幼い天使に愛の歌を。
リハビリ短編、第一弾≪依存愛≫です。書いてるうちに話が膨らみすぎて短編なのかあやしいです。書きたいものを書いてるだけです。展開や設定は細かいツッコミあると思うのですが、ふんわりした世界観ですから生暖かい目で見て下さいませ。視点はコロッコロ変わります。主人公はあくまで二人です。
※繰り返しますが、フワッとお読みください。
顔全体に影を落とす長く煤けた茶髪は手入れされずに放置した植木さながら。
その下から微かに見え隠れする瞳は無感情だが、よくみれば絶望がブレンドされてほの暗い。
さらに今にも折れそうな骨と皮のみでできた手足はろくな食事をとれていないことを訴えている。
そんな酷い状態の少年を連れてきた男、ジルノヴァ伯爵は玄関先で少年を乱暴に突き飛ばした。
その動作には少年に対する配慮は一切感じられないし、実際この男はここで少年が大怪我を負おうと気にも留めないだろう。
「イヴ、今日からこれの世話をしろ」
「…あら伯爵様、突然現れて随分な言い様ですわね。この子、どちらからお連れになったのかしら?」
突き飛ばされた少年は強かに床に打ちつけられたが呻き声ひとつ上げなかった。驚いてもいないし、怯えてもいない。ただ絶望の果てにある無感情な瞳をしていた。
イヴはその目を、まるで昔の私のようだ、と思う。
「まあ、どこの誰だろうと関係ないのですけど」
少年が起き上がるのを横目に、冷ややかな目を元父親へと向けた。
「婚約破棄の際にお話しがあったはずです。私との今後一切の接触を禁止する、と。
まさか、王命をお忘れになったとでも?」
「黙れ、この穀潰しの役立たずが!愛してもいない前妻との子供に教育を施し育ててやったのは全て王子との婚約があったからなのだぞ!それを、婚約破棄し勝手に家と絶縁など…どこまで役立たずなのだ!」
「まあ、ご冗談でしょう?」
イヴは呆れてため息をついた。そうやって怒鳴りつければ思い通りになると思っているのだろうか。確かに屋敷にいた頃は、なっただろう。何の権限もないイヴが何を言っても無意味だと知っていたから、あえて面倒をさけていただけにすぎないけれど。
「婚約破棄は伯爵様が了承なさったから双方円満に行われたのです。当然ですわね、婚約を辞退するかわりにモンド侯爵様に慰謝料の3倍近くお金を頂いてましたものね」
「っ、なぜそれを…!」
伯爵の顔色がにわかに悪くなった。当たり前だ、先刻の罵倒がどれだけ滑稽なものか理解したのだろう。相変わらず馬鹿で厚顔無恥なこの男が血の繋がった父親だとは思いたくない。本当に家と縁を切って良かった。
「むしろ、私が何も知らないとでも思ってらしたの?」
「おまえに情報を与える者など家にはいなかったはずだろう!」
「ええ、おりませんでしたよ。家には。
私に事細かに事情を教えて下さったのは王妃様です。お忘れのようですけど私は王妃教育のために王宮に通っておりましたからね」
「お、王妃様が?」
王妃様はマナーには厳しかったが、とても優しい方だ。前妻である母が亡くなって、後妻がやってきてから私の立場がどのようなものだったかもご存知だった。
近年力をつけたモンド侯爵が平民として暮らしている愛人との子供をわざわざ引き取ってまで、エルツィオ王子と婚約させようとしている。簡単にいえばそれだけのこと。平民として暮らしていた愛人の娘を連れてきたのはモンド侯爵と正妻との間には男児しかいなかったからだそう。どうにもモンド侯爵は王家との繋がりを作りたかったようだ。何故だかしらないが、それも早急に。しかし、国王夫妻に子供はエルツィオ王子ただひとりで私という婚約者までいる。なんとか娘を婚約者にしたいが、私には何の落ち度もなく引きずり下ろせない。困った侯爵は、私の生家であるジルノヴァ伯爵に金を積んだのだ。金の亡者と名高いこの男に。
「『モンド侯爵の娘ハルミヤ様こそ王子の婚約者に相応しく、わが娘は辞退させていただきたい。元より亡き前妻が勝手に決めたことで、より相応しい方が現れた今、この婚約は無かったことにするのが筋だ』と。そう言ったそうですね。
王妃様からそう聞いたときは、わが父ながら恥ずかしくて仕方がありませんでしたわ。
王家との婚姻を辞退させてほしい?
前妻が勝手に決めたことだから無効?
とんだ礼儀知らず、不敬もいいところですのよ。もともと我が家に落ちるほどの名がなくて何よりでしたわ。今回のように事情が事情でなかったらどうなっていたか考えもなさらなかったんでしょうけど、その時点で何故未だに伯爵家が途絶えないのか不思議で仕方ありません」
イヴはそこにどうせもう潰れるでしょうけど、と心で付け足しておく。
ジルノヴァ伯爵領は、海産物が特産品であるこの国サザンフィートの内陸部にあり、狭く海に接してもいないため貧乏な地だ。隣国との国境に接してはいるものの国境には険しい山脈が連なっており貿易は望めないし、侵略の心配もないから辺境伯ほどの地位もない。そこそこ歴史ある家柄だが、本当にそれだけの地位なのだ。
それなのにこの男ときたら。
爵位を振りかざして領民から税を搾り取り、来る日も来る日も豪遊しては贅沢の限りを尽くす。後妻ルフィネとその連れ子のフィナはドレスや装飾品を必要以上に買い漁るのだからそれらの費用を税金だけで賄える訳などなく、ジルノヴァ伯爵は金と聞けば飛びつく金の亡者として名を落としている。それすら本人たちは知らないというのだからもはや救いようがない。幸い領地ではルフィネとフィナが大変な恨みを買っているわりにイヴには同情的な噂が多かった。イヴの母が存命中にはあり得ない醜聞だったし、実際にイヴも浪費などしていなかったのだから当然なのだが。私の食事にまわす金があるならルフィネとフィナにと言われていたくらいだ。私を庇っていた執事や侍女たちは片っ端から暇を出されてなお餓死せずにすんだのは、王妃教育の一環として沢山の食事をとらせて頂いたお陰だろう。
「王妃様は私に謝罪してくださいました。伯爵が辞退すると言い出したせいでモンド侯爵の娘が婚約者になるだろう、と。私を守れなくてごめんなさいと涙まで流してくださいましたわ。伯爵家に出された私への接触禁止令と絶縁は私のことを思って王妃様が手配してくれたのです。王妃様は私に自由を与えてくださったの。あのまま伯爵家にいいように使われるなんて私も御免でしたし、そのためなら爵位など金銀財宝でもつけてどぶに捨てますわ。つまり何が言いたいかと言いますとね、貴方がここにきて私と話している時点で王妃様のご意志に背いたことになるのですよ?」
三日月のように瞳を細めたイヴの唇が弧を描く。それを見て青ざめた伯爵の頬がピクピクと痙攣した。ここまで言って漸く伯爵におわかり頂けたようだ。
イヴはもはや昔のイヴではない。
これ以上何かあれば王妃様に手紙を書かせていただくのみだ。私が幼い頃からお世話になっていたせいか、あるいは娘が居ないからか、王妃様は私を実の娘のように思ってくださっている節がある。それは婚約が流れた今でも変わらなかったらしい。領地の端にある母が亡くなるまで療養していた屋敷を伯爵から買い上げて慰謝料代わりにと下さったときは涙を禁じ得なかった。さすがに使用人は居なかったが、ただの小娘となったイヴは使用人に何かをしてもらう立場ではないのだ。ただの小娘が大きな屋敷にひとり暮らせる時点で、王妃様には感謝してもしきれない。
「わ、私は帰る!こんなところ二度と来るものか!!」
「もちろんです。次にその顔を私の前に晒したら…って聞いてませんわね」
転がるように玄関から駆け出たジルノヴァ伯爵は乗って来た馬車に飛び乗って去っていった。
「…あの」
「ええ、なにか?」
去っていく伯爵を清々とした気持ちで眺めたイヴは、振り向いて、頭を抱えた。
「…」
「…」
イヴはすっかり忘れていた。
何のために伯爵がここに来たのかを。
「…僕は結局どうすればいいんですか」
目の前にいる少年はその無感情な瞳でイヴを見つめていた。
「ええと…貴方は、どうしたいの?」
「は?」
少年は訝しげに顔をしかめた。何故なら、イヴがさっきまで浮かべていた令嬢特有の笑みが消えて年相応の困り顔を浮かべたから。
イヴは高圧的な態度とお嬢様言葉で話すのをやめた。あれは伯爵になめられないようにの言葉遣いだったから。
「ええ、だから希望があるならできるだけ叶えてあげるようにする。
ご両親がいるなら家まで連れていってあげるし、孤児院に行きたければ好きな地域まで送るわ。
それで、貴方はどうしたいの?」
できるだけ優しく、怖がらせないように言った。イヴは少なくともそう思っていた。
しかし、次の瞬間少年の瞳には凄まじい怒りが燃え上がっていた。
「―――ふざけるな!!」
「…ぇ?」
予想外の反応に驚き何も言えないイヴに、少年は更に怒りを強めた。
「両親だって!?まともな両親がいたら僕はこんなところにこんな姿でいるものか!あんたのその目は飾りか!?よく見ろよ、このみすぼらしい子供を!薄汚れて髪は伸び放題!服はボロきれ!ろくな食事もとれてないから体は骨と皮だ!」
来たときの全てに絶望し諦めた姿はどこへやら、少年は烈火のごとく迸る怒りを叫んでいた。その力強さに圧倒されたイヴは呆然と、目の前の少年を見ていることしかできない。
「それに孤児院だって!?あんなところで何をしろって?知らないだろ孤児院がどれ程ひどいところか!親のいない子供の集まりだ、弱肉強食を実践してるような場所なんだぞ!俺みたいな骨と皮が行ったら食いもんさえ貰えず3日で屍だ!運良く生き延びても奴隷みたいに死ぬまでこき使われんだ!」
イヴは自分の発言がいかに世間知らずで少年を逆撫でしたのかを悟った。結局どれ程苦労したとはいえ、イヴはお嬢様育ちのお姫様。少年が生きてきた環境に比べれば天と地ほどの差がある。それに全く気づかなかったことを、深く恥じた。
少年は言いたいことを言い終わったのか、気まずそうにイヴを睨み付けながらぜえぜえと肩で呼吸していた。
