4話 『突然……茶器を……店におしつけて』
商人たちが多くいる市場は、俺とアダルマンティーが拳をぶつけ合ったコロシアムが近くにあるし、現在村コンの真っ最中だし、ということで人でごったがえしていた。
見慣れない光景だ。
だが周囲の奴らの様子をみると特段珍しそうにもしていないので、ここで人がごったがえすことなど特段珍しい光景でもなんでもないのだろう。
新たな面子、仮面Z子さんを率いて、われわれビジネスガチガチ系合コンサークル『オワリオダーズ』は市場の中でも小物を中心に売っている場所に来ていた。
さきほど居たアンリミテッドな陽キャたちは、串焼きとか、エール売り場とかのジャンクフード系のところを中心に狙っているようで、ここには数えるくらいしかいない。
「頼もう!」
器とか皿とかを多く扱う露店の前に来ると、『オワリオダーズ』のリーダーこと精霊様が大音声で挨拶。
店主は精霊様の目と鼻の先に居るので、めちゃくちゃうるさそうだ。
「は、はいなんでしょうか。 あなたがたは村コンの参加者の方とお見受けしますが……」
店主はいきなり大音声上げる精霊様にビビりながら、こちらに要件を聞いてくる。
「ちょっとあんた! メリットビリーブ様が挨拶したんだから要件くらい察しなさいよ! 頭の中にたくあんでも詰まってんの!」
「ヒィッ!」
ピンクの理不尽な恫喝を受けたせいで、店主のメンタルが限界だ。
ストレス耐性が低下してきている中年じゃこのままじゃ、精神崩壊待ったなし。
俺がフォローに入るか。
「すいません。僕たちは企画を提案しに来たんです。そこのピンクは頭がおかしいのでシカトで構いません」
「は、はあ」
「詳しい企画はあなたに挨拶したメリットビリーブ様が話しますので」
俺が店主に事情を説明すると、俺の態度に何か感じたのか、目がギラリと光った。
先ほどの「なに、このチンピラ崩れども……? 怖すぎィ!」から一転ニコニコ営業スマイルに変わった。
「そうですか。私としたことが察しが悪く申し訳ないです。ささ、お嬢様お願いいたします」
どうやら俺の敬語口調と精霊様の名前を様付けで呼んだことで、精霊様をどこかの貴族の令嬢と勘違いしたようだ。
手の早いことで、精霊様に促すとすぐに商人がこちらに渡せる最高ポイントである1000ポイントを小切手に書いている。
もはや、小心者系バイヤーの心は忖度一色だ。
「ふむ。では、そこに言っているみすぼらしい茶碗をどけて、これを店に並べるがいい」
精霊様はそう言って、何もない空間から嫌に表面がつるつるしたカップを取り出すと店主に渡す。
「こ、これですか……」
店主は「絶対売れねえよ、こんなもん」みたいな感じでしょっぱい顔をする。
だがそんな店主の困惑に反して、展開はどんどん進行している。
「もう決断は済ませていただろうに。今更迷うな。私には時間がないのだ」
もうすでに、謎の仮面Zによって店の皿を取り払われ、彼女の両手に皿が積まれていた。
暇でこのイベントに参加する気になっただろうに、さりげなくさも自分は忙しいリア充ですアピールもしている。
やめておけ、仮面でリア充なんていう生物はこの世界には存在しない。
大概はロリコンかショタコンだけだ。
謎の仮面Zが盛大に墓穴も堀ったことだし、たったと忖度ポイント受け取って帰るか。
「では企画は採用ということでよろしいですね。ポイントを貰えますか?」
「い、いえ、どうかどうか、このカップが売れたあとにしてもらえないでしょうか。そうでないとこちらも評価できかねませんので……」
さっき思い切り忖度で評価つけてただろコノヤロー!
