ナイフの使い手
私は気を紛らわそうと、荷物を整理したり、衣類を片付けたりすることに集中していた。正直、整理整頓は不得意だ。とても効率がよい作業とは言えないのだが。
気がつくと、もう日が暮れかかっている。みんなも片付けに時間を要しているようだ。夕食はまた買ってくるか?
と、手伝ってくれていたリリスからのお誘いがあった。
「よければ、近くの冒険者酒場で、一杯、いかが? ああ、その前に。ルナ、そのペンダントを見せてもらえるかな?」
「いいけど、なんで?」
パーティメンバー、そしてリリスは、私が魔法をこめた身代わりペンダントと認識票を首から下げている。ちなみにリリスもシルバーランクだ。
「私がこれをいただいた時に気づくべきだったわ。ルナが掛けているのは、ただの飾りよね?」
「ああ、確かに。自分で呪文を書いても、身代わりの魔法は有効じゃない」
「ならば、私が書きましょう。闇属性を持っている唯一の人族なのだから」
「そうか! ありがとう。それには気づかなかったわ。リリス、テーベ文字は大丈夫?」
「冒険者になって、もう五年、ちゃんと勉強しましたわよ。そう思って、彫刻用のペンも持参して来たから」
「それは失礼しました」
彼女は、私の葉っぱのペンダントに呪文を刻んでくれた。
「私の魔力では、どこまでこれが有効なのか分からない。でも、このペンダントには、こちらにいるメンバーの想いがこもってるわよね」
「想い? ああ、イニシャル文字のことかな?」
「ええ。言葉でも文字でも心を込めれば、霊力が宿ると言われている。このペンダント、もしかしたら、思いがけないくらい強力かもしれない」
「本当にありがとう!」
「じゃ。異論もないようだし、行きましょう! 私のパーティメンバーが先に行って飲んでるのよ。うーーん。飲みすぎてなければ、いいのだけど」
私たちのシェアハウス。名付けて桔梗の家は、繁華街から徒歩十五分くらいのところにある。六人連れ立って、冒険者酒場の暖簾を押した。海が近いわけでもないのに「海豚亭」という名前のその酒場は、レンガを積んだ石の壁に木の屋根を載せ、高い天井のビアホールといった建物だった。
端の方の席にリリスのパーティメンバー、セムとテラという名らしい、が座っていた。早い時間から飲み始めたのだろう、二人はかなり出来上がっている様子だった。セムは三十代半ばくらいか、黒髪に黒い髭、ややずんぐりした体型はドワーフとの混血なのだろう。一方のテラはもう少し若い、金髪に青い目の純粋人族らしかった。
「おっ、おいでになったなぁ〜」
「なに、すごいな、冒険者になりたてなのに、シルバーランクかい!」
セムがリベカと兄弟の認識票を見て驚嘆の声を上げる。
「うん? なんじゃ、これは? 本物かい?」
テラが私とミチコのを見て言う。かなり酔っている。呂律が回っていない。
「ちょっとテラ、失礼よ。これは、特別も特別な認識票なのだから」
「ああ、そうだぞ。テラ、このルナ君をなぁ〜。怒らせると、手足バラバラにされるって話だぞ。やめとけ、やめとけ」
「セム、その言い方も失礼でしょ。ほんと、酔ってるわね。二人とも。ルナ、ごめんね。根はいい人達なのだけど、ちょっと今日はお酒が入りすぎ。ささ、先に帰りましょう」
リリスが気を利かせてくれたのだが。どうも、テラは、絡み酒、酒癖が悪いようだ。
「ほぅ。ルナってそんなに強いのかい。じゃ、お手合わせを」
「バカ言ってるんじゃないわよ。もぅ、帰るわよ!」
リリスの言葉にテラは耳を貸さない。私は軽くリリスにウィンクをした。ちょっと悪戯するわよ、というサインだったのだが。
「ねぇ。テラさん、じゃ、ここで勝負しましょうか?」
「ここでだとぉ! 表でやろうぜ!」
「いいのよ。そのナイフで遠慮なく私を刺してごらんなさい」
「なんだと! 年上をからかうもんじゃないぜ。アレ? アレ?」
「貴方のお探し物はコレかしら?」
私の手にはテラの腰のフォルダーに収まっているはずの彼の愛刀、二本が握られていた。加速の技を使って、ちょっとした悪戯をしただけだが。
「じゃ、返すわね」
私は、ナイフ投げをするマジシャンよろしく、柄の方をテラに向け、ナイフを二本まとめてスナップスローで投げ返した。次の瞬間、人差し指を上に向ける。この動作に意味はない。ただのパフォーマンスだ。彼に向かって投げられたナイフは、突然その方向を変え、天井に向かう。そして、刃を上にして猛スピードで飛んでいく。
ドカッ!
大きな音がしてナイフが天井に突き刺さった。ああ、力加減を間違えた。刃先だけのつもりが、柄のところまで深々と刺さっている。しかも二本。コレ、天井を貫通したに違いない。
「な、なんだと!」
テラの顔色が変わった。
「まいった。まいったよ。俺も十年は冒険者をやってるが、こんは凄みのある魔法、見たのは初めてだ。一瞬で、酔いが冷めたよ。あのナイフが、あのスピードで俺に向かって飛んできてたら、間違いなく死んでたな俺。恐れ入ったよ。なぁ、冒険者はな。年齢、性別関係ねぇ。その力が全て。いいじゃん、ルナ、気に入ったぜ!」
実は、テラも私が悪戯したのと同じような技を使うことが後で分かったの。彼は格の違いを見せつけられたと、思ったようだけど、力の制御ができなかったことは、黙っておいたわ。酒癖が悪いのが玉に瑕だけど、結構、いい人よ。
海豚亭は、中の人が書くものでよく出てきますが、あるRPGから、なんとなくの拘りネーミングです。




