よかったら送っていきますよ
「暑いわねえー」
すずみさんが、台所で抹茶のアイスクリームを食べています。
「暑くてアイスが溶けてきたわ」
とろーり、アイスがカップから溶け落ちそうです。
「僕もアイス欲しいにゃあ~」
飼い猫のにゃんぴょんが窓から入ってきました。
「暑いからね~ アイスもからだも溶けそうよ」
アイスがカップから落ちました。
「わーい、僕がもーらい」
にゃんぴょんは、床に落ちたアイスをなめました。
「ほどよく溶けておいしいでしょ」
すずみさんは、にゃんぴょんがなめ残した後を拭きました。
「もっと欲しいにゃ」
にゃんぴょんはすずみさんにすり寄りましたが、すずみさんは知らん顔で食べ続けています。
にゃんぴょんは「もっと食べたかったにゃ~」と庭に出ていきました。
「本当に今日は暑いわ。これから出かけなくてはいけないなんて面倒くさいわねえ」
すずみさんは、アイスを食べ終えるとあくびをしました。
うーんと伸びをして、ソファーに横になります。
ソファーの上でもぞもぞとからだを動かしていると……
なんだか空気の抜けた風船のような生き物の気配を感じました。
「あなた~~~。なんだかナマケモノみたいねえ~~~」
ふと横を見ると、びしょ濡れのナマケモノがいます。
「ナ、ナマケモノがどうしてここへ?」
すずみさんは、驚きました。
「今日は移動動物園でこの町に来てたんだけど、急に移動動物園が中止になっちゃったのよ~~~。せっかく町まで来たんだし~~~ 帰りたくないと思っていたら~~~園長さんがトラックで待っていてあげるから、遊びに行っておいでっていうから~~~来てみたの~~~」
ナマケモノはゆっくり言うと、にっこり微笑みました。
「ナマケモノは歩くのが遅いって聞いたことがあるけど……」
すずみさんが言うと、
「目の前に川があったから~~~泳いできたのよ~~~」
それだけ言うと、ナマケモノは寝てしまいました。
とん、とん、とん
リビングの窓を叩く音がしました。
「あらま、ちっちゃなハムスター」
すずみさんは、そうっと窓を開けました。
「こんにちは。僕、ジャンガリアンハムスターのゴルちゃんって言います」
小さなハムスターは、サングラスを取って挨拶しました。
「こんにちは。私の名前は吉住鈴美と言います。他に旦那さんと幼稚園の娘の三人家族よ」
「私はポニーよ」
ハムスターの後ろからポニーがひょこっと顔を出しました。
「ポニーですって!」
ポニーがひひーんと鳴きます。
「驚かせてごめんなさい。急に移動動物園が中止になってしまったの。ゴルちゃんがお散歩したいっていうからポシェットに入れて歩いてきたのよ」
メスのポニーが説明しました。
「そうなんです。園長さんが夕方まで遊んできていいっていうし……僕、人間のおうちって一度どんなところか入ってみたくて……おじゃましちゃいましたぁ」
ハムスターも、顔をあげてすずみさんを見ました。
「もしよかったら、少しここで遊ばせてもらえませんか?」
「人間だったら警察呼ぶところだけどね。ハムスターとポニーなら大丈夫よ。だけど、うちには猫がいるけど平気かしら?」
「猫だって? ぼく、猫ってあんまり得意じゃないけど、前にミーシャという猫とおはなししたことはあるよ」
「うちの猫は、にゃんぴょんっていうの。まだ子供の猫よ。でも、物分かりがいいコよ。紹介するわね」
すずみさんは、リビングの大きな窓を開けました。
「にゃんぴょん! にゃんぴょん!」
庭を見渡しましたが、にゃんぴょんの姿は見あたりませんでした。
「いないわね。出かけたのかしら。じゃあ、どうぞおはいんなさい」
「うわーい」
ゴルちゃんは、両手を上げて喜びました。
「そういえば、少し前からナマケモノも来ているわ」
「ナマケモノ?」
ゴルちゃんとポニーちゃんは、顔を見合わせました。
