34.破壊者
(でも……どうしてこの人は、社交界のルールなんて知ってるのかしら)
疑問が浮かんだが、聞いても教えてくれなさそうだ、と思った。
「わかりました。……ルール、ちゃんと教えて下さ――」
教えてくださいね、と言いかけたところだった。
突如として目の前の天井が崩れ去り、誰かに抱きかかえられた。セシルの姿が遠のく。
(え、は?)
「おや、思ったより早かったねえ。護衛役君?」
「お姉ちゃんを、返せ……この狐野郎!」
アランの声だった。恐る恐る抱き留められた状態で視線を上げると、人を殺す勢いでセシルを睨みつけるアランの顔があった。いくら細い身体とはいえ、自分よりも年上の女性の身体を軽々と抱えている。その可愛い顔に似合わない剛力さに驚きながらも、先ほどの情報屋の言葉を思い出す。
――天井裏も不可侵ってことにしといたんだ。目くらましは得意さ。
目くらましは得意じゃなかったのか。こうも早くアランが痺れを切らすとは思っていなかったので、思わず溜息が漏れる。
「……どういうこと?」
問いかけてみたが、二人は私なんてそっちのけで対峙している。
「ここは不可侵だと伝えたはずなんだけどねえ。どういうつもりだい?」
「うるさい、お姉ちゃんの傍には僕がいなきゃいけないんだ」
「彼女を助けてって言ったり、返せって言ったり、忙しいね君は」
「それ以上言えば殺す。お姉ちゃんは渡さない」
誰か助けてほしい。しかしハーバードは王城で寝ているし、大して助けになるとも思えない。むしろ、事態を悪化させる可能性だってある。
二人は無言で対峙している。あの、という私の声も無視だ。セシルはセシルで扇の向こうにその表情を隠しているし、アランはアランで敵意むき出しだ。社交界の話どころではない。
「あの、落ち着いて? よく話し合ったほうがいいと思うの」
「お姉ちゃん。なにもされてない? 大丈夫?」
「いや、そういう問題じゃなくて……」
「何もしないよ。薬は飲ませたけどね。口移しだったらどうする?」
「貴様……殺してやる」
「セシルも刺激しないで! アラン、そんなことないから、一回離してくれる?」
これでは堂々巡りだ。アランは素直に私の言葉だけは聞いてくれた。赤い絨毯の敷かれた床に、裸足のまま降り立つ。まだ少し景色が揺れ、頭痛がしたが、今はそんな場合ではなかった。
「アラン、セシルの言う通りよ。不可侵なら、護衛役でも席を外さなければいけない時があると思うわ」
「前のロベリタ様ならね。今のお姉ちゃんは違うよ。僕のものだもの」
「全く。目くらましたしておいたのに、どうやって解除したの?」
「そんなの知るか。全部壊した」
「全部壊したって……まさかここまでやるとはね。ロベリタ嬢。同情するよ」
「ぜ、全部って、天井を余すことなく全部壊したってこと!?」
思わず寒気がした。全部壊したということは、全部直さなければいけないということだ。
一応今の屋敷の主は私なので、私が恐らく、何か手配しなければいけないのだろう。
今日何度目かの溜息が漏れた。襲撃や奇襲の時の判断力は冷静なのに、どうしてこうも、日常生活において落ち着きにかけるのだろう。いや――。
(普通の子供って、案外、そういうものなのかもしれないわ)
幼くして当主になったのだ。子供である部分が歪に出ているのかもしれない。




