夢と現の境界線
「ルビー、剣ってこう持つのよ。 …てぇりゃあぁぁぁぁぁ!! 」
得意げに木剣を振り回す彼女は子どもなのに、少し大人びて見える。
それは頭1個分背が大きいからというわけではない。身体的ではなく精神的に成長しているように感じるのだ。
まぁ、女の子の方が先に成長しきるわけではあるので当然といえば当然だ。まして自分の師匠の妹であるから余計にそうなのかもしれない。
自分はというと無駄な動きが多いと言われてから姿勢の矯正、型から型への流れを見直し中。これがなかなか納得できないものだから見本を見せてもらったが…やっぱ才能ってすごい。
1つ1つの動きに磨きが掛かっている。体重移動や軸の中心をぶれないように下半身もしっかり鍛えてると聞く。実際にその土台の部分ができてるから動きが機敏なのだろう。
「これは将来お姉さんに並んで勇敢な勇者になるかもね」なんてあいさつがわりだ。
だけど本人曰く、「わたしは支える側でいいよ! 回復魔法とか興味あるしね」らしい。
お日様みたいな笑顔で言われた。言葉には裏がなくて純真無垢な彼女らしいと思った。
だから何も口出しできなかった。
例えその才能がいずれ多くの命を救う偉業を成したとしても僕は彼女の言うとおりにしてあげたい。彼女の背を預けられるような存在になってやりたいと心の底から奮えた。
それから僕は剣だけじゃなく色々なことを学んだ。
精霊との親和系魔法や神話上に出てくる武具や能力。その他にも薬草学や戦術の組み方など、あらゆる戦いにおいて必要とされるものは全部習得した。めったに見られない古代生物の化石とか、ここでしか拝むことができない神様の壁画みたいなものまで見ることができてけっこう楽しかった。
知識は瞬く間に蓄えられた。また実践経験もそれなりに積んだ。
格闘術から武具の扱い方はもちろん、精霊との交信やそれを応用とする精霊降ろしまでやった。
精霊降ろしに関しては、精霊と一体化する時にどれだけ相手に体を任せられるのか、という課題に苦戦したけど、夢のためにと努力を怠らずに毎日頑張った。
最初は100回中100回失敗した。けれど精霊とのコミュニケーションをとっていく内にレミリー(交信相手の精霊で別名「原始の炎龍」とさえいわれている)との仲も深まり、お互いがかけがえのない存在になっていった。四六時中いっしょにいるわけではないけれど、寝る時もお風呂に入る時もずっと傍にいた。この時はまだ大人の知識を知らなかったからレミリーの体を見ても何とも思わなかった。
彼女は年を重ねて色々なことを知っていたと思うからそういう面では…変態さんなのかもしれないが。
で、そんなこんなで生活して3年目。家庭教師の先生方が一同に集まるいわゆる「出来栄え発表会」にて精霊降ろしを披露することになった。一応貴族である僕のだから王族関係者の方たちも来ていた。
けれど不自然なくらい冷静だった。朝はいつも通りの時間に起きて鼻歌をするくらいに気持ちは落ち着いていた。レミリーもそれは同じのようで「朝飯前よ、かかってこい!」なんて言っていた。
そうして太陽が南下する時刻、僕は身体を手放した。
元々「精霊降ろし」は精霊に主導権がある。精霊との親密度は高い方が成功しやすいとだけ教養本には書かれている。けれど本当に大切なのは「加減」である。
この場合の加減というのは魔力をどれだけ調和させられるのかということ。もし加減を見誤ったら魔力が暴走し、その人の肉体を内側から破壊する。
慎重に慎重を兼ねて魔力を流す。
イメージは水溜りにポツンと波紋が広がるくらいの雨。決して雷雨のように荒々しく髪を濡らすわけではなく、寝癖が雨を受けて直るくらいな感じ。そのイメージを以ってレミリーの魔力を受け入れていく。
体はほてり、動悸が激しい。組織を構成する細胞の1つ1つに染み渡る。
やがて魔力は体に馴染むように体が変化する。レミリーによるとこの変化は「新しい体」を作り直しているということらしい。
「……ルビー、これから魔力の核を送るから耐えてね」
「核」、それは魔力の源であり魔力を形作るもの。それを入れるということは精霊降ろしの最終段階に突入するという意味になる。
体温はすでにマグマと化し、元の体が溶かされていく。
目の前の核がゆっくりと僕の心臓の位置まで来る。それは何の躊躇もなく心臓に侵入する。とたんに僕は陽の光に似た白い光に包まれた。
………ここで僕は覚醒した。