56.おやすみなさい
本当に? 本当に、それだけ?
頭を撫でている手が止まる。指先は暖かい。陽だまりのように。
人の体温が恋しくなっただけではないの?
浮かんだ問いかけに、何故だか吐き気がする。人を殺してしまったのだ、無理もないのかもしれない。
――嗚呼、救えない。
「お姉ちゃん、顔色が悪いよ。大丈夫?」
「ええ、平気よ。……人を殺すのは初めてだったから」
「大丈夫だよ。すぐに慣れる。お姉ちゃんは……な、……すから」
「え? なあに、もう一度……」
よく聞き取れなかった言葉。もう一度聞こうと顔を上げると、アランの細い腕が私を抱きしめた。ぬるい体温は陽だまりの様に暖かい。初めてであった優しさみたいに、それは私の心を癒していった。
私は茫然とする。抱きしめられたことが珍しかった。この世界での密度は濃い、求めていた幸せが傍に在る。命の危険も同時に混在している。まるで夢から覚ますように。
――私は、救われるのだろうか。
「アランは暖かいわね」
「いつでもそばにいるよ。僕はお姉ちゃんのものだから」
「ものとか、そんなの、関係ないわ」
「ううん。この世界の者は皆、お姉ちゃんのものだよ。皆お姉ちゃんに優しいよ。……何があっても」
あんなことがあった後なのに、アランはそんなことを言う。
私は眠りにつくことにした。世界が優しいなら、優しいままで。
例えそれが血に塗られていたとしても。
「おやすみなさい、アラン」
「おやすみ、お姉ちゃん」
――それは世界が終わるような、静かな挨拶だった。




