2話 40代男性が神と名乗り、10代少女に接触する事案発生
「貴様、いやあなたは何者だ?」
私は言っている途中で瓦礫の上に腰かけた中年からノースクラメルの女神と同じような雰囲気を感じ取り、丁寧な口調で改めて尋ねる。
中年はこちらの質問を聞くと、不敵にニヤリと笑った。
「もう聞かなくても、察してるだろう?」
それからこちらのことを見透かしたような口調でそう問い返してきた。
その態度は少し私の勘に触るものだったが、こちらの目上に当たるものなので素直に応じることにする。
「あなたは神ですね」
中年――神はこちらの答を聞くと更に愉快そうに口の端を歪める。
「そうだ。俺はイースバルツに棲む神、『武神』宮本武蔵だ。神と呼ばれるのも堅苦しい。俺のことはムサシで構わない」
武神はこちらの推測を認めると瓦礫の山の上から降りてきた。
空中にいる間も隙のようなものが生じない。さすがは武神と言ったところだろうか。
武神は地面に降り立ち、立つ頃には火のついた葉巻を口に咥えていた。
その所作はところどころ時空が飛ばされているように感じるほど早い。
「お前は善神のところの使徒だと見るがなぜこんなところにいる? もうすでに奴は敗北して、この世界から逃げおおせたはずだが……」
武神はこちらのセイクリッドを指さすと、そう尋ねてくる。
先ほど出合った邪気の塊同様に彼の言っていることがまったく分からない。
使徒に、敗北、逃げおおせた。
私の頭の中を何度見回してもそんな単語は見つからない。
「それはこちらが聞きたい。いきなり邪気の塊のようなものと遭遇したと思ったら、こんなところにいつの間にか連れてかれていた。あなたが言っている、敗北とか逃げおおせたというこ何か関係があるのか?」
武神にそう思いの丈をぶつけると、彼は紫煙を口から吐いて、「邪神の仕業か……」と呟いた。
二の句を継ぐのを待っていると走ってくる音が聞こえてきた。
何者かと音源に視線を向けると、白髪赤目の青年がこちらに近づいてきていた。
「師匠、何をいつまで一服しているんです。もうすぐ、夜になって魔王が目覚めるというのに……」
青年は武神に向けて文句をごちると、武神は半分以上が灰になった葉巻を捨てて、踏みにじることで火を沈下すると青年に向きおなった。
「一服だけじゃなくて色々とあったんだ。見て察してくれ。ハーデスお前は状況判断能力をどこに置いてきたんだ」
まったく嘆かわしいと体で体現するように、武神が手のひらを天に向ける。
するとちょうど夜の帳が完全に落ちきったようで、周りが闇色に染まり始める。
本来ならこれで暗闇に包まれるはずなのだが、不思議なことに周りは明るかった。
なぜ明るいんだと疑問に思うと、地面から火が生じていることに気付いた。
地面が燃え始めていると私は悟った。
周りの二人はこの超常はいつものことだと言った風情で気にした様子もない。
「魔王のお目覚めだ」
武神の声が聞こえると、遠くでひときわ赤い何かが姿を現す。
『選べ! 戦うか、死ぬか!』
それを視認すると聞きなれた声が確かにそんな言葉を吐くのが聞こえた。