無感情な瞳に絶望を混ぜて生きることに、全てに諦めてたのは昔のイヴ。この少年はちがう。この子は骨のような細い足で地に立って、精一杯生きているのだ。
イヴはそんな少年を、軽んじる発言をした。
「…ごめんなさい、軽率な発言をしたわ」
「…」
「疲れたでしょう、今日はもう休みましょうか。食事とお風呂を用意するから、部屋で待っていてね」
イヴは声をかけると、少年の着れる服を探しに踵をかえした。確か2階に元父の使っていた部屋があったので、そこにある服を借りればいいだろう。後は湯船の様子を見て少年をお風呂に入れて、その間に食事を作ろう。ああそれに、ベッドにシーツやらをセットしなければいけない。怒鳴られたことなどすっかり忘れてそう思ったのは、彼が一生懸命に生きていたからかもしれない。かつての自分とは違って、精一杯に生きる彼を愛しく感じたのだ。今までの環境が酷かったぶん、この屋敷では甘やかしてあげたい。イヴの手の届く範囲にいる短い間だけだとしても、彼にできるだけたくさんの幸せをあげたい。
それは憐れみでも罪悪感でも責任感でもなく、イヴ自身の意志だった。
少年――ニノンは大変戸惑っていた。
「着替えはここに置いておくわ。あ、お湯が熱かったら湧水を足すのよ!」
扉の向こうから聞こえる女性の声に何と返事をすればいいのか分からず、焦っているうちに足音は遠ざかってしまった。
「気持ちいい…」
ニノンは生まれてはじめて入る湯船に嘆息した。体を拭くことさえままならない生活をしてきた。湯に浸かるなんて贅沢はしたことがないのは当然だ。それなのに、何故自分はいまこんな贅沢をしているのか。
(絶対、怒らせたと思ったのに…)
怒りから我に返ったとき、ニノンは自分の頭を殴り付けたい衝動にかられた。漸くあのドケチ伯爵から逃れてまともな生活をできると思ったのに、次の家主を怒らせてどうするのだ。もしかしたら、殺されるかもしれないしもっとひどい目に遭うかもしれない。この国の王妃様と面識があるような貴族の女ならやりかねない。あの時のニノンは死刑宣告を待つ気分だった。
が、自分はいま贅沢にも湯船に沈んでいる。
ニノンは頭のなかで困惑しながら、使うようにと渡された石鹸を冷静に泡立ててみる。良く泡立っていい香りがした。人生で最初で最後になるかもしれないとたっぷりと使わせてもらい、体を隅々まで洗ってみる。骨と皮でできてるような手足も多少は血色が良くなった気がする。伸びきった髪の毛も丁寧に洗えば、長らく見なかった本来の髪色が姿を現す。一体いつからこの色を見ていなかったのだろうかとニノンは考えてみるが、最後に見たのがいつかも思い出せなかった。
お湯で泡を流してから、また肩まで湯船に浸かった。大きく息を吐くと浴室に音が反響する。
(…あ)
ふと、石鹸に混じって、胃袋を刺激する香りが漂ってきた。ドケチ伯爵の家で嗅いだようなものではなく、庶民料理のような温かい香りに益々胃袋が空腹を訴える。ドケチ伯爵家で彼らが食べていたものは大きなお皿にほんのちょっとしか料理が乗ってないようなもので、美味しそうな香りだったけれどどうしても馴染めなかった。まあ高級な料理など食べたことがないのだから仕方ない。しかしいまニノンの鼻を擽る香りは街に溢れているものに似ていた。この屋敷にはあの女ひとりしかいないようだったから、彼女が作っているのだろう。どこか懐かしいお高くとまっていない、優しい香り。
(思い出した。これ、ロールキャベツだ…)
昔、遥か昔のことのように感じる母の記憶を引っ張り出して確認する。母は女手ひとつでニノンを育ててくれていた。何故かあの頃だけはどれだけ貧しくても幸せだったのを思いだす。もう、おぼろげな記憶だ。
そこではたと気づく。
「ご飯、くれる…よな?」
お風呂には入れた。しかも石鹸まで使わせて貰ったが、ご飯はなしなんて言わないだろうな。これほどまでに匂いの暴力を振るっておいて食べさせないなどと言われたら、流石のニノンも、泣く。それはもう泣きわめくだろう。そんなことなら風呂だっていれさせないでほしい。絶望させるなら夢など見せないでくれ。
ニノンはぐるるるるるる、と盛大な音をたてた腹に手をやる。
「いや、趣味の悪い貴族の女だ。ドケチ伯爵みたいに僕が空腹で泣くのを楽しむのかもしれない。
よし、絶対に泣かないし、ご飯をくれだなんで言うもんか…」
それに抗議するかのように、再び腹の虫が鳴いた。
「ごはん、食べたい…」
最後に食べたのは何だっただろうか。おそらく昨日の夜に伯爵家のシェフから貰った一欠片の固いパンだろう。不覚にも涙が出てきてニノンは慌てて顔を洗った。
風呂から上がると、ふかふかの真っ白いタオルが置いてあった。その横には着替えと思われるそれなりに上等な服。ニノンは遠慮なくタオルを使って水気をとると、シャツに袖を通した。袖はともかく、胴がかなり余った。ズボンも丈に比べて、ウエストがぶかぶかだった。明らかな肥満体型向けの服に眉間にシワを寄せる。
「これ、ドケチ伯爵のだろ。骨と皮でできた僕に対する嫌味か、あの女」
たが現在の伯爵に比べて横幅が大きすぎるので昔着ていたものだろうとあたりをつける。あれでもまだダイエット成功してる方だったのか、と悪態を吐く権利はニノンにだってあるはずだ。仕方なくベルトをきつく締めて脱げないようにはした。ゆるゆるではあるけど、ないよりは幾分かましだった。
「あら、お風呂大丈夫だった?長風呂だったけれど逆上せて…
あなた、随分綺麗になったわね」
「…」
ペラペラ話していた女はニノンを見て目を丸くした。もしかして石鹸を使いすぎたのだろうか。怒っているようには見えないが、油断はできない。ご飯抜きを回避するために解決策を探そうと視線をさ迷わせ――
ぐるるるるるる。
何気なくテーブルを見たが最後、胃が馬鹿みたいに叫び声をあげた。女が更に目を丸くして僕の腹をみる。そして、笑った。
ああ、ダメだ。
この女も僕が惨めに腹を鳴らすのを笑いながら食べるんだ。あのドケチ伯爵家の人間は皆そうだった。
ニノンは恥ずかしさやら悲しみやら怒りやら混ざりすぎて泣きそうになる。
「そんなにお腹すいてるなら言えばいいのに。ほら、食べましょう?」
耳を疑ったのは、一瞬だった。この際嘘だろうがなんだって構わない。食べたもの勝ちだ。
ニノンはイスに飛びつくと器たっぷりのビシソワーズを腹に流し込んだ。おかずは予想通りロールキャベツだった。平たい皿に山盛りにされたそれを飲むように食べる。
「ふ、ふふ…急がなくてもご飯は逃げないのに」
後ろから女の笑い声が聞こえた。と思ったら髪が後ろに引っ張られる。
「な、なに!」
まさか、毟る気か。とっさに頭を横に振ったが、更に笑い声が聞こえて振り向いた。
見上げればラベンダー色の優しい瞳。
そこにニノンを害そうとするような色はなく、ただ温かい眼差しに戸惑う。
「ほら、前向いてじっとしてて。髪が長いから邪魔でしょう」
確かに邪魔だったので言われたとおりに前を向いていると、まだ湿っている髪を指がすいて整えていく。たまにその指が首筋に当たると体が勝手にビクッとする。その度に女はふっ、と笑っていた。
「はい、できた。食べていいわよ」
おそるおそる髪に手をやれば、邪魔だったそれが器用にちょんと一本に結われていた。
良かった、毟れてない…
いや、そうじゃなくて。痛みもなかったし毟れてるわけないのだ。ニノンは再び振り向いてその女の顔を見る。そこにあったのはやはり、優しげな微笑みだった。
「ん?どうしたの?」
「…いや、べつに」
知りたくなかったと思った。
この人のつくる料理がとっても美味しいことを。
手が冷たくて、少し荒れてることを。
穏やかに笑うことを。
ラベンダーの瞳がすごく優しいことを。
よくみれば、とっても綺麗なことを。
どうせ、ニノンは近いうちにここを出ていくのだ。この場所に、この人に、関心なんて持ってはいけない。
今になって後悔した。あんなことを言わなければ、“ここで暮らしたい”と言えば、ずっとここにおいてくれたかもしれないと思ったから。きっとこの人は、そういう優しい人だ。
「あなた綺麗な瞳をしてるわね。
それに髪も洗ったら見違えたわ」
ふ、とこちらを見つめていた美しい顔が綻ぶ。机を挟んで向こう側のイスに座ったその人は、ニノンとは似てもにつかぬ美しく洗礼された所作で食事をはじめた。急いでかきこんでいた自分が恥ずかしくなって真似してみるが、その人には遠く及ばず真っ白いテーブルクロスをパンくずで汚してしまう。ニノンは陰鬱とした気分になった。
あまりにも住む世界が違いすぎる。
その夜、ニノンは生まれてはじめてふかふかのベッドに横になった。パリッとした白いシーツからは太陽の匂い。あと、優しい石鹸の香りも。これらはニノンを部屋に案内した時にあの人がセットしてくれた。あの人は貴族のご令嬢だったのに身の回りのことは全部自分でこなせるらしい。ドケチ伯爵のところにいた女は自分では何もしなかったのに。何もかも、ドケチ伯爵家とは違う。ふわふわの毛布に包まれて、ニノンの瞳に涙が滲む。全ての欲求が満たされて幸せな気分で眠るはずが、ニノンは苦い後悔を噛み締めていた。
「おはよう、昨夜は良く眠れたかしら?」
ご飯の香りに誘われて目を覚ましたらしい少年を、朝食をセットしながら迎えた。少年はテーブルにあるバターたっぷりのパンケーキとミルクティーに目を移し、喉をコクリと鳴らした。昨日あれだけ食べたというのに、とイヴが少し笑うとそれに気づいたらしい少年はちょっと眉を寄せた。気に障ったかと心配したが、そうではなかったようだ。
「おはよう、ございます」
ぎこちない挨拶は少年がはじめて発した、刺のない言葉だった。気まずそうに揺れる浅葱色の瞳が、それでもしっかりとイヴを見ている。そこに警戒が無いことに、ささやかな喜びが沸き上がった。
「さ、朝食をとりましょう。
今日はね、町に買い物にいこうと思ってるの。食材はもちろん、あなたの服を買わないとね。きちんとサイズがあっているものを」
「…僕も行きますか?」
「ええ、もちろん。あなたのサイズじゃないと意味がないでしょう?
