プロローグ
下のコミュニティでたまにライブ放送しながら執筆してます。
好きに見て行って下しあ。
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夢を見た。
どんな夢だったかは覚えていない。
「……ありがちな始まりだな」
疲れているのか、意味のないことを独りで呟く。
三分ほどボケーっと、いつもと変わりないように見える天井を見つめてからようやく体を起こす。
床を反射した朝の陽ざしが目に痛い。
冬の終りかけの風が頬を撫でて寒さを訴える。
どことなく身を少しづつ削られるような焦燥感。
おやすみなさい、昨日の自分。
よろしくおねがいします、今日の自分。
どこにでもあるありふれた挨拶を済ませて、今日も私は仕事に出かけることにした。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
――■■■■■?
違和感しかない。
具体的に何かと言われると、全部。
全部、ぜんぶ、すべて、すべからく、なにもかも、オール。
当たり前なのだけれど。
「あぁ、おはようございます、■■さん」
挨拶された。名前がよく聞き取れない。
まぁ、いいか。私の名前なんて所詮はただの記号だ。
意味はあるのだろうけれど、常に意識しているわけでもない。親から詳しく聞いた訳でもないし、はっきり言ってどうでもいい。
重要なのは、おかしいのは、私に、この私に――
……えーと、なんだっけ?
「……あの、■■さん? 大丈夫ですか?」
あ、うん、大丈夫、大丈夫だよ、林君。
違和感は相変わらずあるのだけれど、うまく言葉にできない。今でも、言葉にしようとしなければ、まとめようとしなければ、しっかりと認識できるのに。
まあ、いいか。
「おはよう、林」
私があらためて挨拶を返すと、林は安心したようにニコリと、いつもの糸目を更に細めて「おはようございます」と言った。
林英右、この施設での私の後輩にあたる。三年は先輩の私だが、少なくとも三年前の私よりは優秀だろう。内心頭が上がらないが、正直ここでは私より成績が劣悪な人間を探す方が難しいので、気にしないことにしている。
「他のみんなは?」
部屋に私と林以外が見当たらないので、理由を聞く。いつもならこの時間には全員揃っていて私を入れて八……じゃなかった、五人いるはずだ。
場合によっては、この部屋員の客が来て六人だったり、七人だったりするけれど。
そこで私は気づく。
憐憫と後悔で濁った瞳。そこには、涙を添えられるべきなのに。
林のそういう『目』を見るのはこれで四度目になる。
私はそんな目を見るのが、心の底から――
キモチワルイ――
間を置いて彼は私の質問に答えた。
「ああ、遠藤さんが『発病』したので、見送りに行ってますよ」
…………。
……そっか。
たったそれだけ口に出して、自然と黙り込んでしまう。
「もう会えないと思うと、やっぱり寂しくなりますね」
黙り込んだ私に対して気を使ったのか、林は会話を続けてくれる。
そうだな。
本当に、自分がそう、『寂しい』と思えているのかは自分でも怪しいが。
「俺はここにきて一年くらいで、遠藤さんとの付き合いも寂しさもその分だけですが、■■さんは遠藤さんとは同期で四年近い付き合いだと考えると、寂しさは俺に比べたらずっと重いんでしょうね」
この会話の間にも相変わらず違和感は続いているが、確かに彼、遠藤亮ともう会えなくなるということに対して、私がそれなりに動揺しているのは確かなようだ。
「あと、一か月で仲良くここから出られたのに、……なんというかこう言ってはアレでしょうけれど、ちょっと『もったいない』みたいな……」
私の反応があまりにも薄いからだろう、林は不安そうな目でこちらを見て言葉を切った。
「大丈夫だよ、林。それで、お前は遠藤の見送りはしなくて――」
いいのか……って、これは藪蛇か。林は気のいいやつだから、私が目を覚ました時に誰もいないのはまずいと思って、遠藤の見送りを諦めてここに残ってくれたんだろう。
時計を見ると、『L』の鏡文字を描いていた。
遠慮なく寝ていた俺を叩き起こしてくれてもよかったんだが……、まあ、できる訳ないか。
「気にしなくていいですよ。俺もここ最近は『発病者』の見送りばっかりで、気が滅入ってたんですよ。一人くらい見送れなくっても、みんな誤差と言ってくれるくらいには」
言うべき言葉に迷った挙句、ただ意味のない「ありがとう」を私は口にして、林は無言でそれに頷いてくれた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
――な■■■■?