「そう。あなたたちが来る少し前よ」
すずみさんは、窓枠のゴルちゃんを手の上に乗せました。
「小さいわねえ。にゃんぴょんに食べられないように気を付けないといけないわね」
すずみさんは、落とさないように両手でゴルちゃんを包むように持ちました。
押し入れからちょうどハムスターが入るほどの箱を持ってきます。
「私は部屋が汚れてしまうといけないから、外で待っています」
ポニーちゃんは、窓から離れようと後ろを向きました。
「ちょっと待って」
ポニーが足を止めます。
「のどが渇いたでしょう。お茶をどうぞ」
ポニーちゃんは、出されたお茶をじっと見つめました。
ポニーちゃんは、ごくりとのどを鳴らすと、恥ずかしそうにうつむきました。
「ポニーちゃんは、体が大きいから大きいバケツでないと飲めないんだよ」
箱から顔を出して様子を見ていたゴルちゃんが、すずみさんに教えてあげました。
「そりゃそうだわ!」
すずみさんは、お風呂場からバケツを持ってきました。
麦茶をなみなみと注ぎます。
冷水ポットのお茶では足りなかったので、ペットボトルのお茶も足しました。
「お手数をおかけします」
ポニーちゃんは、ぺこりと頭を下げました。
「マナさんも来てたんだねえ。まさか同じおうちにマナさんも来ているとは思わなかったよ」
ゴルちゃんは、すずみさんが出してくれたクッキーをおいしそうに食べています。
「川は気持ちよかったわよ~~~ むにゃむにゃ……」ナマケモノが寝言を言いました。
マナさんは一瞬薄目をあけましたが、また寝てしまいました。
「ナマケモノはマナさんというのね」
すずみさんは、ゴルちゃんに聞きました。
「そうだよ。マナさんは、どうやってすずみさんのうちに来たの?」
ゴルちゃんがすずみさんに聞きました。
「川を泳いできたらしくてびしょ濡れだったわ。急に移動動物園が中止になったから、遊びに来たと話していたわ」
すずみさんは、アーモンドのクッキーを口に入れました。
「そうなんだよ。僕たちが町に着いてから連絡もらったんだよ」
ゴルちゃんは、黄色いクッキーを手に取りました。
「園長さんが、せっかく町まで来たんだから夕方まで遊んでおいでって言ってくれたんだ」
両手に持ったクッキーの匂いを、ゴルちゃんはくんくんと嗅いでみます。
「そうなのね。ところでナマケモノってよくわからないんだけど……どのくらい寝るのかしら?」
「寝るときはいつまででも寝ているよ~。なんて言ったってよく寝る動物ランキング第二位だもの」
すずみさんは、眉をしかめました。
「一位は何なの?」
「コアラだよー。22時間くらい寝るらしいよ。このクッキーすごくおいしい。何のクッキー?」
ゴルちゃんは、クッキーを一口かじると尋ねました。
「かぼちゃの種のクッキーよ」
「おいしい。ひまわりの種は時々食べるけど、かぼちゃは初めてだよ」
ゴルちゃんは、ぱりぱりとおいしそうに種をかじりました。
頬袋いっぱいにクッキーを詰め込みます。
「話変わるけど、すずみさんはアボカドって好き?」
「おいしいわよね。サーモンとアボカドのサンドウィッチなんて大好物よ」
「おいしそう。僕も食べてみたいな。でもね、ハムスターはアボカドは食べちゃいけないんだって」
「どうして?」
「ハムスターにはアボカドは脂肪が多いから、食べない方がいいんだって。あと、なんとかっていう成分がハムスターには毒らしいよ」
ゴルちゃんはクッキーを詰め込んだせいか、少しむせました。
「ゴルちゃんは、いろいろ知っているのね」
「よし子さんが教えてくれるんだよ」
「よし子さん?」
「あ、動物園の人ね」
ゴルちゃんは、ニコニコしながら言いました。
「ゴルちゃんにお茶を出していなかったわね」
よし子さんが麦茶のポットを持ってきました。
ゴルちゃんは、ごっくんとのどを鳴らしました。