オーダーメイドじゃなくて既製品を買うだけだから、それほどかからないわよ。
…まだ疲れてるなら別の日にするけれど、その服じゃ不便だし早い方がいいわね」
「今日、行きます」
少年の顔が陰ったことを不思議に思いながらも、席についた二人はパンケーキを食べる。イヴはちらりと向かいの席に目をやった。
長い髪の向こうにちらりと覗く浅葱色はパンケーキを一心に見つめ、ぎこちない手つきでナイフとフォークを使う少年。
一生懸命にイヴの作った拙い料理を食べてくれる少年の姿が、嬉しかった。
「髪、結んであげましょうか?」
昨日も思ったが、かなり長くて邪魔そうだ。けれどあまりにも綺麗な亜麻色の髪は、切ってしまうには勿体ない。そのあまりの綺麗さはこの家に来たときの黒ずんだ茶色い髪色とは程遠く、イヴはお風呂上がりの少年にびっくりしたものだ。
「じゃあ、お願いします」
「ふふ、今日は髪ヒモも買わないと。そうね…あなたの瞳と同じ色があれば素敵だわ」
「…」
簡易なワンピースに着替え布巾を着けて美しく手入れされた白藤色の髪を隠すと、イヴはあっという間に平民の娘に早変わりする。もともと全体的に色素が薄いため、すれ違う人すらその顔が整っていることにも気付かない。イヴとて自分が地味で影の薄い容姿だと自負していた。今となっては街を歩いても面倒ごとに巻き込まれないからこの容姿に文句は無いが、貴族時代は王子の横に並ぶと華がないとよく嫌みを言われた物種。そんななか唯一誉めてくださったのは、王妃様。王妃様はこの地味な容姿を、亡き母に似て妖精のようだと仰ってくださった。確かにそこにいるのに、見える人にしか見えないという妖精の童話にたとえて。お陰でイヴがこの容姿を必要以上に悲観することはなかったが、だからといって自信を持っていた訳でもない。
「ちょっと待って。野菜を荷台ひとつ買うわけ?」
「まさか。今日の夕食分だけよ?」
「…ありえない」
少年をつれていつも通り屋敷の近くにある街まで歩いてきたイヴは、いつも通り買い物をしようとしていた。のだが、お店の主人が金額を伝えた瞬間、少年に止められてしまった。一旦野菜を置くとそのままそっと道の端に連れていかれる。
「あのさ、いつもそれっぽちの野菜に銀貨一枚払ってるんじゃないよな?」
「いいえ?いつも銀貨一枚よ?」
少年は信じられない、という顔で頭に手を当てる。
「ここのご主人はとっても親切でね、私がどれだけ買った日も銀貨一枚にしてくれるのよ」
「当たり前だろ、この世間知らず!どれだけ買っても女ひとりの野菜消費量なんてたかが知れてるっての!」
辺りに聞こえないように囁きといえるほどかなり音量を落としていたのだが、少年が言いたいことは大変良く理解できた。要するに、イヴは騙されていたらしい。
「やっぱり、おかしな話だとは思ってたのよ。だって何をどれだけ買っても同じ値段だもの。
でも、私にはどうすればいいのかのかわからなくて…ほら、お野菜に値段書いてないでしょう?」
「…はー…」
少年はぶつぶつ呟いたかと思えば、その辺の木の枝を拾って地面にいくつかの丸を書きはじめた。
「この国の通貨は金貨と銀貨、銅貨とハーフ銅貨っていうのは知ってるんでしょ?」
「…ハーフ銅貨はお目にかかったことがないわね」
「ハーフ銅貨は名前の通り重さが銅貨の半分の硬貨。価値も丁度銅貨の半分だから、ハーフ銅貨二枚で銅貨一枚。わかった?」
「ええ」
私の返事に頷いた少年は大小4種類の丸をそれぞれの硬貨に見立てて説明してくれる。
「銅貨十枚で銀貨、銀貨十枚で金貨っていうのは知ってるよね。平民の月収は大体銀貨五枚程度だから、生活に使う硬貨はハーフ銅貨、銅貨が基本。銀貨は銅貨に崩すために使うことはあっても丸々一枚何かに消費することはないと思った方がいい」
「…ご主人は私のお陰でボロ儲けってところね」
そう、と咎めるように少年は頷く。
「じゃあ、正当な野菜の値段はいくらだと思う?」
「そう、ねぇ…月に銀貨五枚だと、銅貨換算で五十枚ね。食費で消費するのが六割で大体三十枚とすると、野菜にかけられる値段は半分の十五枚くらいかしら。それならハーフ銅貨三十枚で一日あたりハーフ銅貨一枚、でどうかしら?」
「まあ、元お嬢様にしてはパーフェクトかな。荷台で売ってる野菜は大体量り売り形式なんだ。あの秤に乗ってる重りひとつ分までがハーフ銅貨一枚ね。さっき買おうとしてた野菜なら銅貨一枚かなってところ。因みに普通の平民はさっきの量で一家三人、三食分の野菜だからね」
「それじゃあ足りないでしょう。足りない部分はどうするの」
「小麦粉を使って嵩ましする。小麦粉はこの地域では一袋半月分で銅貨三枚だから安くすむ平民の主食なんだ」
ジルノヴァ伯爵領は国境を兼ねた山脈に隣り合った土地。海からの湿った風が山脈にぶつかって雨がよく降るため、この国の中では降水量は多い方だ。そのゆえ小麦の栽培は盛んだが、もともと小麦の価格が高くないので領の収入源にはなり得ないと学んだことがあった。
「最近はあのドケチ伯爵が小麦にかける税金もあげたから一袋で銅貨四枚くらいに値上げされたかもしれない。その増えた銅貨一枚分減るのは野菜だろうね。肉を買うほどの余裕はとっくに無くなってるだろうし」
ドケチ伯爵、がジルノヴァ伯爵を指すものだと気づいてイヴは思わず吹き出した。まさに自身とルフィネ、フィナ以外には銅貨一枚出し渋る伯爵にはぴったりの言葉だったから。しかしあまり笑っていると真剣に説明してくれている少年に悪いだろう。確か伯爵領では食用肉の生産はそれほど盛んではなかったと思い出して少年に聞いてみる。
「お肉の値段はどれくらいなの?」
「豚のひき肉を昨日のロールキャベツ分買うとすると銅貨八枚くらいじゃないかな。肉はあんまり詳しくないけど野菜と同じで量り売り。最近物価が上がってることを考えれば重りひとつ銅貨三枚か四枚だろうし」
と、そこで少年は思い出したように渋い顔をした。
「でも、屋敷にいたころドケチ伯爵が最近片っ端から税金を上げるよう指示してるのを聞いたから、またかなり物価も上がったはず。そしたら食費だけでかなりの負担になるし、収入の八割は食費に回ってるかな…」
ジルノヴァ伯爵が領民に重税を課していることは分かっていたが、最近は益々悪化しているらしい。民が困窮すればするほど没落に近づくのが分からない愚かさには呆れる他ない。本当にあの家と縁を切って良かった。無責任で申し訳ないが、今さらイヴがどうこうするより伯爵家が没落した方が遥かに早くて簡単だ。後任には信頼できる人物をと王妃様に伝えたからこの先もイヴの出る幕は来ないだろう。
そんな卑怯な考えを頭の隅に追いやったイヴは、目の前の少年に意識を移す。先程からひとつ大きな疑問があった。
「ねえ、あなたどうしてそんなことに詳しいの?」
昨日の様子から考えて教育を受けていたわけではないだろう。それなのに今の話はかなり分かりやすく的確で、確かな知識に裏打ちされているではないか。それも世間知らずと罵られて当然だと感じるほどには。どこでそんな知識を身に付けたのか、ずっと気になっていたのだ。
「べつに、ドケチ伯爵に引き取られる前はそこそこの商家にお世話になってたからそこで何となく覚えた。教えてもらった訳じゃないけど、色んな人の話を聞いてたし商品の売買とかも見てたから間違ってないはずだよ」
「教えてもらって、ないのに?」
「基本的に居ないものとして扱われてたからね」
イヴは驚いた。まず、商家でもひどい扱いを受けていたことに。伯爵に引き取られる前なら少なくとも血の繋がった者がいるはずなのに、だ。この分だと少年の言っていた通り保護者のもとに返すのは得策ではないだろう。
もうひとつ、この少年は頭が良い。この先きっとその賢さはこの少年の支えになる。イヴはこのまま母の亡くなった屋敷で、ひとり老いていくだけの生活をおくるのだ。いくらイヴがこの少年の成長を見守りたいと願っていても、少年を狭く閉ざされた世界に閉じ込めるべきではない。だから、イヴの手が届かないところへ送り出せるようにその賢さをできるだけ伸ばしてあげようと思った。
「ねえ、私が教えてあげるから勉強しない?教養はあって損するものじゃないわ。嫌だったらすぐやめていいから、ね?」
少年は、少し何かを考えてたようだった。
「…べつにいいけど」
「本当に!?じゃあ、さっさと買うもの買って帰りましょ!」
「はいストップ。買い物は僕がしてくるから見学ね。お姉さんは顔覚えられてるだろうから僕が買ってる間は離れててよ」
「…えぇぇ」
少年が満足げに頷くのをみて情けなくなる。世の中の子供のなんと逞しいことか。そして少年に財布を渡そうとするとまた怒られる。
“僕が全部持って逃げたらどうするのか”と。
「だってあなた、そんな事しないでしょう」
「警戒心の欠片もないね。確かにそんなことする気ないけど、僕みたいのが大金持ってたら変な奴に目をつけられるだろ。しかも銀貨しか持ってないでしょ。銀貨持ってるのも目立つのに、銀貨つまった財布なんて勘弁してよ」
「…ごめんなさい」
「本当は女ひとりでこの金額持つのも絶対ダメ。幸いお姉さんが人一倍影が薄い質だったから良かったものの、警戒心が足りなすぎる。自分の体質に相当助けられてるって自覚した方がいいよ」