彌吉と北口の二人が帰ってきた。
林と同じあの『目』をしていることは想像に難くないので、顔を向けないことにした。
いつものように彌吉は、ここをまるで家だと思っているかのように「ただいま」と言い、北口は私や林と同じように特に何も口にせず、ただドアをくぐった。
「おかえりなさい、彌吉さん、北口さん」林は自分の作業の手を止めて、二人にそう言いながら話しやすい位置まで近付いた。
私は特に作業の手を止めることなく、横目の目線だけで気付いていることを軽くアピールする。別に気づかなくてもいい程度の素振りだ。
それで、つい、
彌吉と目が合う、合ってしまう。
――キモチワルイ
彌吉は私の存在に気付いたのか、
「ああ、■■、もう起きたのか。お前も林も、遠藤を見送りたかっただろうに」
正直、見送りしたかったかと聞かれればやはり自分でもわからないが、林の「そうですね」に便乗して頷いておく。
「遠藤さんの様子はどうでしたか?」
林がそう聞くと、
「林、分かってるだろう? 『発病』したなら■■■■になる。俺らには何とも言えないよ」北口が心底悔しそうな顔を浮かべながら、口をはさむ。
すぐに林は「あ、すみません」と謝り、部屋に沈鬱な空気が流れる。
彌吉の方を見ると、思った通り苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべている。
彌吉は優しいからな……、北口も。
多分私は優しくない、……は余計か。
彌吉駿一郎は遠藤と同じく、私の同期で同じく四年の付き合いだ。といっても正式に知り合ったのはここ一年程度だが。
さっきも感じた通り、人のことを人一倍気にかけるやつだからすぐ落ち込む。この四年間でだいぶポジティブになったらしいが(よく知らない時期の話だけど)、まあそれでも限界があるのだろう。
もし私が『発病』したらコイツは――、
考えるだけ無駄な話か。
――キモチワルイ。
……他の三人にはバレないように呼吸を整えてから口を開く。
「ちょっと外の空気吸ってくる」
私はそう言って作業を丁度いいところまで進めて中断し、立ち上がる。
「外の空気を吸うのはいいけど、ちゃんと許可とってから行けよ」と彌吉。
……、あー、うん、そう、だったな。
「分かってるよ、龍堂さんにはちゃんと一言言ってから行くよ」
忘れていた癖に無駄に強がってそんなことを言いながら、踏んでいた靴のかかとを直しながら彌吉と北口の脇を通り過ぎ、扉へ向かう。
まあ、あの人嫌いだから許可取りする気はないんですけどね。
そこで、北口は何かを思い出したのか、「あ」と声を出した。
そして、出口に近づいていた私のところまで来て、ささやき声よりは少し大きい程度の声でこう言った。
「あの女が来ているので、気を付けてください。あなたに会いたがっていましたよ」
ゾクッと、今日最初で一番の鳥肌と違和感を覚えながら、ありがとうと北口にお礼を伝えながら私は部屋を出た。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
――■■か■■?