「僕大きいコップだとおぼれちゃうかといけないから……この間はペットボトルのふたにお水を入れてもらったよ」
お母さんは、「それにしてもよくしゃべるハムスターだこと……」とペットボトルのふたを持ってきました。
ゴルちゃんは、ぺちゃぺちゃと麦茶を飲みました。
毛づくろいをひとしきりすますと、大きなあくびを一つしました。
「お腹いっぱい……眠たくなっちゃった」
ゴルちゃんは箱の中に入って寝てしまいました。
「ウズラの卵みたい」とお母さんは小さく笑いました。
お母さんは時計を見ました。
時計の針は12時をさしています。
落ち着かない様子で窓の外を見ました。
ポニーちゃんが、柿の木の下でのんびりと空を眺めていました。
「ポニーさん」
すずみさんが、そっと呼びかけました。
「はーい」
ポニーちゃんは、首を後ろへ向けました。
すずみさんが、おいでおいでをしています。
「なんでしょう」
ポニーちゃんは、ぽくぽくと窓際まで歩いてきました。
「何かご用ですか?」
「ナマケモノに続いて、ゴルちゃんまで眠ってしまったの」
すずみさんが、困ったようにゴルちゃんの入っている箱を指さしました。
「ハムスターは夜行性ですからねえ」
ポニーちゃんは、静かに答えました。
「困ったわ。これからちょっと出かける用事があるのよ」
「遠くまですか?」
ポニーちゃんはくすんと鼻を鳴らしました。
「すごくではないけど、ちょっと遠いわ」
すずみさんは、腕組みをしました。
「それなら私がゴルちゃんたちを見ていましょうか」
ポニーはつぶらな瞳をキラキラさせて言いました。
「助かるわ……急いで帰ってきたら、ゴルちゃんを置いたままでも平気かしらと思って。ナマケモノは良く寝るってゴルちゃんが話していたし……悪いけど、ポニーさんはにゃんぴょんが帰ってきたら家に入らないように言ってもらえるかしら」
「それはもちろん良いですよ。ところで、すずみさんの行かれる場所はどこなんですか?」
ポニーちゃんは、聞きました。
「隣町の娘が通っている幼稚園よ。今日は午後からおばあちゃんが遊びに来るから、それまでに七海を迎えに行きたいの。もっと早く出る予定だったんだけど……バスも行ってしまったし困ったわ」
「そうなんですね。では、私がタクシー代わりになりますよ。すずみさんはほっそりしているし、乗せても平気な気がします」
ポニーはやさしく微笑みました。
「まあ、なんて素敵」
すずみさんも、嬉しそうにうなずきました。
「じゃあ、おひさま幼稚園まで送ってもらえるかしら」
「喜んで」
ポニーちゃんは、ぶるぶるっと口をふるわせました。
「戸締りをするから少し待っていてちょうだい」
すずみさんは、窓を閉めました。
リビングの窓が再び開いたのは、12時25分少し過ぎた頃でした。
「おまたせー。じゃあ、お願いしまーす」
ポニーは、うなずいて玄関の方へ向かいました。
「ところで幼稚園にはどうやって行けばいいんですか」
ポニーちゃんは、そう言うと腰を下げました。
「幼稚園は川に沿って歩いていくとあるのよ」
「了解しました! あ、落ちないように気をつけてください。どこでもいいので、捕まってくださいね」
「大丈夫よ。昔、ちょっとだけ乗馬マシーンをやっていたことがあるの」
すずみさんは、えへんと胸を張りました。
ポニーちゃんは「乗馬マシーン?」ときょとんとしましたが、乗馬と聞いて安心したのかぽくぽくと歩き出しました。
「そういえば、さっきおばあちゃんが来ると言っていましたが?」
「もうすぐ七夕でしょう。おばあちゃんが毎年七海と七夕飾りを作って飾るのを楽しみにしているのよ」
「そういえばもうすぐ七夕ですね。動物園にも笹が飾られていました」
ポニーちゃんは、動物園の小高い丘の上に飾られている笹を思い出しました。
