5話 『武ではなく、和をもって制す』
ゼウスは目の前の男の態度に、苛立ちを募らせる。
ガイアは周りの兵士たちを下がらせると、突然目から光線を放った。
ゼウスに初めて攻撃を仕掛けたかと思うと、それを受けたゼウスに彼はあからさまに大きなため息を吐いた。
一瞬行動の意味が全く分からなかったが、明晰な頭脳を酷使することでゼウスは理解した。
奴が自分を試し、そのうえで相手にする価値がないと断じたことに。
あの光線に対して反応することもできず、ただ棒立ちで貫かれようとしたゼウスにあまつさえ情けをかけて、光線をキャンセル。
そしてあまりの脆弱さに、相手にする価値もないとゼウスをガイアは断じたのだ。
その証拠にガイアは、攻撃を仕掛けるゼウスのことを一瞥もせず、エウゲン山をずっと見続けている。
まるでゼウスのことを路傍の石か何かと同じ様に、そこにあるだけのものとしか認識していないように。
ゼウスはガイアの瞳が何を見つめているのか、すぐに理解できた。
ガイアはエウゲン山の向こうにいるノースクラメルの王、ウラノスを見ているのだ。
神の寵児であり、死灰龍の主である冷酷なる王を。
彼はいつも高みを見続けている。
今までにその瞳には、真にゼウスが映ったことはない。
御前試合でさえも彼はこちらをあざ笑いながら、王と虚空を見続けていた。
「私を見ろ! ガイアァァァ!」
裂帛の気合とともに剣を振るがやはり、彼はこちらを見なかった。
その塩対応にひどい屈辱を味わいながら、ゼウスは背筋にまた謎のぞわつきを感じた。
―|―|―
何か知らんがめちゃくちゃキレてるゼウスちゃんに、マジでビビッて体を硬直させた俺はクリムゾンとアダルマンティーのいるエウゲン山を見ることしかできない。
あいつら何やってんだ……。
ゼウスちゃんに向けて撃った、極太ラブサンシャインで合図したっていうのに。
全然来ねえ。
俺の話聞いてなかっただろ……。
戦エアプかよ。
くそ、ゼウスちゃんに剣でどつかれまくって、マジで痛い。
てか、後ろに下がらせたヘルメスとガチムチたちも何とかしろよ。
後ろに下がらせたのは休憩じゃなくて、俺の囮にした作戦タイムのためだよ。
「ガイアさん、なぜ攻撃しないんですかあ!」
ヘルメスが俺に向かって叫ぶ。
攻撃しないんじゃなくて、出来ないんだよ!
テイマーは攻撃職じゃないから。
しばらく俺を小突いていたゼウスちゃんは、いきなり剣を地面に叩きつけた。
「SPがきれた! クソ!」
その場にクレーターを残すと、体中から怒りを迸らせながら馬にまたがる。
「覚えていろよ、ガイア! 私は貴様を絶対に許さん!」
人のことを一方的に小突いてたくせに、めちゃくちゃなことを言って、ゼウスちゃんはその場から立ち去る。
パカラ、パカラ、パカラ。
あとには蹄の乾いた音だけが残される。
「武ではなく、和をもって相手の将を退けやがった。なんて人だ!」
「ガイアさん、いや、ガイア。一生君についていくよ」
後ろで控えていた兵士たちとヘルメスが俺に駆け寄って来る。
薄情者どもをジト目で見つめると、奴らは俺を胴上げし始めた。
俺を盾にして結果オーライだからって、調子の良いヤツらだな。
まあ満更でもないから、別にいいけど。
胴上げされて、エウゲン山をバックに空を見上げていると、なんか赤い物体がこっちに飛んでくるのが見えた。
「ちょ、やばいだろ! あれ」
俺が絶叫すると、赤い物体は目前で着地して、砂ぼこりを巻き上げる。
ガチムチたちに担がれたまま、咳き込むと砂ぼこりが晴れてきた。
見ると中からやたらデカい赤い竜とその上に乗ったクリムゾンとアダルマンティーが見えた。
「慌てて駆け付けたのに、もう終わてんじゃないか」
「ふん、ガイア。やっと自分で責任をとるという言葉を理解したようね」
なるほど、こいつら二人この竜と戦ってたわけか。
てか、よくこんなデカい竜倒せたな。
「その龍は六帝龍の内の一匹、死灰龍ニーズヘッグじゃないですか! ガイアさん、あなたやはり……」
ヘルメスが龍を見てそう叫ぶと、龍とはまったく関係ない俺を感極まったように見つめてくる。
何を考えてるんだ、この人は。
少し疑問に思ったが、もうなんかめちゃくちゃ疲れているので、思考放棄した。
朝から、慣れない行軍に、ゼウスちゃんとの遭遇だからな。
俺がんばりすぎだよ。
とりあえず、寝たい。
奴らに帰るように促すか。
「今回のことは全て終わったようですね。村に帰りましょうか」
俺がそう進言すると、兵士たちは宴だと騒ぎ、ヘルメスは俺の腕に絡みついてきた。
若干ホモ臭いと感じながらも、彼なりに労ってくれているのだろうと思って、放っておく。
デカい竜の死体を引きずって、俺たちは拠点の村に帰った。