まわりに聞こえないように言う少年の方がイヴなんかよりとても頼りになるので、情けなくて泣きそうになった。あとさりげなく影が薄いと指摘されたのも堪えた。自分で分かっていても悲しいものは悲しいのだ。ただ少年に悪意がなかったから素直に受け止められたのだけど。
その後何の問題もなく買い物をこなす少年に連れられ、食品は今までの半額以下ですべての買い物を終えることができた。少年の服や靴、髪ヒモだけはイヴが選ばせて貰えたので余分に買ってしまい、少年にはチクリと怒られた。それでも銀貨一枚程度。今まで行く店行く店で銀貨一枚を消費していたと思えば全く問題ではなかった。
「むしろ食品が安く済んだから、たくさん買ってあげられるのよ。さ、後は紙と筆に、インクだけね!」
「は?そんな買ってもらわなくていい。あの屋敷にあるやつ貸してもらえれば事足りるでしょ」
恐らく少年はそれらがとても高価なことを知っているのだ。さすが商家、取り扱う商品の幅が広い。
「いいのよ、ほら。ここでしっかりしたのを揃えておけば投げ出しにくいでしょう」
「僕は投げ出さない!」
「なら長く使えるものを揃えなきゃね」
「…お姉さんには節約という概念について懇切丁寧に教える必要があるね」
「まぁ、とっても有意義そう」
結局一級品を取り揃えた少年は山のような荷物をかかえて帰路につく。もちろんイヴは本日の野菜のみを携えており、少年はひっそりとこれだから貴族の女は、と悪態を吐いた。
おかしい。
今のニノンの内心を表現すれば、これに尽きる。ニノンは今朝、町に行くと聞いてどこかに連れていかれるか、置き去りにされると思ったのだ。しかし山のような荷物を持って歩き回ってるうちに気づけばまた屋敷に帰ってきてしまったではないか。まあ大量の荷物をひとりでは持てないからだとすれば納得できなくもないが、最初からニノンを町に捨てるつもりはなかったと思えてならない。だってその荷物は全てニノンの日用品なのだから。それにペンや紙など一式を一級品で揃えたところをみると、本当にニノンに勉強を教えるつもりなのだろう。つまり、当分の間は追い出されはしない。
そもそも考えてみればこの優しい人が僕をその辺に置き去りにするということ自体おかしな話だったのだ。何があっても大丈夫なように心の準備をしていたのが馬鹿馬鹿しくなった。
「助かったわ、ここまでありがとう。本当はこれほど買うつもりなんてなかったんだけど…」
「少しでも申し訳ないと思うなら、ちょっとくらいは持ってよ」
「…いいじゃない、全部あなたのなんだから」
「開き直りやがったな」
この屋敷は何故だか街までそれなりに遠い辺境な地にあるので、帰りつく頃には日がすっかり傾いて辺りは薄暗くなっていた。ひたすら重い荷物を持って歩いたニノンは汗だくだし、足は物理的にも体感的にも棒のようだ。
「申し訳ないとは思ってるのよ?でもあまり重い買い物はしたことないの。最初は街まで歩くのだって大変だったし、久々に荷物を持ってくれる人がいると思ったらつい買いすぎたわ。反省してます」
「はぁ…貴族あがりのお姉さんに力仕事なんか最初から期待してないよ」
「じゃあ、私は夕飯作るからお風呂入ってらっしゃい。上がったら買った服を着てみてね」
にこにこと効果音が付きそうな笑顔で言われて、ニノンは顔はひきつった。確かに汗は流したいし、服も着替えたい。けど、そうじゃない。
「え、僕が湯を沸かせってことじゃないよね?」
「あら、言ってなかった?ここのお風呂は山の温泉を引いてるから源泉掛け流し、いつでも入り放題よ」
この人の生活力のなさの原因を垣間見た気がした。
とはいえ結局ニノンは言われた通り風呂に入って服を着替えることにする。あんなことを言ってはいたが、買った服は今までになく清潔かつ快適だった。もちろん高価な物ではないが、しっかりした綿素材でサイズはぴったり。鏡を見ればそこに写るのは今にも飢えて死にそうなみすぼらしい子供ではなく、ごく普通の少年。まだ病的な手足の細さではあるが、ここに来る前と比べたら雲泥の差だ。
「お風呂、上がったけど」
「いいタイミングね。ちょうど今用意できたところよ」
ダイニングに向かえば、昨日と変わらず美味しそうな料理が各二皿ずつテーブルに用意されていた。今日は野菜たっぷりのミネストローネにハンバーグ、サラダにパン。心なしか昨日よりもボリュームがあるメニューなのは、気を使ってくれたからだろうか。
「美味しそう…」
「ふふ、良かった。今日は荷物持ちさせちゃったから、お腹空いてると思って沢山作ったのよ」
「…ありがとう」
やはりニノンのためだった。人に何かをして貰ったことがないためこういう時なんと言えばいいのか、ニノンは知らない。困惑したままイスに座ると、待って、と止められた。
「なに?」
昨日のニノンなら急いでご飯を掻き込むところだ。でも今はこの人がご飯を取り上げるとは思っていない。
「折角買ったんだから髪ヒモ使わないと」
「十二種類も買ったもんね」
「えぇ…そんなに買ったかしら」
「お陰さまで重かったから、よく覚えてるはずだけど?」
「…あら、本当に十二種類あるわ…」
ラベンダーの瞳をジト目で見れば、苦笑とともにごめんなさいと返って来たので今回は不問とすることにした。結局十二種類の中から選び出したのは蛍石の飾りがついたもの。ひやりと冷たい指先が髪を整える間、ニノンの心臓は心地よいリズムを刻み続けた。ニノンが人に触れられて心穏やかでいられたのはこれが初めてだった。
「あなたの髪は青が映える、とっても綺麗な亜麻色ね」
「それは初めて言われた。僕もしばらく忘れてたしね、本来の髪の色なんて」
「ふふ、これからもっともっと綺麗になるわよ」
ふいにニノンはきゅうっと喉がつまったみたいに苦しくなって、目頭が熱くなった。今まで明日生きていられるのかだって不安だったというのに。それなのにこの人は、明るい未来の話を示唆してくれたのだ。
「…ありがとう」
「ふふ、楽しみね。じゃあそろそろご飯いただきましょうか」
「うん、いただきます」
なんとか涙は堪えたけど、向かいの席では暖かい眼差しがニノンを見ていた。ニノンはたぶん隠しきれずに泣きそうな顔をしているのだろう。たっぷり用意された今日の料理も、この人みたいに優しい味がした。
夕食を食べ終わった後、食器洗いを申し出たニノンはあの人が風呂から上がるのを待った。あの人が来たら、ちゃんとここに住まわせてほしいとお願いするのだ。言葉にすることを怠っていたら、この幸せは逃げてしまいそうだから怖かった。世界中のどこに行くよりここにいたいと思ってしまった。幸福とはつくづく貪欲なものだと思う。
皿を棚にしまって手持ち無沙汰になったので、ニノンはテーブルではなく暖炉の前にあるソファーに腰かけた。今は初夏に差し掛かろうという時期で暖炉に火は灯されていない。
「まだ寝てなかったのね」
「うん。今から話、してもいい?」
部屋に明かりがついているのを不思議に思ってのぞきに来たのか、現れたあの人の髪はしっとりと濡れていた。
「初夏とはいえここの夜は冷えるのよ。ああ、やっぱり体が冷えてるわ」
「わっ」
急に手を取られてビックリした。自分の手が冷えているのを理解する前にあの人から仄かに石鹸の香りがして、なんだか色々とぶっ飛んだ。その拍子に濡れた白藤の髪から水が滴るのが見えて、自分のことを心配するべきだとムッとしてしまう。
「話すなら私の部屋にしましょう、羽織物を貸してあげるわ」
「僕のことより、髪ちゃんと乾かしなよ」
「部屋にタオルをおいてきたのよ。明かりを消そうと思っただけだから」
ニノンは少し強引に手を引かれリビングを後にする。それにしても、完全に夜になろうという時間に仮にも男であるニノンを部屋に招きいれたあたり、この人の危機管理能力が懸念される。
…いや、間違いなく僕が男として見られていないからか。
「それで、話って?」
「…お姉さん、最初に言ってたじゃない。僕はどうしたいかって」
ニノンは促されて、ベッドに腰かけた。彼女の部屋はふんわりといい香りがした。小物は淡い色が中心になっていて、まるで妖精の部屋。しかし何故か書棚には紙が山積みにされ、テーブルには書類やペンに混じって大きな宝石がゴロゴロと転がっている。この人がニノンの拳ほどもある大きな宝石をどうするのかと思う。装飾品にするには大きすぎるし、それにこの人は装飾品を着けないような気がする。透明なそれらはダイヤモンドか、それとも水晶だろうか。あの翠はエメラルド、赤はルビー…もちろん全てかなりの大きさ。あの一角でどれ程の財が築けるのやら。ひとつ売るだけでかなり豊かな暮らしを出来るだろう。この人の生活費はこれなのか。
「…ええ、言ったわね。もしかして行きたいところが見つかった?」
声にハッとして隣に意識を戻すと、何故か彼女はその美しい顔を陰らせていた。まるでニノンが出ていくのを悲しむように。
…もしかしたらニノンの希望に基づいた幻覚かもしれないが。
「そうといえばそうかな」
「…そうなの」
ニノンの言葉に一段と陰が増す表情。その寂寥感といったら捨てられた子犬のような雰囲気だ。
本当に、ニノンが出ていくのを悲しんでいる?
というか、淋しがっている?
