不穏な言葉
私がいるこの世界は、他国からは武具の国、と呼ばれているらしい。
武器や暗器の生産が盛んで、生活にも馴染んでいる。デザインや用途も豊富で、私が持つこのナイフも、護身用ですらあれど、高貴な身分に似合う、装飾品と遜色ないデザインを施されているらしい。
どうやら私は、この世界ではやけに高い身分にいるようだ。姫様、と呼んだアラン(敬語じゃなかったけど)の物言いから推測できる。
「あの、アランは護衛役、で……ハーバード?はどんな人なの。私にとって」
恐る恐る問いかけてみると、いかにも不機嫌そうにハーバードが眉間にしわを寄せた。アランがそれを見て笑いを堪えている。どうやらこの二人は仲が悪いらしい。
「忘れられるなんてかわいそー。同情してあげる」
「要らん。……婚約者だ。忘れるな、このバカ」
「こんやく……ええ!?」
どうりで、この細い身体をキープしなければいけないわけだ。
こんなイケメンが相手なんだもの。前の私のような体型ではとても隣を歩けないと思った。
「忘れてたんならさ。僕にもチャンスある? おねーちゃん」
「な……! 護衛風情がでしゃばるな!」
「これでも俺、一族の頭領だよ。チャンスがないってことはないよね」
「本気にするなよ、ロベリタ!」
「本気にしていーよ、お姉ちゃん。だって、今のお姉ちゃん、空っぽなんだもん。いくらでも俺を詰め込めそうな気がするよね」
アランにぎゅう、と抱きしめられた。薄いストールがふわりと揺れる。これは、どういう状況なんだろう。困惑していると、こっそりと耳元に吐息がかかった。
「綺麗って言われたの、初めてなんだ。悪いのは綺麗だって言ったお姉ちゃんだよ。簡単には離さないから」
「えっ……!?」
今、何か不穏な言葉が聞こえた気がする。我に返ったときにはもう、アランは私から離れて、にこにこと屈託のない笑みを浮かべていた。
まるで先ほどの、低いトーンの囁きが嘘だったかのように。