28.記憶
「……相手は一人か。無謀だね」
アランが憎々しげに呟く。
「なに……どういうこと……?」
「刺客だよ。貴族には珍しいことじゃない。……でも、タイミングがタイミングだね。」
「命を……狙われたの?」
「そう。慣れてないんだね、やっぱり。でも安心して。僕が守ってあげるから」
「そうじゃなくて……」
「誰かはわからないよ。恐らく、反ハーバード派の一派だとは思うけど。俺がいなきゃ、結構危ない身分なんだよ。お姫様」
まだ状況も良くわかっていない私を、アランが優しく抱き寄せる。
少年の体温はじんわりと暖かく、心臓の鼓動は生への安堵を生じさせる。
「お姉ちゃんはね、一応狙われてるんだ。貴族ってだけでもそうだけど……。お姉ちゃんを殺せば、ハーバードの即位がそれだけ遅れるからね」
「どういうこと?」
「貴族の中でも、ベルマーニ家は武力の象徴でもあるんだ。それが王家と婚約を結んでいる理由。ベルマーニ家の当主に何かあれば、その代の王の即位も一旦白紙に戻る。……姫様がお姉ちゃんを用意してなかったら、それだけで結構危なかったんだよ。自殺するのは勝手だけど、後釜を用意したのは最後の良心って感じかな」
アランの言っていることが、よく耳に入ってこない。
目の前で人が死んだ。それだけでも恐ろしいことなのに、この少年は何を言っているんだろう。それでも人肌というのは震える身体には心地よかったらしい。私は縋る様にその身を抱き、震える声で問いかけた。
「し、使用人の人は……返事がなかったの。どうしてる?」
「ああ、そんなの……死んでるよ」
残酷に告げられた言葉。私のお礼を見て、驚いたような顔をした初老の使用人。一言言葉を交わしただけだったが、それでも、生きていたのだ。
それが、死んでいる。私はアランにソファに座らされ、自分の肩を掻き抱いた。怖い。ハーバードも、同じような体験をしたというのに。
「お姉ちゃんは僕が守ってあげる。だから心配ないんだよ。毒見も絶対するし、こんなこと、もうさせないから」
「あ、貴方はどうなるの? 毒見して、もし毒が入っていたら……死んじゃうのよ?」
「何言ってるの、お姉ちゃん。僕らは使い捨てだよ。お姉ちゃんさえ生きてればそれで良いんだ。僕自身も、今はそう思ってる。お姉ちゃんの為なら人も殺すし、自分だって殺せるよ。だって僕は――」
お姉ちゃんを、愛しているから。
その囁きと共に、口づけられた。アランに。弟のような、気づけばかけがえのない存在となっていたアランに。私は目を見開く。涙が零れた。ハーバードの言葉が、蘇る。
(俺はお前の為に人を殺す。例え両親でも、それは変わらない)
(それがどういうことかわかるか? 俺の罪はお前の罪でもあるんだ――)
なんて、残酷なんだろう。
「やっとあいつと並べた。ねえお姉ちゃん。僕と一緒に生きてくれるって言ったよね。僕はその言葉、忘れてないよ」
(傍にいてくれるだけで良いんだ、それだけで十分なんだ)
「あいつが婚約者だとしても。もしお姉ちゃんがあいつと結婚しても。僕はずっと、お姉ちゃんと一緒に生きるから。そしてこの命を燃やすんだ。お姉ちゃんの為に」
(死ぬな、ロベリタ)
瞬間、私の中で何かが弾けた。脳裏に過ったのは、怒りに震えるクリスの顔。そして、彼女をなだめる私の声。
(違う、違うのよ。クリス。ハーバードが……)
ハーバードが、許してくれないの。
ハーバードが、離してくれないのよ……!
それは、悲鳴にも似た声。私は頭を抱える。割れそうに痛い。
まるで私を拒むかのように。ロベリタの記憶と、私の意識がせめぎ合う。
そして私は、何もわからないまま、意識を手放した――。