「おばあちゃんというのは、お母さんのお母さんですか?」
「そうよ。どうして?」
「いや、なんだかのんびりとされていたので……お掃除をしなくても良かったのかなって思っただけです」
「あはは。旦那さんのお母さんだったらもう少し綺麗にするかもしれないわね!」
すずみさんは、からからと笑いました。
近所の奥さんがすずみさんとすれ違いました。
「奥様、ポニーに乗ってどちらまで?」
近所の奥さんは引きつった顔で笑いました。
「おほほ、ちょっとそこまで」
すずみさんは気取って答えます。
すずみさんは、なんだか楽しくなって来ました。
「そういえば、 ポニーさんはどこの動物園からいらしたの?」
「私は、おさびし村からです」
「おさびし村って聞いたことがあるけど、山のほうよね」
「そうです。山のふもとにある小さな動物園です」
「夏休みは家族連れでにぎわうんでしょうね」
「人間は夏休みというと、盛り上がりますよね」
「夏休みは、やっぱりワクワクするわ。毎食ご飯を作るのは大変だけどね」
すずみさんは、ぺろりと舌を出しました。
「ポニーさんは、夏は嫌い?」
「いいえ、嫌いではありませんが……夏休みはあまり好きではありません。お客さんは多いし、暑いし」
ポニーはプルプルっと頭の毛を振りました。
「動物はお客さんが来ると、嬉しいものではないの?」
「お客さんが来ると、私も乗せて私も乗せてと大勢集まってきます」
「ポニーさんは、あまりお客さんに来てほしくないのかしら」
ポニーの足がぴたりと止まりました。
「いえ、お客さんには来てほしいです。だけど、乗せるのはまだ良いのですが、エサやりタイムをご存知ですか? 動物園にはふれあいコーナーがあるんです」
「ああ、幼稚園でも移動動物園が来てくれる時は、動物たちにエサを持ってきてくださいってお手紙が配られるわ」
「それです。それです。動物園なら土日や長期休みの時には、動物の説明も兼ねてふれあいタイムというのが行われます」
「動物たちと触れ合うのはいやされるわよね」
すずみさんは、馬の歌を口ずさみました。
「お客さんはいやされるかもしれませんが、動物の方は命がけです。お客さんは何人いると思います? 何人もいますよね。移動動物園なら、下手すると子供たちが何十人もいます。ポニーは大抵一頭です」
「そこまで考えもしなかったわ」
「そうなんですよ。移動動物園に例えると、大抵みんなやさしいからポニーやヤギのエサが足りなかったらかわいそう、とポニーやヤギがお腹いっぱいだろうとお構いなしに、人参なんかを口に押し込もうとするんですよ。もうこれがかなり苦しいんです」
そこまで一気に言うと、思い出したのかポニーちゃんはげっぷをしました。
「すみません。それ以来、ふれあいタイムが少々憂鬱になったんです」
ポニーちゃんは、恥ずかしそうにほほを赤らめました。
「ポニーをやっているのも色々大変なのね」
すずみさんは、ポニーの頭をなでてあげました。
台風が近づいているせいか、風が少し強く吹いていました。
ひまわり幼稚園では、七海ちゃんがお母さんのお迎えを待っていました。
「ななちゃん、今日は早く帰るの?」
同じクラスのりょう君が、帰り支度をしているななちゃんに聞きました。
「うん。おばあちゃんがもうすぐ七夕だから、一緒に七夕飾りを飾ろうって」
「いいなあ。僕も、後で遊びに行ってもいい?」
「お母さんがいいって言ったらねー」
ゆり先生が、今日作った七夕飾りを一つ持たせてくれました。
「おばあちゃんとたくさんお飾り作れるといいね」
「おばあちゃん、いろいろお飾り知ってるんだよ。ちょうちんとか天の川とか上手に作れるの」
ななちゃんは、嬉しそうに答えました。
ひひーん
ぶるぶるぶるっ
幼稚園の外で馬のいななきが聞こえました。
園児たちがばたばたとドアを開けて外を見ます。
