エピローグ 『アマゾネスゲットだぜ!』
ゴンゴンゴン!
扉うるさ!
朝はただでさえ低血圧でイライラすると言うのに、扉のせいでイライラのボルテージがマックスだ。
苛立て血行が良くなると昨日の事を思い出し、扉の音が死神の足音に聞えてきた。
扉の向こうにいるのが使用人の可能性もなきにしにもあらずなのだが、俺には向こうにいるのはアダルマンティーにしか思えない。
扉の向こうで三角筋を隆起させながら、キ〇ガイスマイルを浮かべている奴の顔が如実に想像できる。
とりあえず、俺は近くでスライムボディを丸めて眠っているクリムゾンを起こすことにする。
上から手で圧力をかけて、二回収縮を繰り返させると、押し返してくる弾力が強まる。
「いきなり、起こさないでよ。あたしは自然に起きたいタイプの人間なのよ」
「そんなこと言ってる場合じゃねえよ。扉から漏れ出てくる邪気が見えねえのかよ。確認して来てくれよ」
「めんどくさいわねえ」
ごちって、あくびをしながらも、扉の前までぬるぬる動いていく。
それから平ぺったくなって扉の向こう側に行ったと思ったら、すぐに戻ってきた。
「アダルマンティーじゃないわよ。元気そうな女の子。……なんか眠いから二度寝するわ」
それだけ言い置くと言の通り、丸くなって眠ってしまう。
元気そうな女の子なんて俺の知り合いに居ないので不満バリバリだというのに、無慈悲な。
扉で待機している女の子が、アダルマンティーに忠誠を誓ったヤバ目な子だったらどうしたもんかと思いながら、扉に近づいていく。
ドアノブに手をかけると開きたくないという思いが湧いてきた。
だが、開かなくても無理やり侵入してくる可能性に気付いたのでやっぱり、開けることにする。
扉を開けると、俺の鎖骨くらいのところに紫色の頭が見えた。
見下ろすと、肩くらいの長さの紫髪を花のように広げた赤眼の美少女が立っていた。
不健康そうな髪色に反して、小麦色の肌からは活発そうな印象がする。
単純に美少女を見れて眼福だけど、髪と目の色がまんまアダルマンティーと同じなのが何とも嫌な印象を与える。
少し警戒しつつ、要件を言うのを待つが、少女はこちらを睨むばかりで、もじもじして言葉を発しない.
トイレでも借りに来たんだろうか……。
女の子にトイレ借りに来たの?て言うのもなあ。その場で、腹パンされそうだし。
察して中に入れて、さりげなく促すのがベストか。
「ここではなんですので、中に」
こちらが促すと、少女は頷いて部屋の中に入って来る。
俺は入り口の左手にあるトイレにちらりと視線を送りながら、
「ここにあるものは好きなように使ってくださってかまいませんよ」
さりげなくトイレに行くように促す。
「……べつにそう長く居座るきはないから気にしなくていいよ」
だが、少女はそう言って断った。
どうやらトイレではないらしい。
じゃあなんだっていうんだろうか。
「そちらへどうぞ。僕は椅子に座りますので」
少女にベッドに腰かけるように促すと、俺は小さな机に備えつけられた椅子に座る。
「では、早速ですが、ご用件は何ですか?」
「……」
少女はこちらが尋ねるが、重そうに閉じた口を震わせるばかりで言葉を紡がない。
なんだこいつは?
やはり、アダルマンティーから派遣された鉄砲玉か何かか。
そんな疑いを持つと、ナイフをレロレロやりながら、俺を威嚇する少女の姿が鮮明に脳裏に浮かんだ。
やべえ奴家に入れちまったよ……。
俺がそう思うと、対面の少女が覚悟したような顔で俺の目を見つめる。
やる気満々だ。
「お礼と話さなきゃいけないことがあるだけだよ」
即殺にかかると思ったが、こちらが警戒していることを見抜いているのか手を出してこなかった。
やったことと言えば、お礼と言って言葉で脅してくることくらいだ。
どうやら、警戒は牽制になるらしい。
「お礼ですか? そういえば名前を聞いませんでしたね……」
名前を聞くことで、更にお前に対する警戒を強めているぞと言う意思表示をする。
少女は若干眉尻を下げ、少し不服そうな顔で応じる。
「あたしはアダルマンティーだよ」
俺の頭に衝撃が走る。
目の前の美少女がガチムチアマゾネスだと……。
そんな訳の分からないことがあるはずがない。
だがじゃあなんでこいつはその名を口にしているんだ。
もしかして、アダルマンティーは襲名制だとでもいうのか。
目の前のこいつが二代目アダルマンティーだと。
そんなバカなことがあるのかと頭の中で一瞬否定が入ったが、奴が二代目アダルマンティーだというのなら俺をこの世から抹殺しようとしていることにも説明がつくことに気付いてしまった。
奴はここで先代の恥を払拭し、真のアダルマンティーとして覚醒しようとしているのだ。
おのれ、アダルマンティー! 世代の垣根を越えて俺を抹殺しようというのか……。
アダルマンティーは「まあ、呪い掛かってた姿しか見たことないし分からないか」と空耳で聞える呪詛を唱えている。
どうやら当代は、格闘だけでなく、呪術もこなすようだ。
それから少しだけなぜか怯んだようにもじもじする。
「まあいいわ。とりあえず、呪いを解いてくれてありがとう。あんたの欲しいもの礼としてなんでもあげるよ」
ありがとう……?