「ねえ、僕がこのままここにいたいって言ったら怒る?」
その瞬間、ラベンダーの瞳が見開かれ、こちらに向けられる。
「お、怒らないわ…全然、全く、むしろ…」
「むしろ?」
「私の面倒見るの、疲れない?」
「…はぁ?」
何を言っているのだ、この人は。面倒をみてもらうのは自分の方じゃないか。
ニノンの返答をどうとったのか、あの人の目尻がふにゃりと垂れて悲しげにこちらを見つめてくる。
「だって、今日一日でわかったでしょう?私、世間知らずだし、買い物もろくにできないし…荷物も持てないし…」
「そんなこと言ったら、僕は金銭的にかなり養ってもらうことになるけど。お金なんて持ってないし、何だか分からない子供を雇ってくれるとこもないし」
「…じゃあ、おあいこね?」
おあいこもなにも、ニノンにできることの方が圧倒的に少ないのにと呆れる。ただ、自分がこの人に望まれている。それだけでもう何でも良かった。
「もちろん、これからは僕がちゃんと面倒みてあげるよ。もう嫌だっていっても出ていかないけどね」
花が咲くように綻んだ彼女の顔は、キラキラと眩しかった。ただ、それにあわせてニノンも口許を緩ませたことを、本人は知らない。
最初は確かに甘やかしてあげるつもりだったのだ。けれど、それには少年に比べてイヴの生活力はあまりにも乏しすぎた。少年を喜ばせるために買い物に行ったはずが、少年に買い物をして貰ったばかりか必要以上に物を買い、あげくその荷物を持たせてしまった。後から考えれば喜ぶどころか困らせているのだがそれに思い当たったのは屋敷に帰ってから。
何が悲しくて少年がこの屋敷にいる短い間でさえ苦労を掛けねばならないのか。こんなことでは、すぐにうんざりして出ていってしまうかもしれない。誰かと暮らすのがこれほど素敵なことだなのだと、イヴは初めて知ったのに。
「…お姉さん、最初に言ってたじゃない。僕はどうしたいかって」
だから、そういわれたとき少年はここを出ていくのだと思った。だって当然だ。こんな面倒で使えない人間の側に誰がいたいだろう。それなのに、この子は自分の側に居てくれるという。初めてだった。何の肩書きもないただのイヴでも、世間知らずの役立たずでも、側にいてくれるなんて誰ひとりだっていなかったのに。伯爵家の人にとってはイヴなどゴミ以下の存在だっただろうし、記憶にある母は色々なことに精一杯だった。王妃様でさえ立場があり、本当の意味でイヴに寄り添うことはできない。たぶんこの子は初めてイヴのことを見てくれた。それがどれだけイヴの救いになったのか、きっとこの子は分からないだろう。
思わず破顔したイヴの目の前で、美しい浅葱色の瞳が細められその口許がゆるりと弧を描く。
この屋敷に連れてこられて初めて少年が笑った瞬間、イヴより頭ひとつ分も小さな少年が世界でもっとも愛しいものになった。
「お姉さんじゃないわ。私はイヴっていうの」
一度目を瞬いた少年は、小さく、それでいて大切そうに、イヴの名を呟いた。それだけで嬉しくて、泣きそうになる。
「僕は、ニノン」
ニノン、とイヴは噛み締めるようにそっと口に出した。呼ばれたニノンは少し微笑みを浮かべた。
「僕ね、ある商家の当主が外に作った愛人の子供らしいんだ。小さいときは貧しいながらに幸せだったんだけど、母さんは僕が五歳になる前に死んだ。そのあと商家の父親に引き取られたけど、当然風当たりはきつくてさ。父親すら僕が邪魔だったみたいで酷いときは泥水だって飲まなきゃ生きてられなかった。それでも今までなんとか生きてたんだけどね、この前父親も病気で死んだ。最悪なことに正妻との子供で僕より年上が娘ひとり。息子の方は僕より年下だったんだ。この国の法律に照らせば家を継ぐのは僕になってしまうって、義母はかなり焦ってた。かといって今殺せば自分達の差し金なのは明らかだし。それなら、相続前になんとか貴族の養子に出そうってなったらしいよ。平民が貴族の養子って幸運なことらしいから、なんとか体裁を保てる。で、多額の養育費をつけてなんとか引き取らせたのがドケチ伯爵のところだったんだ」
ニノンも、実の母を亡くしていたのか。イヴは過去のどうしようもないことに、やるせなくなった。けれどニノンの表情は特に悲しそうでもなく、割りきっているのかもしれない。
「あとは知っての通り。食事のひとつも寄越さず金だけとってぽい。まあそのお陰でイヴに会えたから、結果的には良かったんだけどね」
隣からのびてきた温かい手が、そっとイヴの手に重ねられた。そのままきゅっと手を握られて、何故だか心臓がばくばく跳ねた。
「ありがと、イヴ。僕ね、たぶんここにきてなかったら遅かれ早かれ死んでたと思うんだ。他人なんか信用できないって。でも、イヴは僕が何を言っても怒らずに僕に向き合ってくれたし、あのドケチ伯爵に押し付けられただけの僕を追い出さず世話してくれた。なんかさ、この人は大丈夫なんだって思ったら、ここで暮らしたくなった。まだ会ってから一日くらいしかたってないのに、変だよね」
それまで淡々と話していたニノンがふっと笑う。イヴにだけ向けられたその笑みが、輝いて見えた。亜麻色の髪に浮かぶ光の輪もあいまって、まるで天使のよう。
いや、天使なのかもしれない。
ひとりぼっちのイヴのもとに現れた、ちょっと口の悪い優しい天使。
…私の愛しい、幼い天使。
イヴは握った温かい手にそっと力を込めた。
握った冷たい手に力が込められた。何かと思って見れば、イヴは少し強ばった顔で口を開いた。
「私はね、聞いてたと思うけどジルノヴァ伯爵家の長子だったの。母はこの山脈の遥か向こうの国から嫁いできたのだけど、その頃には伯爵には恋人がいたらしいわ。味方のいない地で認めて貰うために頑張ったお母様は色々なことをしてた。ジルノヴァ伯爵領の山脈は特殊な鉱石がとれるから開発しようといったり、税金を下げてもっと町を整備しようといったり。でも伯爵は全然聞く耳を持たなかった。母はなんとか六歳になった私を王子の婚約者にして、逝ってしまった。この屋敷はね、その時母が亡くなるまで療養していた場所なのよ」
だから温泉が引いてあったり、町から離れた場所にたてられていたのか。ニノンは貴族の道楽だと思っていたそれらに全て意味があると気づく。そして、ここはイヴの母が亡くなった場所。
こっそりとイヴの表情を窺うが、悲しみなどは浮かんでおらずさっきと同じ強ばった顔があるだけだった。彼女にとって母とは、それだけの存在だったのだろうか。それとも、ニノンのように殆ど忘れてしまったのだろうか。記憶は蓋をしているうちに消えてしまうものだ。
「それからすぐね、後妻として連れてきたのは愛人と私と同い年の子供。家に居場所なんてなかったわ。ただ、救いだったのは王子の婚約者という立場。お陰で育児放棄されてもなんの問題もなく生きてこれた。それも一年前までだったけれど。あとは、最初に聞いた通り伯爵家とは縁を切って静かに暮らしてるわ。あ、この屋敷は王妃様が最後だからと十六の誕生日プレゼントにくださったのよ」
表向きは慰謝料だったけどね、という言葉は耳を右から左へと抜けていった。
それまで神妙に聞いていたニノンだが、最後の一言に思わず声をあげてしまう。
「え…イヴって、十七歳?」
「ええ、そう見えない?」
その言葉にイヴは心外だ、といわんばかりに片眉をあげた。
「いや、少なくとも成人してると思ってた…」
事情を知らなかったので、家と絶縁してもここにひとりで住めるくらいには大人だと思ったのだ。この国でいう成人、つまり十八歳は過ぎていると思っていたのに、まさか、ニノンの三つ上とは。
「む、老け顔ってこと?」
「ちがうよ、だってひとりで暮らせるってことは何かしら事業をしてるのかと」
「してるといえば、王妃様が依頼してくださる招待状とか当たり障りない書類の代筆くらいね。にしては、破格の報酬をくださるんだけど」
「いや、にしてもさ…まさか僕と三つしか違わないと思わなくて。仕草とか大人っぽいし…」
「待って、え、あなた…十四なの?」
今度はニノンが眉間にシワを刻んだ。
「そう見えないって?」
「嘘でしょう、私てっきり十歳かそれ以下だと…」
「はぁ!?十歳かそれ以下って、どんだけガキだと思ってたの!?」
「だって私の知ってる十四って、皆とっても背が大きかったから…つい」
「そりゃたらふくご馳走食べる人たちは大きいだろうけどさ、僕がそんな成長できるかって話だよ。まだ成長期なんて来たことないし。知らないけど、貴族の感覚たよりにしない方がいい――って、大丈夫?」
ニノンの言葉の途中で、突然イヴが茹で蛸のように真っ赤になった。耳まで仄かに色付いていったいどうしたのかと心配して顔を近くから覗き込めば、逆効果だった。
「ま、ままま待って、近いわよ!」
「なに、急に?」
さっきからずっとこの距離にいたのに、唐突になんなのだ。と、イヴは両手で覆った顔からちらりと瞳を覗かせた。
「だ、だって、十四だなんて思わなかったんだもの!分かってたらこんな時間にしかもベッドに座らせたりしないでしょう!」
「…は?」
「十四っていったら、社交界じゃ立派な男性だわ!かなり人によるけど!」
「ぶふっ」
思わず吹き出した。だってそれはつまり、ニノンを急に男と意識したということ。確かに十かそこらの子供だと思っていたなら危機管理もなにもあったもんじゃなかっただろう。
「なにもしないよ。僕がどうあがいても体は十かそこらみたいだし」
「そ、そそそそうね!そうよね!」
「慌てすぎだから落ち着いて」
仕方がないので話題を変えようと試みる。先ほどの宝石について尋ねようと、テーブルに視線を移して――
「う、へ、動いた!?」
先程あったはずの透明な石は跡形もなく消え、代わりにそこにはまた色とりどりの宝石が。しかもよく見ればエメラルドやルビーだと思っていた宝石もにわかに色を変え、黄色や紫になっていた。
「…動いたんじゃないわ。それはナイツストーンだから」
なんとか持ち直したらしい―顔はまだ赤いのだが―イヴはテーブルからひとつの塊を持ってきた。その石はイヴの手の中でくるくると目まぐるしく色を変え、ニノンの手に収められた。
「ナイツストーン?聞いたことないな…」