「あーお馬さんだ!」
誰かが叫びました。
「私知ってる! 馬じゃなくって、ポニーって言うのよ」
「ポニーさんだ! かわいい!」
「ななちゃんのお母さんが乗ってる!」
「かっこいいねー」
みんな大騒ぎです。
ぱっかぱっかぱっかとお母さんを乗せたポニーが庭に入って来ました。
子供達がわーっと集まって来ました。
はだしの子もいます。
「吉住さん、馬になんか乗ってどうなさったんですか」
園長先生が、大慌てで園長室から飛び出してきました。
「いや、どうもこれには訳がありまして……」
それを見ていたななちゃんが、
「園長先生! 日曜日からうちでポニーを飼っているんです!」
と大ウソをつきました。
「うそです。それは違います」
すずみさんはポニーから降りると、ポニーを日陰に連れて行きました。
ペットボトルのお水を飲ませてあげます。
「実は、今日移動動物園が中止になったからとうちに動物たちが遊びに来たんです。ポニーは、遊びに来た動物たちのうちの一頭なんです」
すずみさんが言いました。
「動物が遊びに来たんだって!」
園児たちがざわつきだします。
「移動動物園ですか?」
園長先生が聞き返しました。
「そうなんです。どこかの幼稚園で移動動物園をお願いしていたようなんです。それが急に中止になって残念がった動物たちが、動物園の許可を得てお散歩に出ていたらしいんです」
「お母さん、先ほどから動物たち、とおっしゃいましたが他にもいるんですか?」
「はい、ハムスターとナマケモノがうちで寝ています」
「ハムスターとナマケモノが寝てるんだって!」
園児たちは興奮して、大騒ぎです。
「その中止になったというのは、どうしてなのでしょう」
園長先生がお母さんに尋ねました。
「そこまでは、わかりませんが……」
すずみさんが、ポニーちゃんの方を見ると……
「なんだか、幼稚園のお子さんたちのお休みが多くて、急に延期になったそうですよ」
ポニーちゃんが、すずみさんの代わりに答えました。
「ポ、ポニーがしゃべったわ!」
園児の手前冷静を装っていますが、園長先生の両手は小刻みに震えていました。
「こ、このポニーはしゃべるのですか?」
「ええ、ハムスターやナマケモノもしゃべりますわ。ハムスターがまたよくしゃべるんですよ」
お母さんは、笑いながら答えました。
「お母さんはもう慣れていらっしゃいますね」
園長さんは、感心したようにすずみさんを見ました。
「はじめ驚きましたが、ナマケモノに驚いていたらやポニーやハムスターたちが次から次へと入って来たものですから…」
すずみさんは苦笑いをしました。
「ずるーい、ママ。私がいない間にそんなに楽しい思いをして」
ななちゃんが、お母さんのシャツの裾を引っ張りました。
「ずるいとか楽しいとかそういうことではありません」
お母さんは、ななちゃんの手をぎゅっと握ります。
「ななちゃんのお母さん、すごいねー」
「お馬さんやハムスター、ナマケモノとまでお話ししたんだって!」
「すごいね、すごいね、ななちゃんのママ」
園児たちがうっとりした顔でななちゃんのお母さんを見つめています。
「それほどでもないのよ。それこそ、驚いているひまもないほど突然の事だったんだから」
お母さんは、汗を拭きふき子供たちのほうを見ました。
「それに、ナマケモノは来てすぐに寝てしまうし、ハムスターもおなかがいっぱいになったら寝てしまったんです。ですから、飼い猫が帰ってきてハムスターを食べたら大変ですから、急いで帰らなければいけないんです。猫はネズミが大好物ですから……」
「そうだったのですね。それでポニーに送ってきてもらったのですね」
「そうなんです。タクシー代わりになると言ってくれたので」
すずみさんは、ポニーを見て微笑みました。