俺は何もしてないぞ。どういうことだ……。
俺は奴を見つめるが、二代目アダルマンティーは節目がちに顔を伏せ、まるで不用意に口を滑らせた自分に対して自重しているように見える。
その行動で俺には奴の真意が理解できた。
赤の他人の俺らに対して、あそこまで苛烈な先代アダルマンティーのことだ。
きっと、こいつにもそれ相応には厳しく接したきたに違いない。
奴はきっと、そんな先代の束縛に辟易していた故に、先代を下がらせた俺にありがとうとつい口を滑らしてしまったというころだろう。
「いえいえ、礼など不要です」
俺は儀礼的な言葉を投げかける。
「断られてもあたしは満足できないよ。それにこう見えても、あたし、一応プリンセスなんだからやってやれないことはないんだよ。呪いのせいで、消息不明扱いにされてるけど……」
何て野郎だ、自分のことをコロシアムのプリンセスと宣いやがった。
二代目、完全に天狗になってんじゃねえか。
「本当なら国どころか、世界にさえ、干渉できるんだよ」
俺が絶句していると、奴はコロシアムから世界に羽ばたくという胡散臭い将来設計を語った。
俺がビッグになったら養ってやるよと言うバンドマン並みの胡散臭さだ。
「あたしの言葉さえあれば、アンタを騎士団長、貴族にするのだって造作もない」
奴の言葉をそこまで聞くことで、今まで勘違いをしていたことに気付いた。
二代目、アダルマンティーは俺を殺しに来たのではない。奴は俺をスカウトに来たのだ。
その証拠に奴は、騎士団長とかいう痛い役職につかせようとしている。
そんなのごめんだ。どうして、目からハートを射出する自分の姿を世界の奴らに見せつけなければいけないのか。
公開処刑以外の何物でもない。
断固としてお断りだ。
「いえ、丁重にお断りさせていただきます。僕はそういうことには興味がないので」
「何を言うんだい。力あるものこそ権力を持つべきだ」
ガバッと二代目アダルマンティーは立ち上がると、俺に詰め寄ってきた。
すると奴の顔がにじり寄ることで、奴の瞳孔の奥にハートがあるのが見えた。
薄い本でよく見る、調教済みのサイン……。
奴に対する俺の警戒レベルはマックスだ。
大概、調教済みの奴にかかわるとろくなことにならない。
絶対誘いに乗った後に、バッグの勇者的な奴に真の仲間じゃないとか言って、追放されるのが丸見えだ。
こいつから早く離れた方がいいだろう。
だが、奴の態度をみると、直接拒絶しても諦めないだろうことは明白だ。
どうしたもんかと考えると名案を思い付いた。
口だけ誘いに乗って、実際は何もしなければいいのだ。
そうすれば奴は納得し、引き下がり、俺は無事自由の身だ。
「それもそうですね。騎士団長にならさせてもらいましょうか」
「うん? やけに素直だね。まあいいや、なるっていうなら。絶対だからね。逃げたら承知しないよ。あたしは今から王城に帰還するから、あんたは召喚されたらすぐに来るんだよ」
こちらの承諾の意を表すと、アダルマンティーはそれだけ言って、扉を突き破る勢いで外に飛び出して行ってしまった。
大きな夢を持っている人間の行動力とは恐ろしいものだ。
今頃、王城目指して、ダッシュしていることだろう。
何だろうか、無謀だとわかっているのだが、少しうらやましくなってきたな。
奴の世界を狙う下克上グループに参加する気はないけど。
俺も何かでかい夢を掲げたくなってきたな。
「美少女百人テイムするとかどうかな」
俺がそう呟くと、異議を申すように寝ているクリムゾンが呻きを上げた。
「やめて! そんな雄々しい性剣でガイアのケツをドゥングドゥングしたらガイアが壊れちゃうわ。ああ、そんな激しく……」
寝言で奴がろくでもない夢を見ていることが分かった。
やっぱ夢なんてろくでもないわ……。
目標にしとこ。
俺は新天地で目標「美少女百人テイム」を掲げることにした。
ストックがきれたので今日から夜の更新なしで、毎日一話更新になります。
次回から新章を始めるのでよろしくお願いします。