父親の商家は貴族相手の商売で大手だったため、宝石類は網羅していたはずなのに。とすれば、新種の宝石だろうか。
思わずイヴに説明を求めれば、苦笑とともにテーブルにあった何枚かの紙を渡される。ちなみにまだ赤みは引いていない。
「…ナイツストーンの、作り方?」
「ええ、この部屋にあるのはガラス玉にナイツストーン加工を施したものよ。練習中なの」
「これが、ガラス玉?信じられない…でも何で練習なんてしてるの?」
「ナイツストーン加工は、ナイツダイヤの唯一の加工法なの。さっき私の母の話で伯爵領の山脈からしか取れない鉱石の話をしたわよね。それが、ナイツダイヤなの」
ニノンはざっと書類に目を通して、ナイツダイヤの記述を見つけ出す。その間イヴが書棚の隣にある金庫に向かったので、ナイツダイヤなるものを取りに行ったのだろう。
「“ナイツダイヤは、通常無色透明の鉱石。一見ガラスのようだが、その特徴は月光のもとに晒すと淡い光を放つところにある。光の色は個体によって異なり月光に晒すまで特定は不可能。しかし、ナイツダイヤは適切な採掘方法によって取り出され、かつ適切な加工を施された物でなければ、月光のもとで閃光を放ち砕ける”、ね。
これ、書いたのイヴ?」
これが唯一成功したナイツダイヤ、と渡されたそれは窓から射し込む月光に反応し仄かに光を放った。白に見える光には微かに紫が交じっており、イヴの髪を連想させる。しかしそれはすぐに金庫に戻されてしまった。どうやら加工自体が未完成なため一晩中月光に晒し続ければ砕けてしまうという。
「ええ、この屋敷に来てからナイツダイヤの研究をしてたの。新種の鉱石があるって気づいたのは母だけど詳しく調べる前に亡くなったから。ちょっと興味があったのよ」
つまり、一年で加工法まで編み出した、と。さすが元王妃予備軍。ただ練習が必要なのはナイツダイヤの加工は上手くいっておらず、まだ研究途中ということ。それなら、
「ねえ、この加工って屋敷内でできるんだよね?」
「ええ、この部屋で作ってるもの」
「僕もやらせてくれない?」
こんな面白そうなこと、放っておく手はない。ニノンは好奇心に目を爛々と輝かせた。
「いいけど、どうして急に?」
「今読んだところだけでもいくつか試したいことがあるんだ」
「…うそ」
イヴが書類を覗き込んできたのでテーブルの上から拝借したペンを、何ヵ所かにわたり書類に走らせた。
「この行程は一般の宝石加工をベースに考えてるみたいだけど、ナイツダイヤの特性を考慮したら抜いた方がいい行程がある。採掘方法に指定があるくらい繊細な鉱石なら研磨はカットして――」
「ちょ、待って!なんで宝石の加工なんて知ってるの」
にっ、と得意気な笑みを浮かべて見せる。
「溺れるものは藁をも掴む。商家にいる間ただ飢えてるだけじゃ仕方ないからね。だから商家に引き取られてから九年近く、片っ端から技術と知識を盗んでた」
「でも…宝石の加工なんて商家の分野じゃないでしょう」
「商家内部は五年くらいで盗みきって、あとは商談とか取引してる工房とかに片っ端から侵入した。居ないものとして扱うってことは、なにしてもお咎めなしってことでしょ。それに向こうも小さな子供が、しかも商家の息子が技術盗みにきてるとは思わないみたいでお菓子も貰えた」
イヴががっくりと項垂れる。逞しすぎる、と呟くのも聞こえた。とはいえそうでもしないと生きていけないのだから、当然の努力だ。
…将来、商家への嫌がらせに使えるかもしれないからなんて思ってない。
「…あなたに勉強は必要ないみたいね。それじゃ、さっきの続けてくれる?」
「もちろん」
微睡みのなか誰かがとんとん、とイヴの肩を叩く。柔らかい陽射しが瞼からじわじわ侵入してきて、だんだん意識が浮上するのを感じた。それを察したらしい手の主は、叩くのをやめた。その代わり、気配が近づく。
「…ヴ…イヴ、起きて」
耳元で静かに低い声が囁いた。イヴが世界で一番好きな声。
瞳を開けば、朝日に照され天使の輪を浮かべる長い亜麻色の髪。眩しげに少し細められた浅葱色の瞳。羽織ったシャツの胸元から覗く、逞しい胸板。
「ん…?」
「…ナイツダイヤ、みて」
「…完成してる?」
「うん、今回も完璧だ」
ニノンの逞しい腕に導かれ体を起こせば、テーブルの上にはひとつの透明な石が見えた。ナイツダイヤは一晩中月光に晒されても、砕けずにそこにあった。
成功したことが嬉しくて、イヴは浅葱色の瞳を見上げる。視線に気づいたニノンは優しい笑みを浮かべ、イヴの唇に啄むようなキスを落とした。
「おはよう、イヴ」
「おはよう、ニノン」
どちらともなく微笑みを浮かべた二人の、いつも通りの朝。
ニノンが屋敷にやって来てから、二年。彼の成長は目まぐるしいものだった。十分な栄養を得た彼はみるみるうちに大きくなり、その身長は今やイヴをゆうに越していた。骨と皮、と本人が自嘲するほどだった手足も見る影はなく、逞しくしなやかな筋肉に覆われた体は細身だが決して病的ではない。丁寧に手入れされた亜麻色の髪も背にかかる長さにまで伸び、艶を増し続けた亜麻色は太陽のもとで眩いほどの天使の輪を浮かべた。そして、痩けていた頬がふっくらとした輪郭を描くようになった結果、現れた顔は端整な作りをしていた。すっと通った鼻筋に、涼やかな浅葱の瞳、穏やかな笑みをつくる薄い唇。もし伯爵がこの顔を見ていたなら、どこぞの男色家に売られていたかもしれない。それを想像するだけでゾッとした。
「イヴ、畑のトマトが食べ頃だから今日の朝食はトマトとチーズたっぷりのパスタがいい。それと、この前焼いたパンが残ってたよね?それで午後はカモミールを摘んで、お茶にしよう」
シャツのボタンを留めて身支度を整えながら、ニノンは言う。もちろん畑に行くためだ。
ニノンが庭に作った小さな畑は、四季折々の野菜を実らせこの二年町へ行く回数が減った。最近は栽培が難しいハーブでさえところ狭しと並んでいるので、さらに減るだろう。去年畑で収穫した大量の小麦のお陰でパンもパスタも買わずともこの屋敷で作れる。
「ええ、でもパスタにはバジルも添えたいわ。パンにはこの前作った木苺のジャムをつけて、お茶請けには固くなったパンを焼いてラスクを作るわね」
「うん、じゃあバジルもとって来る。今日は晴れてるから、お茶は庭にする?」
確かに庭にある東屋でお茶をするのも悪くない。しかし、イヴは首を振った。それにニノンも笑って頷く。
「暖炉前のソファ、だね」
二人の日課は、並んで座ってお茶をすること。お茶をしながらニノンが畑の話をする事もあれば、イヴが新しい料理のレシピに意見を求めることもある。ナイツダイヤについて議論をして、気づいたら夜になっていたこともあったし、逆に何も話さず二人でぼんやりしていることもあった。
「ええ、今日はそんな気分なの」
「僕もそう思ってた」
身支度を終えたニノンはひとつの髪ヒモを取ってイヴに手渡す。そしてイヴが届くようにベッドの縁に腰かけた。これも毎朝の日課。
イヴは手渡された髪ヒモを見てひとつ笑みを溢すと、美しい亜麻色に手を伸ばした。
「最近はこれしか使わないわね」
「多分この先これしか使わないよ」
「はい、できた。行ってらっしゃい」
「とびきり美味しいの取ってくるから、待ってて」
部屋を出ていく彼の頭で揺れるのは透明なガラス玉。美しい亜麻色にはあまりにも質素に見えるけれど、それが夜になれば淡い浅葱に光ることを二人は知っていた。
「私も用意をしなきゃ」
幸せな朝、暖かいベッドの上でイヴは伸びをした。
上質な絹の夜着から質素な綿のワンピースに着替えたイヴはキッチンでパスタを茹で、パンを暖めるため釜戸に薪を入れる。火を灯そうとしたとき、玄関の呼び鈴が鳴った。もちろん、ニノンではない。彼なら、玄関ではなく庭に面した裏口から帰ってくるはずだから。
イヴは嫌な予感がしていた。思わず後ろ手にナイフを隠した。ここを人が訪ねるのは王妃様の遣いを除けば、ジルノヴァ伯爵以来だ。
応答がないことに業を煮やしたのか、もう一度鈴がならされる。ずいぶん乱暴なことをする尋ね人だ。
扉の向こうにいるであろう相手に見当がついたイヴは重いため息をついた。できればニノンが来るのを待ちたいが、これ以上相手を待たせれば呼び鈴が破壊されてしまうだろう。
「…どちら様でしょう」
「なんだ、居るんじゃない!早く開けなさいよ!」
扉をあければ、予想通りの相手がイヴを突き飛ばしてずかずかと玄関ホールに侵入してきた。
「ああ、疲れた!イスを持ってきなさいよ田舎娘のイヴ!私がこんな辺境なド田舎に来てあげたのに待たせるなんて信じられない!お父様に言いつけてやってもいいのよ?」
「何のご用ですか?お気に召さないのなら即刻お引き取りいただいて構いませんけど」
イヴがかつてのように大人しく頷かなかったことがフィナ――腹違いの妹は気にくわなかったらしい。彼女は一度目を見開いて、苦虫を噛み潰したような顔になった。
「たかが一田舎娘が、誰にものを言ってるのよ!さっさとイスを持ってきなさい!」
「お引き取りください。貴女が座るイスなんてありません」
「これ以上楯突くならお父様に言いつけてやるわよ!私は疲れてるのよ!」
話の聞けない妹に苛立って、唇を噛み締めて耐える。その沈黙をどうとったのか、フィナの真っ赤な唇が加虐的に歪んだ。
「相変わらず地味な女!それによく見れば、なんなのそのボロ布は。まさか服なの?王子の婚約者だった女がいい様ね!もしかしてイスもないのかしら?そうね、気が回らなくて悪かったわ。ここはお父様に愛されもしなかった惨めな女の療養地だったものね!」
相手にするのも面倒になった。この女相手に穏便に済まそうだなんて、土台無理な話だ。付け上がるなら、叩き落とすまで。
もはや何の躊躇もなく左手を閃かせた。飛び出したナイフはフィナの真横を通って、壁に刺さる。
「ひっ、ぇ…?」
はらりと金髪がひと房床に落ちた。当然フィナのものだ。腰を抜かした彼女は、厳ついくらいにレースやラインストーンで飾り立てられたドレスで床にへたりこむ。
「…ここはあなたの来ていい場所ではないわ。王命を破った不届きものには、死あるのみよね?