「もう少し早く家を出る予定だったのですが……母のタクシーももうすぐ来てしまいます。その前に帰らなければいけませんの」
「それはそれは大変ですね。では、ななちゃん、急いでおカバン持ってきなさい」
園長先生はにっこりしました。
「はーい。園長先生」
「ななちゃん、ぼく後で遊びに行くからー」
りょうくんがななちゃんの後姿に声をかけました。
「りょうくん、ごめんね。今日はバタバタしているから、また今度ゆっくり遊びに来てちょうだい」
すずみさんが言うと、りょう君は「はあい」と間延びした声で答えました。
「では、お先に失礼します。なな、さようならは?」
「さようならー。みんな明日ねー」
ななちゃんがすずみさんと一緒にポニーちゃんの背中に乗りました。
ななちゃんがみんなに手を振ります。すると先生や子供たちは、わっとポニーちゃんの周りに集まりました。
「僕も、ポニーに乗りたかったなあ」
「私もー」
「今度うちにも遊びに来てね」
「どこの動物園なの?」
みんなは、次々とポニーに話しかけました。
「おさびし村の動物園です」
「今度うちにも来てくれるようそちらの園長さんに伝えておいてくださいな」
園長先生が、ポニーの頭をやさしくなでました。
「わかりました。皆さんも動物園にあそびに来てください」
ななちゃんとすずみさんを乗せたポニーちゃんは、ぱっかぱっかと幼稚園の外に出ていきました。
家に帰ると、おばあちゃんを乗せたタクシーが到着したところでした。
「ななちゃん!」
おばあちゃんがタクシーの中から手を振っています。
「おやまあ、ななちゃんが馬に乗っているわ。鈴美までどうして?」
「これにはいろいろ事情があるのよ」
すずみさんは、ポニーから降りるとおばあちゃんの手を取りました。
「どうもお世話様でした。また夕方お願いします」
すずみさんは、運転手さんに挨拶すると家の鍵を開けました。
家の中では、ナマケモノとハムスターが目を覚ましていました。
「お帰りなさーい」
ナマケモノとハムスターが同時に言いました。
「どこに行っていたの? お昼寝から覚めたら、マナさんしかいないからびっくりしたよー」
ゴルちゃんのほっぺたぷくりと膨らみました。
「私も驚いたわ~~~だって目を覚ましたらゴルちゃんが寝ているんだもの~~~」
マナさんもゆっくり抗議しました。
「あらま、ハムスターとナマケモノがこんなにおしゃべりしているよ」
ななちゃんのおばあちゃんは、腰を抜かしそうになりました。
「七十年以上生きていると大抵の事は知っているつもりだったけど、ナマケモノとハムスターが話すところは初めて見たねえ! ねえ、ななちゃん」
おばあちゃんは、ななちゃんの顔をのぞき込むように背中を丸めました。
「うん! ななも五年以上生きているけど、話しているナマケモノとハムスターに初めて会った!」
ななちゃんとおばあちゃんは、うなずきあってナマケモノとハムスターを見つめました。
「お母さん、このハムスターかわいい。飼ってもいい?」
「だめよ。うちにはにゃんぴょんがいるでしょう」
すずみさんがななちゃんとおばあちゃんにお茶を入れてあげました。
「僕ものどかわいた」
ゴルちゃんが、ペットボトルのふたに顔をつっこみました。
「私にもお茶をいただけますか?」
ポニーちゃんが、窓から顔をのぞかせて言いました。
「私も~~~喉が渇いたわ~~~」
ナマケモノのマナさんが、そっとすずみさんの顔を見上げました。
「さっき泳いだから~~~ おなかもすいたわ~~~」
すずみさんが、マナさんはかぼちゃのクッキーを渡すと手に取りました。
しげしげと見つめます。
「これはなあに~~~?」
すずみさんの顔を見つめます。
「かぼちゃのクッキーよ」
アーモンドのクッキーを口に入れながら、すずみさんがバケツに麦茶を入れています。
「かぼちゃって~~~?」
「夏のお野菜よ。見たことない?」
