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43.社交界

 社交界当日。夜の帳が落ちる、少し前。

 日が傾きかけた時刻に、私とセシルは屋敷の前で落ち合った。

 私の隣には、黒いスーツを着たアランが控えている。


 セシルの恰好はというと、いつもの中華風の恰好とは違い、灰色のストライプの入ったタキシードに身を包んでいる。髪型はさらさらとした蒼い髪を揺らし、表情はいつものように微笑んでいた。普段の彼を知っている身分からすると、なんとも不思議な気分だ。


「……貴方、ちゃんとフォーマルスーツ、持ってたのね」

「この世界では常識だよ、常識。護衛役君も今夜はおめかしかい?」

「俺は護衛用のスーツだよ。動きづらくない、伸びる生地で仕立てられてるんだ。……嫌味な奴だな」


 アランは不機嫌そうだ。彼の胸元には、私と同じく蒼い薔薇がさされている。あまり飾り気がないのも可哀想なので、私が一輪、さしてあげたものだ。

 おそろいね、と小声で告げると、不機嫌そうなその顔が一変する。無言で頷くその表情は、次の瞬間には穏やかな笑みに代わっていた。


(……なんだか、扱いに慣れてきた気がするわ)


 我ながら順応性が高い、と思う。

 馬車に乗るのは、前に襲撃されたこともあって少し躊躇われたが、三人そろっているとなんだかそれも和らいだ。なんだかんだで、社交界に出るというのも良い機会だったのかもしれない。クリスのくれた蒼いドレスに身を包みながら、私は密かにはにかんだ。


 社交界が開かれるのは、あの日と同じ、王城だった。主催はハーバードのお母さんである、女王陛下。招待状もなく、身分と名前を告げただけですんなり入ることができた。セシルについては少し疑いの眼差しを向けられたものの、一言、


「この者の身分については私が保証します」


 そう告げると、意外にもあっさり入場が認められた。


「サマになってるねえ」


 件の人物であるセシルが、のんびりとした口調で言う。

 誰のおかげで、と思ったが、社交界に出られるのはセシルのおかげでもあるので、口をつぐんだ。

 会場には、様々な格好をした貴族らしき人々が、あちこちで談笑している。皆、私達の様にドレスやスーツを身にまとっている。アランと同じ、護衛役らしい格好の人も何人か見かけた。もっとも、アランほど幼くはなかったが。

 私達が会場に踏み入ると、誰かが私の姿を捉え、談笑していた相手に何かを囁く。それは連鎖的に、波紋のように広がり、会場全体に染み渡っていく。


「なにかおかしかったかしら」

「ずっと欠席してたロベリタ嬢のお出ましだからね。無理もないさ」


 ――ロベリタ様だわ。

 ――ロベリタ様だ。亡くなったと聞いていたが……

 ――何を言ってるの。毒でずっと寝込んでらしたのよ。

 ――もういいのか?

 ――もういいのかしら。

 ――無理してるんじゃない?

 ――隣の男は誰?

 ――ハーバード様があんなことになったしねえ……


 そこら中からひそひそと、囁き合う声が聞こえる。アランがそっと私に耳打ちした。


「お姉ちゃんなら大丈夫だよ。堂々として」


 その言葉に、思わず自分が、背筋を丸めそうになっていたことに気が付く。

 ありがとう、と私も耳打ちして、背筋を伸ばした。


「皆様、ご心配をおかけしました。この通り、無事回復できましたわ」


 ドレスの裾を掴んで、一礼する。

 そして隣のセシルを手で差し、告げた。


「この者はわたくしの婚約者代理です。……王族に毒を盛るとは、まったく嘆かわしい限りです。皆さまもお気を付けくださいませ」


 瞬間、おお、と感嘆の声があちこちで上がる。

 こんなもので良いのかしら。セシルを見ると、なぜかウィンクされた。ばっちりだよ、とでも言いたいのだろうか。

 我ながら、よくやった方だとは思う。まだ心臓が高鳴っている。周囲が私の言葉に気を取られているうちに、私は深呼吸した。それが精いっぱいだった。だから気が付いていなかった。私達に近寄る、女性の気配に。


「ロベリタ。ロベリタではありませんか。回復したのね、良かったわ」

「え?」


 話しかけてきたのは、小太りの女性だった。ハーバードと同じ、赤い髪をしている。瞳は金。誰だろう、と首を傾げていると、アランとセシルがその場に跪いた。


「お久しぶりです、女王陛下。お元気そうで何よりです」


 それは、セシルの言葉だった。アランは何も言わず、私の脇に跪いている。


(じょ、女王陛下!?)


 思わぬ来客に――冷静に考えると不思議ではなかったのだが――、私の胸がまた、高鳴った。


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