ああ、でもごめんなさいね。私が王妃様に教わったのは差し向けられた暗殺者の拷問方法だけなの。だから簡単には死ねないわ」
まだ状況を理解できないのか呆然自失のフィナに、意識して残忍な笑みを向ける。いつまでも伯爵家の言いなりだなんて、思わせないように。二度とこの不愉快な妹がここに来ないように。
「苦しんで苦しんで、死んだ方がましだと思わせてあげるわ」
「や、やめ…」
「どうしたの?」
聞こえた声にはっと振り向けば、困惑の表情を浮かべたニノンがいた。
振り向いたイヴの顔は、青ざめていた。それに反比例するように招かれざる客の顔が明るくなる。
「た、助けて!この女に急に襲われて…」
ニノンをみたその女――ドケチ伯爵の娘は、顔を赤らめた。それほどこの顔がお気に召したのだろうか。なんにせよ、不愉快だ。ニノンがかつてされた仕打ちもイヴへの態度もそう簡単に許せるものではない。
熱っぽい視線を寄越す女に冷ややかな一瞥をくれてやってから、未だ青くなっているイヴに近寄った。可哀想に、噛み締めたのだろう彼女の唇が少し切れていた。
「何もされてない?大丈夫だよ。僕は何があってもイヴの味方だから」
「っ、ニノン…」
「な、どうみても私が被害者じゃない!なんでその女に行くのよ!?」
ニノンはもう一度座りこんだ女に目を向けた。ギラギラ光る金髪に、つり上がった目。ごてごてと品性の欠片もない装飾品の数々。元々の顔立ちは悪くないかもしれないが、自分本位で劣悪な性格と浪費癖は手に終えない。
呆れたことにあの頃から何一つ変わっていない。
「ご用件はなんですか」
「もしその女が私を殺そうとしたと証言してくれれば、私の愛人としていい暮らしをさせてあげるわ!そうすればそんな貧相なガラス玉なんか着けなくてもっ――」
「はは、冗談でしょう。貴女の愛人?貧相なガラス玉ひとつ付けられず飢えて死ぬでしょうね。お忘れですか、二年前に伯爵家に引き取られた子供のことを」
女には心当たりがあるらしく困惑したように瞳が揺れた。
「まさか…あの薄汚い貧相な子供…?」
「ええ、そうですよ。僕は貴女のことをよく覚えています。いつも飢えて死にそうな僕の前でこれ見よがしにお食事をされていましたね。それも僕が食事を貰えないのを知った上で」
「そ、それは…」
女の顔は一瞬で青ざめた。そして俯いてぼそぼそと何かを呟く。
「お引き取りくださいますか。さもなくば、五体満足で帰れると思わないことだ」
「…そ…よ…れば、いいんだわ」
「だから、なんです?」
女が顔をあげたと思えば、厭らしい笑みを浮かべた。ニノンのシャツを握るイヴの手が力を強める。
「今日私がここに来てやったのは、この手紙を届けるためよ。エルツィオ王子からあんたに宛ててよ」
「…王子がいまさら、何を」
「内容は、あんたを公爵家の養子に入れて即位した暁には側妃として召し上げたい、ですって」
放り投げられた王家の紋章入りの封筒にニノンは思わず眉をよせた。話に聞けば、王子はイヴを地味だからと簡単に捨て、侯爵の庶子に乗り換えたという。それが今更、しかも側妃として召し上げたいなどと随分とふざけた野郎だ。
「本当はあんたの顔を潰して、間違っても側妃になんかなれないようにしてやろうと思ってたのだけど…やめたわ。元々お父様とお母様にも止められていたしね」
顔を潰す、という言葉にイヴがピクリと反応する。
「あんたを追い出して、その男を私の物にすることにしたわ。だって伯爵家の養子なら、本来なら私の物だもの」
ニノンは怒りと吐き気で気がおかしくなりそうだった。イヴを失っては生きていけない。ましてや、この女の物になどなるくらいなら今すぐにでも舌を噛みきる。
「…貴女の物、ですって?」
「文句でもあるのかしら、平民のイヴ?伯爵家の物を不当に持ってるんだから、あんたには処罰があってもおかしくないのよ?」
「フィナ、馬鹿も休み休み言いなさい。伯爵家の養子だというなら立場は貴女と対等。貴女が好き勝手出来る所有物とは違うわ。それにニノンをここに捨てたのは伯爵よ。養子としての登録すらされてないでしょうね」
「僕も貴女の物になるつもりはない。幸い貴女は護衛の一人もつれていないようだ。御者には悪いが貴女と二人死んでもらって馬車を頂いて逃げるのもいい」
「な、なによ、そんなことして許されるとでも思ってるの?」
ニノンがボキッと指を鳴らして見せれば、ひっと悲鳴が上がった。王子をどうこうするのは無理でも、目の前の女一人殺すのは造作もない。
「当然だ。僕とイヴを引き離そうとするからには、相応の報復を覚悟しろ」
女は悔しげに顔を歪めると、玄関から転がるように飛び出した。
「今のうちよ、そんなことを言ってられるのも!すぐにイヴを捕らえに来るわ、今度は私兵を山ほど連れてね!」
馬車に飛び乗った女が叫ぶ。しかしそれは負け犬の遠吠えだと鼻で笑ってしまえる内容ではなかった。
「…どうしましょう」
イヴが青い顔で呟いた。あの女一人ならどうにでも出来るが、私兵を連れてこられてはニノンやイヴには太刀打ちできない。
だからといって、イヴを引き渡すのも伯爵家の犬に成り下がるのも御免だ。
「逃げよう、この国から」
「でも、どこに?」
「この山の向こう、ルシルスティアだよ。あの国側の山脈ならここよりナイツダイヤが採れるって話をしたよね。しかも、山脈一帯は公領で、実質放置されている。貧しく特産もないルシルスティアにナイツダイヤはいい餌だ」
「ナイツダイヤをルシルスティアの特産品に献上する代わりに、山脈一帯を領地に賜るつもり?」
実は前々から計画していたのだ。この屋敷が伯爵領である限り何かが起こりかねないと危惧して。実際重大な問題が発生した。しかし一生イヴと暮らすためならどんな苦労も厭わないニノンだが、イヴに貧しい暮らしを強いるのは絶対に許せなかった。そこで考えたのがルシルスティアへの移住計画。
「実はかなり前から計画してたんだ。路銀は貯蓄で十分だし、銀貨は嵩張らないように殆んど金貨に換えてある。僕に全部任せて、絶対に上手くやるから」
だから、ここを捨てて僕についてきて。僕と一生を共にして。もしかしたらイヴにとっては、側妃として生きた方が幸せかもしれない。ニノンといるより安全で裕福な暮らしが約束されるのだから。それにイヴは頭がよいし、よくみれば美しい人だ。いずれは王子もイヴの魅力に気付くだろう。そうすれば、きっと、正妃に望まれるのだ。ニノンにはその未来が見えていた。
でも、それを全部捨てて、ついてきてほしい。ニノンはイヴが居なければ生きていけないから。
「全部貴方に任せるなんて、冗談じゃないわ」
「っ…」
目の前が真っ暗になった気がした。側に居てくれないのなら、王子の元に行くならいっそ殺してしまおうかと、恐ろしい考えが頭を埋めた。が、頬に温かい手が触れてはっとする。イヴは、困ったように笑っていた。
「私にも手伝わせて。なんだってするわ。私もう、ニノンがいなきゃ息だって出来ないもの」
「僕も、イヴがいないなら死んだ方がましだ」
ごめんね、イヴ。だけと、この先一生僕に縛られて。
イヴはそんな僕の気持ちを知ってか知らずか、美しく笑った。
ルシルスティアは山脈の向こう側にあり、この国サザンフィートに比べて国土は広いが、山や湖がその半分以上を占めている。また、国境に沿って国をぐるりと囲う山脈に遮られて殆んど雨が降らない盆地気候だ。点在する湖のお陰で深刻な水不足にはならないが、湖周辺以外で農作を行うには灌漑設備が必要になる。しかし、国全体が資金不足で未だ殆んど整備されていない。つまり、湖の周辺地域でしか農作は行われていないのだ。お陰で国内の食糧自給率は低く、特に名産はないため貿易赤字で貧乏な国。加えて主な交通手段は陸路と水路が半々でインフラ整備も進んでいない。これがルシルスティアについて最大限分かっていることだ。
「要するに私たちは貧しさにつけこむのね」
「そう。ただ問題があるんだ。僕らがこの契約について話すのは国王やその周辺に留めたい。下手をしたら向こうの貴族にナイツダイヤの権利を諸々持っていかれかねないからね。そう考えると国王に直談判するのが理想なんだ。けど、僕らが会えるとは思えない」
「それなら、これを使いましょうか」
ニノンに向けて掲げて見せるのは、フィナが持ってきた手紙。そこにはサザンフィート王家の紋章が刻まれているのだ。
「王宮でこう取り次いでもらうの。“私たちはサザンフィート王家の命に背いて駆け落ちして来た者です。この国に私たちがいることでサザンフィートとルシルスティアに紛争が起こるやも知れません。国家間の重大な問題ですから、ぜひとも国王陛下にお目通りを願います”って」
「なるほど、王家の紋章があればあるいはってことか。そこは賭けになるけど、ある程度重要な役職には会えるかもしれない」
ニノンは頷いて手紙を胸ポケットにしまった。この点だけはフィナに感謝しなければならない。
「ナイツダイヤの価値を知らせることができればこっちのものだわ。私たちをサザンフィートに引き渡せばナイツダイヤの独占権も取られることになるもの。ルシルスティアとしては、それは避けたいはず」
「とはいえ、この国を出なければ話にならないからね。今夜にでも出ていくよ」
ニノンの瞳に迷いはなかった。イヴもここを出ていくことになんの躊躇いも感じない。だって、隣にニノンがいてくれれば何も要らないのだから。
その夜手早く必要な荷物をまとめた二人は、二年間の思い出に火をつけた。持っていけないナイツダイヤの文献を全て消すためだ。一ヶ所に集めて、紙という紙に油をかけたので跡形も残るまい。
「イヴ、寒くない?」
「平気よ。季節が夏で幸いね。この小屋で一泊なんて、冬だったら凍死の危機よ」
「ここは本来泊まるために作ってないからね」
今、二人が潜伏しているのはナイツダイヤの採掘拠点に使っていた小さな山小屋だった。持ち物は貯めてあった大量の金貨と、育てていた作物、ナイツダイヤや加工が施された宝石。あとは当面の着替えだけ。
「三年間の集大成って存外少ないものね」
「書類が無いからだよ。それにしても、この金額を持って歩くの嫌だな」
「お互い影が薄くて幸いね」
「…本当に、こればっかりは体質に感謝するよ」
ニノンはかつて言ったことを思い出したのか苦笑した。ニノンは美しく成長したが、何故かそれにつれて人目を引かなくなっていたのだ。手入れされた亜麻色の髪を隠して簡易な服を着れば、誰一人としてニノンに目を留めない。すれ違う人さえその美貌に気付かないのだ。まるでイヴのように。いつの頃からか二人で街を歩いても誰にも気づかれなくなっていた。勿論物を買う時は店の者とやり取りをするのだが、何度訪れても顔を覚えられることはなかった。かつて銀貨で物を買っていたイヴでさえ、忘れられていたのだ。もはやこれは特殊能力じゃないかと二人で笑っていた。