「お野菜は食べたことないかも~~~ナマケモノは木の葉を食べるのよ~~~」
「そうなのね」
そういうと、とりあえずポニーちゃんに麦茶をあげました。
冷蔵庫に行くと、レタスを持ってきました。
「ナマケモノさんは、レタスは食べられるかしら?」
「レタスって食べたことないけど~~~なんでもチャレンジ~~~」
そういうとにこりと笑ってレタスを一口食べてみました。
「いけるかも~~~」
「それはよかった」
すずみさんは、ごくんと麦茶を飲みました。
マナさんは、おなか一杯になるとまた目を閉じてしまいました。
「ところで、お母さんも久しぶりだけど元気そうね」
すずみさんは言いました。
「おかげさまで、みんなによくしてもらっているよ。あまり時間がないから、ななちゃんと遊ばなくちゃ。ねえ、ななちゃん」
ななちゃんのおばあちゃんは、折り紙や広告の紙をたくさんカバンに入れていました。
「今日は、何を作ろうかね」
おばあちゃんが言うと、
「かっこいいお星さまや天の川、織姫さまも作りたい!」
ななちゃんが、大きな声で答えました。
「僕はチーズと煮干し」
ゴルちゃんが答えました。
「折り紙よ?」
おばあちゃんが、ゴルちゃんに言いました。
「折り紙って何?」
ゴルちゃんがきょとんとしました。
「四角いきれいな紙。これをいろんな形に切ったり折ったりして遊ぶの」
おばあちゃんは金色の折り紙を手に持って見せました。
「面白そう。僕もやりたい」
ゴルちゃんは、後ろ足で立ち上がって折り紙をつかもうとしました。
「じゃあ、教えてあげましょう」
おばあちゃんは、ゴルちゃんにも折り紙を渡してあげます。
「大きい紙だな」
ゴルちゃんがつぶやいたので、おばあちゃんは小さな折り紙を出してあげました。
おばあちゃんの手ほどきで、七夕のお飾りがたくさんできました。
「うわーい。折り紙ってきれいで楽しいね」
ゴルちゃんは、手をパタパタさせて喜びました。
「さっき幼稚園から持ってきた風船と一緒に飾ろうよ」
ななちゃんが、お母さんに言いました。
「そうしましょう」
すずみさんが、玄関から笹を持ってきました。
バケツに笹を立てかけます。
「葉っぱに飾りを飾るのよ」
ゴルちゃんに教えてあげました。
「見て、チーズも上手に折れたよ」
ゴルちゃんが小さな折り紙のチーズを両手で持ってすずみさんに見せました。
「その前に短冊に願いごとを書かなくちゃ」
ななちゃんが、もようのない折り紙を切って短冊を作りました。
「願いごとを書くのよ」
ゴルちゃんに教えてあげました。
「僕は字は書けないよ」
ゴルちゃんが珍しくしょんぼりしているので、すずみさんが代わりに書いてあげました。
「わーい、僕にも短冊ができたよ」
みんなはニコニコしながら笹の葉に飾りつけをしました。
「お母さん、そろそろお迎えが来る時間だね」
すずみさんが、時計を見ました。
「そろそろかね。楽しい時間は過ぎるのが速いね」
おばあちゃんは、ぼそりと言いました。
「お母さん、ごめんね」
すずみさんが、謝ります。
「いいんだよ」
その時、窓から様子を見ていたポニーちゃんがにょきっと顔を出しました。
「おばあちゃんは、どこに帰るんですか?」
ポニーちゃんがおばあちゃんに話しかけます。
「老人ホームだよ」
おばあちゃんは、少し寂しそうに笑いました。
「おばあちゃんは、帰りたくないんですか?」
「そんなことはないけど……ななちゃんと遊ぶのは楽しいからね」
「よかったら後でホームまでお送りしますよ」
ポニーちゃんは、朗らかにひひーんと鳴きました。
「おやまあ、本当かい?」
おばあちゃんの腰がしゃきんと伸びました。
「ええ、おばあちゃんは小柄だし乗せても平気な気がします」
ポニーは、もう一度ひひーんと鳴きました。
