3話 『美少女専門テイマーに転職しました。ただし、美少女がテイムできるとは言っていない』
「やっと一番大事なものに気づいたよ。クリムゾン」
処刑というビックイベントを控えることで、俺は極限状態になり、ついにこの世の真理にたどり着いた。
圧倒的恐怖を前にして支えになるのは、恋人だということを。
「俺、美少女専門テイマーになるよ」
「ガイア、やめときなさい。あんたの顔面じゃ、頑張っても熟女専門が関の山よ」
「やる前からできないって言うのは、言い訳に過ぎないんだよ」
「たいていの人はやる前から自分に出来ないことは分かるでしょ。やるまで分からないて言うやつは人生エアプだけよ」
「人生エアプだからしょうがないだろ。やって試すしかないんだよ」
俺は徐に腰から短い鞭を取り出すと、クリムゾンに叩きつける。
奴のスライムボディは打ち付けるたびにポヨポヨと軽い感触で、返してくる。
この先の作業を思い起こすと、少しげんなりするが、未来の自分の成功像を思い描いて奮起する。
相変わらず、『女神の祝福』を得るのはめんどくさい。
だが、祝福を得ないと職業をしていく上での技術が習得できなくなってしまうのでしょうがない。
職業だけで、アーツがなければ、名乗ってるだけだ。
悲惨すぎる。
取り合えず、経験値が一定に満ちるまでやり続けるしかない。
そもそも美少女専門テイマーなんて職業さっき俺が作っただけだから、祝福が得られるかどうかは謎だし。
まあ職業として認知されても、今職業にしているテイマーよりも才能ないと祝福受けられないしな……。
本当になれるんだろうか。
なんだか考えるとテンションが下がってきた。
無心で鞭を振るうか。
「あああ、全身のコリがほぐれるるるるう」
クリムゾンをリズミカルに叩いていると、マッサージを受ける中年みたいなことを口走り始めた。
これもしかして、中年専門テイマーになるんじゃねえだろうな……。
少し不安に駆られたが、手を休めずに鞭を振るう。
百回くらい叩いて腕がしんどくなってくると、鞭を握る手がまばゆい光に包まれた。
才能が更新された証だ。
“慧眼”で自分の素性を見ると、才能がテイマーからテイマー(美少女専門)に代わっていた。
よし! やはり信じるものは救われる。
これで俺の思い描いた成功像が現実ものとなる。
全てが上手くいく。
まず俺が美少女をテイムする。
美少女にテイムされた屈強なガチムチたちがアダルマンティーと戦う。
物量の差で俺が勝利。
大団円……。
全てにおいて完璧な未来だ……。
天運は俺にある。
「俺はテイムに行って来る。クリムゾン、お前は金貨でも磨いて待ってろよ」
「了解、寝て待ってるわ」
~明朝
「今回の挑戦では、何の成果も得られませんでした!!」
朝日に染まる森の中で、四つん這いになって美少女をテイムに行った報告をクリムゾンにする。
それもこれも、テイマー(美少女専門)のアーツ――誘惑の劣悪さのせいだ。
なんだ、10秒だけイケメン化て。
10秒で何ができるっていうんだよ。チラッと見られて即終了じゃねえか。
しかも「あれ、イケメン? あっやっぱただのモブだわ」とか言われて地味に傷ついたし。
美少女に突貫して、周りのヤツから「おいおい、あいつ死んだわ」とか言われながら美少女テイムしてドヤるつもりだったのに、「おいおい、やっぱりあいつ死んだわ」になって恥もかいたし。
踏んだり蹴ったりだよ。
「ガイア、時間よ。コロシアムに行かないと」
「俺はもう疲れた。あとはお前が何とかしてくれ」
「何言ってんのよ。昨日の威勢はどこ行ったのよ」
「いや、昨日の俺と今日の俺は別人だから。昨日のガイアはバイトリーダーの田中君がやってたから」
「なよなよしてる場合じゃないわよ。行くわよ」
俺はクリムゾンにヘッドロックされながら、コロシアムまで引きづられていく。
―|―|―
「ふん、いっちょ前な顔してるじゃないか。地獄を見てきた顔だよ」
アダルマンティーが俺の顔面を見て、不敵に笑う.
