったら、その場に、倒れ伏した。
「よい転生を」
魔法があり、神や悪魔に実際に会った体験談が多数あるこの世界。体系だった宗教というものが存在しないことは以前にも述べた。反面、前世標準ではオカルト的な事象である輪廻転生は、この世界では、受け入れ易いことであるように思えてきた。
仲間と出会うまで、私は自分の前世の事をあまりに語らなかった。前世の文明がこの世界から見ると異質過ぎて説明不能という点もあるが、何より「荒唐無稽な世迷言」と見做されることを恐れた。
だが、私が実体験した事実。転生。よき転生を祈ることは、この世界での死者への手向けの言葉として最適ではないのか?
私は自らの出自、転生者であることを村の者に伝えた。私の気が触れたという目をされるかもしれない? と少し怖かったが、高僧の説法を聴くような真剣な眼差しをしてくれていた。
「ル、ルナ様、ありがとうございます」
村の者が総出。といっても、百人くらいか、が集まってきて。口々に私への礼を述べた。いつのまにか「様」呼びになっている。
「気にしないでください。それに、様呼びもやめて。私は多分、アズラーイール。人に死を告げ、生者の書からその名を消す者。これがお仕事なんだと悟ったから。だから。みなさん。祈ってあげて、ヨナのために」
「皆の者。ヨナに罪はない。ルナ様の仰る通り病に操られただけなのだ。帰天した彼は神の許しを得るに違いない。だから、彼のために祈ろう。『よい転生を』でしたね?」
村の者が唱和した。ヨナの遺体は丁寧に布で包まれ、彼が使っていた家に運ばれた。村の者は三々五々、家に戻って葬儀の準備を始めたようだ。ハーピィの伝承では、死者は空に帰るということらしい。どうやら聖域、あのモノリスのような設備は彼らの墓所らしい。
彼らは、衛生観念が高いのだろう、伝染病などの憂いを除くため遺体は荼毘に付されるらしい。あれは、納骨堂に当たる設備だった。
少し落ち着いた後。
「なぁ、ヨブ。決して遠慮しているのではないが、我々は、もう引き揚げた方がいいのではないか? あとは村の方々に任せるべきだと思うんだ。少し暗くなってもシャルムまでは一本道。迷うこともないだろう」
とジャン。これからお葬式ということになるのだろが、余所者の私たちがいては、かえって気を使わせてしまうかもしれない。
仮に貴方が死刑囚の家族だったとする。貴方は死刑判決を出した裁判官にどのような気持ちを抱くだろうか? 恨む? 裁判官はその職務を忠実に果たしただけ。逆恨みもいいところだ。
村の皆も弁えている。私の言葉に耳を傾け、ジャンやリベカにも敬意を持って接してくれている。ちゃんと理性的な判断をしているということだろう。
とはいえ。とはいえ。彼らとて聖人君子でもない。私たちに忸怩たる思いがあったとして、それを責めることもできない。ここは、ジャンの言の通り、遠慮させもらうべきだろう。
さすが悪魔ということかしら。覚悟を決めて臨んだつもりだったけど、とても、後味の悪い事件だったわ。でも、転生のことは、ちゃんと話せてよかったと思う。里のみんなも、少しは気が楽になったかな。だけど、村の人の微妙な想い。仕方ないわよね。私は、そういう役回りなのだから。
だんだん、少しずつ、暗雲が。。。