あの女のことを話し出せば長くなるのだけれど、一言だけで表すなら……、無理だな。一言で表すのはどんな表現でも、別人格の自分が瞬時に生まれて即座にブーイングの産声を上げるだろう。
とりあえず、『不快』なのは確かだ。
「どういう系統の『不快』なんですか」と聞かれれば、
『飲み干したコーラのコップの中にいたクワガタ』並みに不快だ。「酷いですね」、とか知ったことではない。
本当はゴキブリと言ってやりたいが、いかんせん見た目だけは美少女なので、そこまで言うことはできなかった。
そこまで言いたくなるくらい色々と酷い目にあわされたとも……、まあ、相変わらず何か違うけれど。
龍堂さんのいる当直室の脇を堂々と匍匐前進で進む。「堂々とは一体?」と聞かれれば、今なら「躊躇わないことさ」と肩をすくめながら言える。
素直に許可をもらえばこんな芋虫みたいな動きをしなくて済むのだろうが、本当に話していて生理的に無理な相手なのだ。別に話し方が気持ち悪い、性格が悪いとかが理由ではなく、根本的に自分と会わない感覚。性格は普通に悪いが、私ほどではない。分かる人には、そういう相手がいるという気持ちを分かってもらえるだろうか。
見つかるとあのクソジジイは本当に厄介なのだ。「何が厄介?」って、本当は、私が匍匐前進で音もなく完全にドアの死角を通り過ぎていても、気配だけで気付いているくせに、視界に入るかある程度の物音を聞き取った瞬間に、初めて『違反者』認定してS&Dしてくるところとか、特に。
融通の利くいい管理人かと勘違いする奴が出る前に、一言付け加えると、私を気付かなかったことにする理由は、『面倒臭いから』ですらなく、心底私が死のうとどうでもよいと思っているからである。
まあ、外の空気を吸うという下手したら一行で済みかねない行動をどうして長々と話しているかというと――、
「よいしょっと……」
匍匐前進の体勢から立ち上がり、飾り気のない無地の白い服にこびりついた土ぼこりをぱんぱんと手で払い落す。
多分残った泥汚れとかから遠からずこの一時的な脱走は、バレるだろうが現行犯でなければ大体何とか済む。どうせ――、まあいちいち無駄なことは考えなくていいか。
建物の影をはみ出ると日がさんさんと照り付けているのがよく分かる軽くボヤけた視界の隅に、どこか歪な形の灰色の小屋が見える。
――彼女はあの場所にいる。
龍堂さん、管理人である龍堂悠木とは顔を合わせる気は全くない。
それでも彼の孫娘であり、私の■■、龍堂雪月の存在を、私はどうしても無視することができない。
何もしていなければ、とりあえず遠めでもその様子を確認に向かいたいという欲求が溜まる程度には、心惹かれている。
好きなのかと聞かれれば好きだと答えるだろう。間違ってはいない。
彼女は龍堂さんのいる当直室の廊下を抜けてすぐの外への出口から二十メートル程度先の小屋に住んでいる。
いや、住んでいるという表現は正確ではない。
ただ眠り続けてるだけだから、……もはや保管されているという表現が正しいだろう。
その小屋を物陰に隠れながらぼんやり眺めていたら、
「―—っづ!」
ここにきて違和感が強くなりすぎたのか、まるで頭が痛いかのように錯覚を起こし、小さく呻いてしまった。「大丈夫?」
まずい、龍堂さんは地獄耳だ。今の呻き声は見逃せる気配レベルを超えたと判断されてS&Dされてもおかしくはない!
息を殺し、じりじりと照らしてくる夕陽を無視し、周囲の様子を警戒する。
…………。
五分経っても動きがないので、おそらく龍堂さんには見逃してもらえたらしい。
良かった。私もこの季節に藻だらけプールに飛び込んで、いもしないネッシーを二時間探索したくない。「良かったね」
…………。
うん。
コイツは振り返ったら奴がいるじゃないんだよ。
目の前に堂々と嫌な奴として目の前にいたのに気付けないんだよな。そいつの存在が話題になった時点で『憑りつかれている』、そう考えた方がいい、そういう存在である。
この状況で悲鳴を上げなくなってしまった自分が逆に心配だったが、状況を整理しておこう。
……よし、心を落ち着けて、
あえて、いつからいたのかと聞きはしない。おねが――
「美少女であるボクのことをコーラクワガタと表現したあたりからですね。お願いされても消えたふりしてストーキングします」
……うん、お前はそういうやつだよ。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
――な■■い■?
