50話 魔王討伐
刃と拳が幾度も衝突を繰り返し、血と汗が野性的な高揚を生じさせる。
相手は死にかけの体で一つの強化もかけずに徒手空拳でこちらと渡り合い。
まるで呼吸を乱れさせることもなく、適切に命を刈り取る拳を撃ち出してくる。
防ぎ、いなすことに精一杯になりつつも攻勢に転じる機会をうかがう。
「あなたはなぜ僕に挑もうと思ったのです?」
こちらが転じる機会を伺っていると、ガイアはこちらに話かけてきた。
「逆にお前に聞く、なぜことここに至って正気に戻り、私たちに拳を振るう?」
「人の話を聞く方が好きですか……」
ガイアはこちらの剣を巻き込むように回転蹴りを繰り出し、私は剣を取られないように引き、回る足に向けて剣を振り上げる。
すると肩に衝撃が走り、鈍い痛みが肩から全身に伝播する。
追撃をさけるために距離を取る。
「いえ、ただ僕にとって唯一の幸福が戦うことだからというだけですよ。だからわざわざ崩壊するはずだった自我を瀕死になるまで封印し、最上の幸福の中で死にたいからそうなるように手筈を整えただけです」
「戦いを幸福と思う? 貴様正気か?」
「正気ですとも。一番才能があることをするのが好きで楽しいと思うことが狂気なわけがないでしょう」
「だがおまえの幸福の中では不利益を被る人間や害される人間が必ず出る」
「僕にこの戦いをやめてほしいんですかアナタは?」
ガイアは棘のある声でこちらを詰るようにそう告げると肉薄する。
拳が来ると思うと、奴は強烈な踏み込みで私ごと地面を弾き飛ばす。
空中に投げ出され動きを封じられるとガイアの拳がこちらに突き出された。
「お前との戦いを誰がしたいと思う?」
それをセイクリッドで盾にして防ぎ、地面に脚をつけて摩擦で制動を懸ける。
「嫌なんですか……。失望しました」
そういうとガイアは先ほどよりも程度のひどい吐血をすると、こちらに近づいて来る。
若干落胆したように目尻を下げ、冷めた瞳の影がより濃くなったに見える。
「では乗り気でないあなたが乗り気になるようにしなければなりませんね。こちらが時間がないので、この手間が非常に口惜しい」
「秘蔵のアーツでも展開するつもりか?」
「アーツ? バカバカしい……。あんな僕の体術よりも数段も劣る欠陥品は使いませんよ。それよりも全力の拳の方が本気になってもらえるでしょうから」
ガイアは振りかぶり、勢いをつけると拳を振り下ろす。
すると大嵐よりもひどい突風が吹き、地面の上を転がされる。
急いで起き上がり状況を確認すると私の隣の地面が大きく抉れ、その先にあった山が砕けているのが見えた。
それを目に納めると直撃するの絶対に避けなければならないことを悟った。
「これで本気になってもらえましたか? もしまだなっていないのならあなた死にますよ」
さらにこちらにむけて腕を振りかぶりながら接近するガイアに、本能的な恐怖を感じる。
奴の言葉ははったりなどではないとその拳とこちらをまっずぐ捉える目から察した。
奴の繰り出される拳と蹴りをセイクリッドで防ぎ、本能に身をゆだねるように剣を振るう。
剣と拳が弾け、山と大地がいくつも消失すると、ガイアはついに膝をついて喀血した。
「僕の理想とは程遠いですが、それでも十分に満足できました。あなたの名前はなんていうんですか?」
「私の名前はゼウスだ」
「ゼウスさん、ありがとう」
それだけ言うと膝をついたまま静かにガイアは目を閉じた。
これまでの化け物染みた行為から復活するのでないかとしばらく見つめたが何を起きなかった。
ただそこに彼は居るだけだった。
私はこの結末を間違っていると核心した。
「よくもまあ、私の信徒を……。これで私がジキルから勝ち取った勝ち星がなくなりますね。あなたこの事態をどうしてくれるんです?」
「……」
すると邪神の高い声が聞こえ、こちらに地面を踏みしめる音が聞こえた。
「だんまりですか。どうすればいいか、分からないということですか? 勝ち星を維持するにはこの世界の頂点にいるあなたが私の信徒になる必要があります」
「信徒になるのはやぶさかではないが、必ず私をもとの世界に戻すと約束してくれ」
「何のためになるのか分からないことを要求しますね――。別に構いませんよ。もうあなたが魔王を倒すようには思えませんから」
そう言うと邪神はこちらに向けて黒い光を落とした。
「ではあちらの世界へさようなら。『ディメンションサモン』」
黒いオーラが地面からせり上がってこちらを包み込んでいく。
「これを持っていけ。ちゃんと読めよ」
すると矢文が飛んできて、それをキャッチすると黒いオーラの隙間から馬にまたがったペルセポネの姿が見えた。
「分かった。同じことは繰り返さないようにする」
それだけ彼女に返事をすると周りが完全に黒一色に染まった。
番外編はこれで終わりです。
この続きは6条につながります。
よろしくお願いします。




