ハーピィの感染者
そんな、こんなで楽しい日常。夜、ミチコはオンライン授業。早くもだいたいのカリキュラムを終え、あとは実地で試してみるという段階のようだが、彼女が語っていたように、試す相手が難しいのだろう。
と、その時。彼女がセラを使っていたためだろう、私の人工妖精サラに着信があった。
「龍王様から、着信です。お繋ぎしますか?」
「ええ、サラ、お願い」
「二人とも息災のようだな。冒険者としても順調か?」
「ありがとう。ええ、なんだか上手く行きすぎて怖いくらい。この通信が不幸の始まり?」
「うむ。そうと言えなくもないな。君たちが見つけれくれたガニメデの遺産だが、やはり、何かの観測機であるには違いないようだ。まだ、稼働させることはできないが、神界と宇宙の繋がりを可視化できる機械のようだな」
「ならば、それが動けば、今の異変の元凶が分かる?」
「だろうな。そういう意図で、あれは残されたものだろう。観測機はまだだが、付随した書物、データはかなり解析が進んできている。その報告と、ルナに、またお願いがある」
「ミチコと?」
「いや。今回はリベカ君と行ってもらいたい。ジャン。知っているな?」
「ええ。パレモ島の一件で」
「彼にも合流してもらう」
「三人でってこと?」
「アクシデントの性質から少人数としたいのだ。君たちはハーピィ族について、どれくらい知っているかな?」
剣と魔法の世界では定番かもしれない鳥人。この世界のハーピィは、亜人に分類されるが、鳥が人に近い形態に進化したのではないか? 知能は人並みだが、体が小さい。成人でも身長一メートルくらいだ。だが、亜人の例に漏れず、この世界での「前向きな」分断政策の対象だ。
魔族との長い戦乱の代償として、人族、亜人が学んだこと。文化や価値観が大きく違う種族同士が無益な争いを起こさないための知恵とも言える。互いに過干渉を避け、必要な交易のみ行うことで平和を保つ。
という方向性の元、ここドルム領、と、ロルム領の中間あたりの山脈地帯に自治領、前世の地名ではリヒテンシュタインのあたりだ、をもって暮らしている。
強い魔力を持っている者も多いが、もともと、体が小さく、力も弱く、好戦的ではない種族で、武器を携行することすらしない。
「ハーピィに火龍事件のようなことが起こった?」
「まぁ、そういうことだ。彼らの仲間が、ある種の被害妄想の囚われている。もちろん、薬物の乱用などはない。心の病の結果としては、不審な点が多過ぎるということだ。世界の異変について、彼らも一定の知識があり、知己のジャンに相談が行ったらしい。争いを好まぬ彼らのこと、できれば殺さず、捕らえて説得したいと言っておる」
「なるほど。でも、彼ら飛べるんでしょ? 火龍の例のように、どこかへ行ってしまっているのでは?」
「そこは。魔力のある彼らのこと、結界を張ってその中に閉じ込めておる」
魔力の檻のようなものを作っているのだろう。だが、ある程度の規模の結界を維持するためには、かなりの量の魔導石が必要となる。聞くところによると、ハーピィは、木の実など、わずかな森林資源のみが現金収入源であるはず。結界の維持は、彼らにとって大きな経済的痛手だ。そうまでして仲間を助けたいという強い思いがあるのだろう。
「説得に応じる可能性は??」
「うむ。難しいだろうな。彼らには現実を見てもらうしかないと思っている」
ううう。かなり、嫌なミッションかもしれない。
龍王がガニメデの遺産から得た情報を整理すると、こんな感じになる。
もともと、この世界には魔法を生むウイルスのようなものが存在した。すなわち、人に寄生し、魔法的な種族が生まれたり、人族が魔法の力を持てたりすることを助ける存在のことだ。
「よう」と記したのは、ウイルスに似た振る舞いもするが、そうでない部分もある。
まず、似ている点は、人に「感染」すること、そして、突然変異を常に起こして少しずつその性質を変えていくこと。今回の件は、魔法を生んでいた良いウイルスが、突然、人の心に異常をきたす「悪い」ウイルスに変異してしまったことによるのものではないか? というのが龍王の見立てだ。
ウイルスに似ていない点は、原則として人から人に感染することはないらしい。さらに、人体に抗体が作られることもない。
後者はかなり絶望的な話だ。すなわち、今回の異変に対処するための治療薬を作ることができない。もちろん、今のは比喩的な表現で、リアルなウイルスそのものではない。闇の魔導石を使った治療薬は、当然、効果がないだろう。
逆にヒト-ヒト感染については今はなく、限定的に誰かを狂わせているだけだが、いつ、どんな突然変異を起こすのかは予想できない。今後、この魔法ウイルスが猛威を振るわないという保証はない。
やはり、直接的な武力より目に見えぬパンデミックの方が数倍恐ろしい。「力」でなんとかできる問題ではないということだ。最悪のシナリオは、このウイルスの影響で、人類、亜人、魔族が殺し合い、自滅するのを指を加えて見ているだけ、ということになるケースかもしれない。
龍王様が言う通り、このウイルスのようなものは、人属に良い「進化」をもたらしたのは事実かもしれないわ。だけど、悪い方向への突然変異も予想されたこと。でもね。でもね。引っかかるのよ。「突然変異」の全てが偶然の産物とは思えない。ガーディアンの異変と火龍の件は同根のようで、どこか違和感があるわ。
この物語の発想元の一つに「がっこうぐらし!」があります。魔王を倒せ!のような、明確な敵が存在せず、得体の知れない何かと戦う。というのが2019年末時点であったのですが、年が明けてしばらくすると、この騒ぎ……。ビックリしました。