「ああ、ほんとに地獄だったよ」
俺の昨日の地獄を思い出す。
美少女に振られて、傷心してるところで、ガチムチに「お兄さん、俺たちが慰めてやるよ」とか言われて、股間を押し付けられたあの夜を。
「あんたにも俺の忌まわしい力を見してやるよ」
「ガイア、美少女がダメだったからてガチムチアマゾネスをテイムする気になったていうの!?」
「もはや、顔面には価値はない。女の子でさえいれば、それだけで価値があるんだよ!」
世にある真理は得てして残酷なものなのだ。
「ウオオオオオオ!」
俺は魔力を練り上げながら、悲鳴交じりの咆哮を上げる。
「やばいぞ。あの魔力の奔流は! ここら一体をふとばせるほどの魔力を含んでやがる」
「コロシアムごと、アダルマンティーを吹っ飛ばす気だヤロー!」
観客席からは俺と同じような悲鳴が聞こえてくる。
「せっかくだ。お前には昨日の地獄の果てに覚醒した新たなアーツを披露してやろう」
「ま、魔力量が多いからてどうしたっていうんだい。あんたがバカみたいな威力のアーツを出すとしても一回くらい避けられるさ」
「かかったな、アホガアァ! 『ラブ・サンシャイン!』」
俺の目からハート形の光線が射出され、魔力の奔流に気を取られたアダルマンティーの心臓を貫く。
「くっ!」
アダルマンティーは膝をつき、胸を押さえる。
「痛みはないのに……。胸が熱い」
俺はビーム出すと、なんだか冷静になって来て、やっと自分のしでかしたことに気付いた。
故郷でアマゾネス達にシコタマやられたのに、アマゾネスをテイムするて、何考えてんだ。
あんなもんと生活を共にしたら、朝から俺が人間殺害現場になってしまう。
そんな肉塊ライフはごめんだ。
俺の理性が「うちでは飼えません。元の場所に戻してきなさい」とささやいて来る。
てか何で昨日全然効かなかったのに、今日はしっかりテイムが決まってんだよ。わけわかんねえよ。
「勝負はついたな……」
俺はとりあえず、適当な事を言ってこの場から退散するための足掛かりを作る。
アダルマンティーに背を向けて、控室に通じる通路を目指す。
「待て! まだ終わっていない。『天空衝!』」
俺の背中に棍棒でぶん殴られたような衝撃が走る。
ボキィ!と聞えてはいけない音が背骨から聞こえた。
折れた確実に背骨が。
事実、俺は痛すぎて、その場で静止したまま動くこともかなわない。
「クリムゾン、動けん。俺を運んでくれ」
俺は小声で、隣にいるクリムゾンに呼びかける。
「何言ってんのよ。デスマッチはリングを出るまでがデスマッチなのよ」
そんな家に帰るまでが遠足みたいなこといわれても……。
背骨が癒着し始めたためか、少しだけ痛みが和らいできた。
気合でなんとか、ゆっくりながら、歩を前に進めていく。
「待て!」
「おい見ろよアレ。アダルマンティーに掛けられた呪いが解けていく!」
「バジリスクの呪いがかよ。嘘だろ!?」
「お前ら目が節穴かよ……。俺は見えたぜ。あのガイアとかいう野郎が、アダルマンティーの心臓を光線で蒸発させたあと、目にもとまらぬ速さで再生させたのおよお」
「てことは、一回アダルマンティーを殺して、呪いの効力を消したて言うのかよ」
なんだか背後で騒がしいが、痛みと恐怖でそれどころではない。
着実にコロシアムの外に向けて歩を進めていく。
通路に入ると、背骨が再生したので、ダッシュでコロシアムから逃亡。
宿屋になだれ込んで、代金の銅貨三枚を渡すと部屋に閉じこもる。
テイムしたアダルマンティーが俺をマッシュポテトにしている映像が頭の中で再生されて、背中にじっとりとした冷や汗が流れる。
「ガイア、逃げても何も始まらないわ。己のしたことに向き合わないと」
「服強奪した奴に言われても説得力ぜロだよ」
もうあれだ。
考えるだけ無駄だ。
具体的なことは明日考えよう。アダルマンティーも寝る間くらいは俺を捜索するのにかかるはずだ。
俺は目を閉じると夢の中に意識を沈めた。