石化のボス
いずれにしても、リリスパーティが三人で成立している訳がよく分かった。弱体と回復のリリス。状況に応じて遠隔、近接両方をこなす前衛が二人いるということなのだから。
とはいえ、このガーディアンの数は途方もない。最深部の祭壇に到着するまで、優に二時間を要した。氷のガーディアンを片付け終わって、祭壇付近を見る。
例外もあるが、基本、ガーディアンは魔導石を守ろうとするので、感知範囲外にいれば襲ってくることはない。遠目から見るとボスが一体。大きな闇の魔導石の周りをうろついている。
このボスは大きい。身長が五メートルはあるのではないか。祭壇付近は天井が少し高くなってはいるが、やや前屈みになるように立っている。ヒューマノイド型だが、頭に多数の蛇の髪を生やしているのは、まぁ、ゴルゴン系のステレオタイプと言ったところだ。
「大きいわね。石化があるから、私がタゲをとって、ミチコはエスティル待機、リリスは回復担当でいい?」
「大丈夫? 石化魔法だけじゃなくて物理攻撃も来るわよ」
「素早さには自信があるわ。当たらなければどうということはないわよ」
「了解! このガーディアンには私たちの弱体魔法は効かないから注意してね。セムとテラはルナがタゲをとったら後ろに回り込んで。リベカ、エドム、ジャムは石化魔法範囲外から援護をお願い」とリリス。
「では。回復はリリスにお任せで、私は、セムとテラのエスティルに集中しますから」ミチコが応じる。
「頭の蛇がじゃまだから、あれを片付けたら、近づいて首を落とすわ」
「ルナ、気ぃつけてな」
私は一人、ゴルゴン系ガーディアンボスの前に出た。あえて感知させたら、加速に移る、一瞬、加速を切って飛び上がり蛇を数本切り落とした。これで、タゲはとれたようだ。
ガーディアンは本能で動いていると言われており、あまり高い知能は有していないはずだ。だが、ゴルゴンは私に石化魔法が効かないのが不思議なのだろうか。不審気な顔をしているように見える。
セムとテラが後ろに回る。できるだけ、タゲをとらないよう、慎重に支援を開始した。ここで驚いたのが、ミチコの技だ。エスティル自体は潜在的に覚えてはいたのだろうが、学園で技を磨いたのだろう。詠唱を必要とする魔法だが、ゴルゴンのタゲを予測し、石化魔法の詠唱に被せてエスティルを唱えている。
結果、セムとテラは石化魔法をもらってしまっても、瞬時にこれを解除され「もらった」という感覚はないのではないか。神速の異常状態回復だ。
ちなみに、石化は大変恐ろしい異常状態だ。もらった部位から次第に全身に広がり、しばらく放置すると体全体が壊死してしまう。素早い解除と回復がとても重要だ。リリスもミチコの詠唱に合わせて、ジャストタイミングで回復用魔道具を使用している。
五分ほどの戦闘で、頭の蛇を狩り尽くした。よし! 今だ! 私は大きく高く飛翔に入る。一気にオベロンをゴルゴンの首に振り下ろした。バシッ! 大きな音を立ててボスは頸部を切断され、その首が床に転がった。
「やった! ふぅ」
と、ここで、私は思わぬ油断をしてしまった。敵に背中を見せたのだ。
「危ない!」
振り返ると、全て片付けた筈の蛇の髪が私目指して伸びて来ていた。
「あっ!」
一瞬、加速に入るのが遅れた。ああ、もう。驚いたら入るはずじゃぁ〜。だが、この窮地をテラの投げナイフが救ってくれた。ナイフは正確に蛇の首を飛ばしていた。
「ひとまず、退避!」
八人は、先ほど奥を伺っていた、祭壇入り口まで退避した。見ると、ゴルゴンの蛇の髪は徐々に再生している。首なし胴が手を伸ばして、切り離した頭を掴む。それは元のあるべき位置に戻ってしまった。
「ガーディアンの復活がこんなに速いなんて聞いたことがないわ。ああ、復活というより、ガーディアンはリポップするのが普通だから、例外中の例外ね。氷の洞窟に闇のボスといい、何か世界の異常現象と関連しているのかもしれない」
「そうね」
「なぁ、ルナ、貴女の重力魔法でボスを丸ごと消すのは?」
「難しいかな。あの大きさだし、あれを覆う重力球を作ったら、この洞窟が崩れてしまう危険があるわ。高価な闇の魔導石が埋まってしまう」
一般の魔導石の値段は、だいたい一グラム、日本円換算で百円が相場だ。十グラムくらいあれば、家事用魔道具、家電品に当たる、を一年は動かせる。普通の生活に必要は魔道具は二十から三十だから、この世界での光熱費は一年約二、三万円ということになる。
また、この世界では食糧などの生活必需品も概して安い。水道料金も魔法で海水から真水ができたりするので、タダ同然だ。一家族の年収が年百万もあれば「健康で文化的な最低限度の生活」が可能となる。
生活必需品を除く物価はだいたい、前世の世界と同じ程度だから、一般的な平民世帯の年収は四百万くらい。前世に比べればかなり余裕がある暮らしぶりだ。
ああ、ごめんね。また、ちょっと脱線したわ。
闇の魔導石は、人界、すなわち、魔族が支配しているシベリア、北極、南極、グリーンランド以外ではほとんど産出しない。用途が特殊な魔導石とはいえ、その価格は通常のものの十倍くらい。あの魔導石は十キロはあるだろうから、ざっと、金貨百枚、一千万円くらいの価値がある。
「そうだ。もう一度同じ作戦で、首を落としたら、首にだけグラウスをかけてみる」
「なるほど! さすがに首がなくなって、アレが復活できるとは思えないものね」
この世界が平和なのは、前にも言ったように魔法のおかげ。中でも魔導石エネルギーは大きいかも。光熱費は前世の十分の一といったところかしら。
「このミッションで一年遊べる」は、闇の魔導石で1千万円、氷の魔導石百万×30個くらいの5割。凶悪なボスということで、ギルドからの特別報酬はギルドの儲け分とすると、4千万くらいかな? 10人で割っても4百万。遊んでは少しオーバーかもですが、魔法の援助で可処分所得多いでしょうし。
普通のミッションは、魔導石百万を数個持ち帰り。4〜5人パーティで月2回行けば、もう月収百万。リーマンより冒険者の方が全然いいですね!
※石化解除魔法のブレイクですが、break=石を割るのつもりでした。調べてみると、あるRPGでは石化絡みの他の意味合いもあるようで紛らわしいことと、石化した部分全体を砕き割るイメージがありますよね。遡って変更しました、ブレイク→エスティルです!




