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30.ロベリタ

 嗚呼、これは、セシルの声だ。でも、違う。記憶にあるセシルの声や表情より、ずっと優しくて、体温を孕んでいる。彼はロベリタが好きだったのか。朧げな意識の中、私はそっと悟った。それなのに彼は、彼女を殺した。彼女のために。一体、何のために。ますます、セシルという人間がわからなくなる。


「出会った時もそうだった。君は泣いていた。本当の君は泣き虫だね」

「本当の自分なんて、私だけ知っていればよかったのです。それなのに、貴方は」

「見てしまった。君の弱みを。……光栄なことだねえ」


 向かい側に彼が座る。丸いテーブルの上には、お饅頭のようなお菓子と、ほうじ茶に似た匂いのお茶が置かれている。ロベリタはひとしきり泣いて、ようやくそれらに手を付けた。甘く、香ばしい香りが口の中に広がった。身体の記憶だ。


「僕は君が好きだよ、ロベリタ」

「……聞き飽きています。そういう言葉は」

「幸せなことだねえ。でも、君の意思を尊重したいと思うくらいには好きだよ」


 息を呑んだ。ひっく、と体が嗚咽に痙攣する。また泣きだしたくなるのを堪えて、言葉を紡ぐ。震えているとわかっていながら。隠せないと知っていながら。


「そうやって自由に恋愛できたら、私達はもっと幸せだったのに」


 涙が一滴、耐えきれずに落ちた。

 戻っていく感覚、浮上する意識に、夢の終わりを悟る。

 嗚呼、待って。私はまだ、何も思い出せていない。貴方達の関係さえ、わからない――。


「どうか、この世界に呪いを。死にゆく私に祝福を」


 その言葉を最後に、景色がブラックアウトした。私の意識が完全に覚醒する。魂が身体に戻ったように、死の淵から息を吹き返すように、僅かな痙攣と共に目を覚ます。


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