俺は内心でそう叫びながらも、「そうですか」と穏やかにその要求にこたえる。
ここで一悶着起こすと市場出禁とかもありそうだからな。そんなことになれば精霊様がどんなことをしだすかわからない。
最悪、無理やりここをシビライゼーションして、茶器パラダイスにしかねない。
面倒だが、またこよう。
そう思って踵を返すと、徐にZ子が口を開いた。
「すまない。空腹で今SPがゼロなんだが、金の持ち合わせがない。恵んでくれないだろうか? そうすれば、貴様とのこの後の競い合いも満足できるものになる。お互いにデメリットはないだろう」
おいおい、会って一日もたたずに人を財布扱いかよ。
そう思わんこともなかったが、腹が減ってるならしょうがないと割り切った。
後半何を言っているのか分からなかったが、なんだか思い切った感じで訊いてきたしな。
俺は銭入れの中から、銀貨一枚を取り出すとZに渡す。
Zは一瞬消えたかと思うと、両手の指と指との間に計六本の肉串を挟んだ状態で出現した。
買いにいくの早……。
おかしいなあ。ここから肉串の売り場まで露店十個分くらいの距離あったような気がするのに。
きっと親切な肉串おじさんがそこらへんにでもいたのだろう。
もう春の終わりだと言うのに異様に肌寒いなと思いながら、俺は目の前の怪奇現象をそう決着をつけた。
―|―|―
その日、食器売りの露天商フリマ―は驚愕した。
朝方に商売の商の字も知らないだろうと思われる連中から渡されたカップが完売したのだ。
売り始めて、一時間もたたずに。
そんなあり得ない、なぜだ?
いきなり現れたわけのわからない連中が、自分が商売を始めて一番の利益を出したことに自尊心を傷つけられながら、フリマ―は分析する。
値段設定は売れないだろうと鷹をくくって、初期の適正価格銅貨5枚を大きく逸脱した適正の4倍である銅貨20枚。
しかもさして、便利な特徴を持っているわけでもなければ、ここらで名の知れた職人が作ったものでもない。
やはり、再三の分析どおり売れる要素など人かけらもない。
なぜだ? なぜ?
フリマ―は自分が今商売の真理の一端に触れているような気がして、何度も自分の中で問いを繰り返した。
「あらあら、奥さんそのバスケット素敵ね!」
「あら、気づいちゃった! ちょっとお高めのものに変えたの。 やっぱり普段使いのものはこだわらなきゃ」
問いの答えを導きだせず煩悶するフリマ―もとに、市井の女たちのそんな何気ない会話が聞こえてきた。
フリマ―は聞き流そうとしたが、女の口から聞こえた『こだわり』という言葉にいつのまにか耳を奪われていた。
普段使いのものに対して持つこだわり。
今までに考えたこともないことだ。
元は激戦区のジャンクフード売り場で旗色が悪くなるまで露店を営んでいたフリマ―にとって、安さこそすべてだった。
安ければ、安いほど客は喜ぶ。
フリマ―が商売をやるうえで、勝ち取った唯一の真理だ。
だからこそ、安さ以外に市井の人間の判断基準があるとは思ってもみなかった。
そんなロマンを凝縮したような概念を持つ考え。
金の取引をするサバサバした商人では思いつくはずがない。
商売人ではない奴らが偶然ではなく、この真理を見抜いたことにやっと納得がついた。
だがそこでまた新たな疑問がフリマ―のもとに生まれる。
なぜわざわざ奴らはそんなことを教えに来たのか?
そんな商売に革命を与える概念をなぜ自分たちで独占しなかったのか?
しばらく考えに耽ると、あの中に居た一人の男に見覚えのある気がした。
いや、確かに見覚えがある。
そこまで行くとフリマ―は前回のコロシアムで覇者アダルマンティーを一撃のもとに打倒し、あまつさえ呪いまで解いた男そのものだとやっと気づいた。
あれだけ目立つ行為をしておきながら、なぜ忘れていたのか自分が不思議でならない。
そして、男の存在に気付いたことで、フリマの中で―は疑問を解くピースが全て揃った。
押しつけがましく、教えられた客のニーズ。
声でか女と話している間こちらに向けられていた冷ややかな男の瞳。
男がコロシアムの覇者を倒した豪傑であること。
やつら、いやあの男はこちらに脅しをかけていたのだ。
客のニーズを一瞬で見抜く自分の天才的な知能とコロシアムの覇者を屠る類まれなる武力があればお前らなど簡単につぶせると。
奴はきっと近く露店商の人間たちの反感を買うようなとんでもないことをするに違いない。
だからまず最初に自分をと……。
いや自分だけではない! 客のニーズを教えるというにはそれではつり合いが取れない!
奴が警告を掛けたのはここの露天商全員だ!
フリマ―は自分だけでなく、これは他の露店商に対する警告でもあるのだと悟り、いち早くこの警告を他の露天商に伝えるべきだという使命感に駆られた。
「なんという、悪魔的な男……! いや、悪魔なんてそんな生ちょろいものではないあの男は魔王だ!」
フリマ―は露天商全員にガイアが脅しをかけていることをその日のうちに伝えた。