「それは良かったわね、お母さん。少し早いけど一緒に七夕まつりをしましょう」
すずみさんも喜びました。
「タクシーに連絡しておかないとね」
すずみさんは、さっそく受話器を取ります。
「ホームにも連絡しておいておくれ、今日はちょっと帰りが遅くなるけど先に食べていてくださいって」
すずみさんは、おばあちゃんにピースサインをしました。
「ポニーに乗るのはとても楽しいのよ」
その時です。
ポニーちゃんのポシェットから携帯の呼び出し音がしました。
「はーい」
ポニーちゃんが、電話に出ると園長さんからでした。
「ポニーちゃん、今どこにいるんだい?」
「今は吉住さんのお宅です」
「よしずみさん? どこだい、そこは?」
園長さんは、ポニーに聞きました。
「川の近くのおうちです。いま、ゴルちゃんとマナさんも一緒です。吉住さんの娘さんとおばあちゃんも一緒にいます」
いつものようにポニーちゃんは、はきはきと答えます。
「もうすぐ日が暮れるよ。そろそろ動物園に戻ろうかと思うんだが……帰ってこられるかい?」
園長さんの問いかけにポニーちゃんは答えません。
「ポニーちゃん?」
「……ごめんなさい! 今、吉住さんのおばあちゃんを老人ホームまで送っていくとお約束したんです」
「ええ? 私のいないところで人を乗せてるの?」
園長さんの大きな声が受話器を通してみんなの耳にも届きました。
ポニーちゃんは、あわてて電話口を口先で押えました。
「園長さん達は先に帰っていてください。あとでまた連絡しますから」
「ええー? ポニーちゃん、ちゃんと連絡してよー。もしもし、もしもし」
ポニーちゃんは電話を切りました。
「ポニーちゃん、大丈夫?」
ハムスターのゴルちゃんが、心配そうにポニーを見ました。
「大丈夫よ。もう少ししたら帰っておいでって園長さんが……」
(大丈夫、後で園長さんに電話して迎えに来てもらうから)
ポニーちゃんが、ひそひそ声でゴルちゃんにささやきました。
ゴルちゃんは、ホッとして毛づくろいを始めました。
「おばあちゃん、園長さんから電話がありましたが、先に動物園に帰っていてもらうことにしました」
ななちゃんとおばあちゃんを見てやさしく微笑みました。
「ポニーさんたちはどうやって帰るの?」
すずみさんは、心配そうに聞きました。
「あとで連絡して園長さんに迎えに来てもらいます」
「そうかい。よかったね、ななちゃん」
おばあちゃんもほっとしたようにうなずきました。
「それならよかったわ。やさしい園長さんね。お母さん、なにか作るわね。一緒に食べて行ったら?」
すずみさんも嬉しそうにしています。
電話が鳴りました。
「あ、お父さんかも」
ななちゃんが電話を取りました。
「お父さんもゴルちゃんやポニーちゃん、マナさんに会いたいって」
「そこまでいられるかどうかわかりませんが……」
ポニーちゃんは、つぶやきました。
「よかったらお父さんを駅まで迎えに行きましょうか?」
ポニーちゃんは、ひひーんと鳴きました。
「じゃあ、ポニーちゃんお願い。お父さんはこういう顔よ」
すずみさんは、お父さんの写真を見せました。
「イケメンですね」
ポニーちゃんは、急いでお父さんをむかえに駅へ向かいます。
すずみさんが、冷蔵庫を開けて夕食の準備を始めました。
「おばあちゃんの好きなバラずしを作りましょう」
すずみさんは、ご飯をとぎながら微笑みました。
黄色い鈴を首につけた猫がにゃあと鳴いて、ポニーちゃんとすれ違いました。
駅への道はすぐわかりました。
お父さんがポニーちゃんを見つけて、手を大きく振っています。
「お待たせしました。ポニータクシーです」
ポニーちゃんは、軽く膝を曲げました。
「お迎えありがとう。素敵な毛並みだね」
「どういたしまして」
ポニーちゃんは、ひひーんと鳴いてすずみさんたちの待つおうちへ戻りました。
表紙