自分のことを『ボク』と呼ぶこの少女は、上村風花という。この施設の危険人物。立てば死亡フラグ、座れば地雷、歩く姿は大怪獣と評される悪魔だ。
多分こいつの本性を知った上で、告白する馬鹿な男はこれまでもこれからも未来永劫現れることはないだろう。だってゴ■ラだし「あ、ガメラでお願いします」、そうですか。
北口も彌吉もこいつを見かけたら後ろ歩きでフルマラソンを開始する。
遠藤は発狂してたな。
林は失神する。
……非常に不快なことに、どうにも私はこの化け物に気に入られているらしい。
歪な小屋の方向とは反対方向の下り坂を徒歩で歩き出す。
風花は私のすぐ後ろを、いつも履いているローラーシューズで滑りながら付いてくる。
そういえば人生で多分一度も履いたことないな、ローラーシューズ。
どうでもいいことを考えながら無言で歩き続けていると、
「どうして脱走したんですか? 信じてたのに」
全く信じてないくせに、いけしゃあしゃあと耳障りな猫撫で声で聞いてくる。ちなみに脱走表現だと罪が重くなるから、バラすにしても無断外出と言ってほしい。
というかお前も同罪である。
「そうですか、それでこれから何をするんですか? ボクが仕掛けたスカイツリーの爆破ボタンでも押しますか?」
差し出してくるな。本当に爆破するからシャレにならん。いやマジで。
「雪月ちゃんのことが好きでたまらないのは分かるけど、行かない方がいいですよ?」
分かっている。
「ならいいですよ。役割を忘れるようなら、この仕事に意味はありませんからね」
こいつの言葉はとても不快で腹立たしいが『違和感』がないことだけは助かる。
違った意味で頭が狂いそうだが。
いや、間違いなく少しづつオカシクなってはいるのだけれど。
「それでどこへ向かってるんですか?」
その問いに私はただ一言短く返す。
「海」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
――なんかいめ?
かすかに燃え尽きた灰のような匂いが鼻腔をくすぐる。
さざ波が聞こえることはない。
魚などとうの昔に死に絶えている。
そもそもそんな水はこの『海』に存在しない。
飽くまでもそう呼ばれ続ける『水平線』まで灰色の砂が広がっている。
ただただ大きな砂漠のような砂の海。
「だって海ですからね、それが過去の話であってもこの土地に新たな名をつけなかったら『海』と呼ばれるに決まってます」
風花はしゃがみこんで砂でアリの行列を生き埋めにしながらそんなことを呟く。相変わらず趣味が悪い。
「名を付けれるような人間も、もうほとんどいないからな……」
私は、ここでしか繋がらないスマホをポケットから取り出しながら風花の言葉に反応を返す。
プルルルルと前時代的な着信音に相変わらずの違和感を覚えながら、相手に繋がる前に風花の背中を蹴り飛ばそうとするが、腰と重心の最小限の移動だけで華麗に避けられた。
普通にイラッする。
二発目の蹴りに移行する前に、ガチャっと音がして相手に繋がる。
「はいはい、……君か。まあ、そろそろ来るかなとは思っていたよ」
気だるげな男の声。懐かしいほどに――キモチワルイ。
強烈な違和感。来ると分かっていれば呻くことはないが、やはり表情は険しくなり、「眉間にベルリンの壁できてますけどカップラーメンでもいかがです?」と風花から余計な野次を入れられた。
熱湯をよこせ、お前の顔面に鼻から注ぎ込んでやる。
「相変わらず仲が良さそうで安心したよ」
虫唾が大爆走するような評価を受けながら、無視して私は手っ取り早く一言注文する。
「■■■■してくれ、今すぐに」
「ああ、分かってるとも、好きに『アソブ』といいさ」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
――ヨルがやってくる。
空に輝くものは何一つなく、その存在を望むものはもういない。
道化師しかいないこの街に、錆び付いたオルゴールの音色が流れ出した。
渇き果てた海にどす黒いナニカが満たされていく。
何もかもを飲み込んでいく中、風花の笑い声がやけに耳に響く。
最後に生き埋めになったアリたちが力尽きて動かなくなるのを視界の端に捉えながらすべてが――
――っプツン
――何回目?
そのうち