だって、二人はどんな人混みでもお互いを見つけられるのだから。
数日後無事に山を越えた二人はルシルスティアに入った。元々採掘で山に入り慣れていたのと山小屋をいくつも建てていたことが幸いした。ルシルスティアに入ってからはお得意の存在感のなさでなんの問題も起こらず、王都に異例の早さで到着することとなった。
「不法入国も簡単すぎて拍子抜けだった」
「…いざとなったら私たち優秀な間者になれるわね」
あまりの影の薄さに落ち込んだニノンを慰めるイヴもかなり複雑な気持ちだ。とはいえ、今ごろサザンフィートではジルノヴァ伯爵領を大捜索しているだろう。ルシルスティアにこれだけ早く着いたのは幸運だった。
「ナイツダイヤの特徴を示すためにも、王宮へ行くのは夜がいい。重鎮も屋敷に帰ってるくらい夜中に行こう。こっちにはサザンフィート王家の紋章つきの手紙があるんだ。国際問題だと思わせれば追い返すことも出来ないはずだから、国王に会える可能性が高い」
「王子の直筆で側妃への召し上げが書かれているんだから、駆け落ちしてっていうのもかなり信憑性があるわよね。それに私は元王子の婚約者だもの、国王だって私の顔くらい覚えてるわよね…きっと、たぶん」
イヴも最後に関しては全く自信がない。だって、そういう体質なのだ。
「…顔はともかく、まあ髪色とか瞳の色とか色々あるよ」
「ええ…あれよね。髪を出してると比較的印象には残るのよね。だから大丈夫だと、思うのだけど」
「最終手段だけど、金貨見せれば貴族だって信じてくれるよ」
「貴様ら、こんな時間に何の用だ。見たところ平民のようだが、ことの次第によっては引っ捕らえるぞ」
月が頭上で輝く時間帯。王宮を訪れるものは全くいない。イヴたちを除いて。槍を構える門番が勘違いをする前にと、イヴとニノンは頭巾や帽子をとった。
月明かりに輝く美しい白藤と亜麻色が現れ、二人の門番は息を呑んだ。彼らはそこでようやく、現れた二人が美しい顔立ちであることに気付く。
「このような時間に申し訳ありません。私はかつてイヴ=ジルノヴァと名乗っておりました者です。私たちは隣国、サザンフィートから駆け落ちして参りました」
「サザンフィートの、イヴ=ジルノヴァって…」
「聞いた名だ。王子の元婚約者で、確かに髪色も同じだと思う」
未だ槍を構えた門番が困惑したようにこちらを見た。もう一人の門番は殆んど槍を下ろしているのでかつてのイヴを知っていたのだろう。
「彼女があろうことか、かの国の王子に側妃にと望まれたのです。私どもはそれを受け入れられず、王家に背き逃げて参りました」
「私はかつて王妃教育を受けた身です。このまま私たちがルシルスティアに潜伏すれば、国際問題になりかねません。無礼は重々承知の上、ですが一刻を争うのです。どうか陛下に謁見を賜れないでしょうか」
「…証拠はあるのですか?」
槍はもう、二人を狙ってはいなかった。
「ここに。サザンフィートが第一王子、エルツィオ殿下から賜りました手紙にございます。本物かどうかは、紋章を調べて頂ければ分かります」
「お預かり致します。確認のため暫しここでお待ち下さい」
「畏まりました」
門番二人は頷くと、一人が手紙を持って城内へと消えていった。第一関門突破だ。ニノンを見れば、そっと肩を抱かれる。長旅に疲れた妻を労るような仕草に気恥ずかしくなるが、イヴは塩らしくニノンの肩に頭を預けた。
残された門番は憔悴して見えたのだろう二人を気遣い、温かいお茶を用意してくれた。現状はかなり上手くいっている。
「お待たせ致しました。時間が時間ですので陛下もお疲れですが、なんとかお時間を下さるそうです。私も立ち会わせていただきますが、ご理解下さい」
門番と共にやって来たのは、ルシルスティアの宰相だった。イヴが以前見たときより痩せて、色濃い疲労が浮かんでいた。しかも年はまだ四十半ばというのにその髪は真っ白。この時間にまだ王宮にいるほどだ、かなり苦労しているらしい。
「ご無理を言って申し訳ありません。恩情痛み入りますわ、宰相様」
イヴを見た宰相はその顔に笑みを浮かべた。それは、昔を懐かしむような温かいものだった。
「突然の婚約破棄に、家と絶縁したと聞いておりましたがお元気そうで何よりです。現在の婚約者であられるハルミヤ様とお会いする度に、イヴ様との婚約破棄を嘆いておりました」
「私は当時から何も出来ない小娘ですわ」
イヴの言葉に、宰相はゆっくりと首を振った。
「当時からとても視野が広く、聡明な方でした。我らルシルスティアの臣下に対しても丁寧に対応してくださり、国の内情にも気遣いのお言葉を頂きました。それに対してハルミヤ様は私どもを目下のものとして扱い、先日はサザンフィートの不況を理由に我が国への輸出食品の値段を上げるよう進言なさったそうで…お陰で我々は資金繰りに追われるばかりです」
王宮を案内しながら語られる内容にニノンがかなり慌ててしまった。この宰相の世間話が、イヴに対してだけだが、かなり政治色が強いのは昔からだ。
「そのようなこと、私どもに話してもよろしいのですか?駆け落ちしてきたとはいえ、サザンフィートの人間です」
「いいのですよ。ああ旦那様は、ご存知ないのですね。イヴ様はルシルスティアの恩人なのです」
「…大袈裟ですわ、と昔から申し上げているのに」
ニノンが少し不愉快そうにイヴを見た。話してなかったことを責めている目だ。もしくは、“しっかり顔覚えられてるじゃないか”だろう。
「以前我が国に大きな不作の年がありました。その際イヴ様が支援の提案をしてくださったお陰で、我が国では暴動も起こらず飢えによる死者も出ずに済んだのです」
「それは…王妃様がルシルスティアが取引先として重要だと判断したまでのこと。私の慈善活動のように仰るのは間違いですわ」
「いいえ、我が国が貧しいのは周知の事実。イヴ様の提案がなければ王妃様も国王陛下には掛け合わなかったでしょう。あの時のご恩を忘れまいと、あれからどれだけ財政が苦しくてもサザンフィートへの支払いを滞らせたことはありません」
それなのに、ここに来て値上げとは。
ポツリと呟かれた声にイヴは押し黙った。ニノンは眉尻を下げている。ジルノヴァ伯爵領でも不況が続き物価が上がっていたのは知っていたが、それが国全体で起きていたとは知らなかった。狭い箱庭暮らしの代償は情報の欠如だった。
「ハルミヤ様にとって我々は、財源の確保先か何かなのでしょう。値上げされれば、ルシルスティアはじきに立ち行かなくなります。ここまでお越しいただいたのに申し訳ありません。お二人を保護したいのですが、恐らく我々にその力はありません」
悲しげに微笑んだ宰相様は、謁見の間に続く扉を開けた。イヴとニノンは最上級の礼をとった。ニノンは平民だと思えないほど綺麗な礼をとっており、教えたイヴも誇らしい。
「頭を上げよ。今はプライベートだと思ってくれ、お二方」
声に従って顔を上げれば、記憶よりかなりやつれたルシルスティア国王――リュシス陛下が微笑んでいた。
「私に発言をお許し下さい、陛下」
「今は無礼講だ、好きに振る舞いなさい」
「では、お言葉に甘えて失礼致します。このような時間に訪ねた無礼、どうかお許し下さい。お分かりかと思いますが改めて、私はイヴ。隣はニノン、私の夫です。先にお伝えしたように私たちはサザンフィートから逃げて参りました。そこでお願いがあるのです」
リュシス陛下は、やはり宰相同様困ったように笑った。目元のクマが目立つのは訪ねたのが夜分だからではあるまい。陛下もかなりお疲れで、というのは紛れもない事実なのだ。
「保護をしてやりたいのは山々だが、もう宰相から聞いたのだろう?我らの現状を。ルシルスティアはじきに滅びるのだ」
「そうではないのです、陛下。保護を、というのもありますが私たちがお話ししたいのは別のことです」
陛下は訝しげに眉を寄せた。隣に控えた宰相もどういうことだと目を丸くしている。
「あとは私の方から説明申し上げますことをお許し下さい」
計画通りニノンが一歩前にでる。陛下が頷くのを見てからニノンは話し出した。そして予め髪からとっておいたナイツダイヤを取り出し、陛下や宰相に見えるように掲げた。
「私とイヴは新種の鉱石を発見いたしました。それがこの石です。ナイツダイヤ、ともうします」
「ただのガラス玉に見えるが…宰相、どう思う?」
「いえ、私にもそのように。ガラス玉、もしくは水晶かと…」
困惑気味にナイツダイヤを見つめる二人に、ニノンは笑った。
「では、そこのカーテンを開けて、明かりを消していただけますか?」
陛下は側にいた騎士に、従うように命じた。騎士は素早く動いて明かりを消し、カーテンを開け放つ。
すると、暗闇に包まれた謁見の間に一筋の月光が射し込む。
「なんと…」
「それは…」
陛下や宰相だけじゃない。その場にいた衛兵までもが目を奪われていた。ガラス玉と言われたその石が、淡い浅葱に光る様に。
「月光に反応して、淡く光る。これがナイツダイヤの特徴です」
「そ、それは一体…どこで?」
宰相の目が、ぎらりと欲に光った。陛下の表情も先ほどとは打ってかわって、ひどく真剣なものになっていた。
やっと狸が本性を出した、とイヴは苦い気分になる。
「ナイツダイヤはサザンフィートとの国境である山脈から採れるものです」
「陛下、すぐにでも開発を進めましょう!あれがあれば、すぐにこの国は豊かになりますぞ!」
興奮した宰相に、陛下が頷く――がニノンはそれを許さなかった。
「無駄ですよ、陛下。ナイツダイヤは私とイヴにしか作れませんから」
「な、どう言うことだ!鉱石ではないのか!?」
宰相の化けの皮が剥がれたのを、イヴは鼻白む気分で眺めた。
「鉱石ですよ、確かに。しかし、このようになるまでには加工が必要なのです。そして、その加工を施せるのは私とイヴの二人だけ」
「…加工を施さねば、どうなるのだ?」
「月光のもとに晒せば最後、閃光を放ち砕けます」
「なんと…」
宰相も陛下も顔を歪めた。横取りしようとしても無駄だ。
「そこで、取引をしませんか?」
「話せ」
不愉快そうに吐き捨てた陛下に、ニノンはピクリと眉を動かした。
「公領である山脈の一帯を私どもに下賜し、爵位を与えて下さい。その代わり、ナイツダイヤはルシルスティア王家とのみ取引致します」
「断れば、どうする?」
ニノンは不敵に笑った。宰相は顔が多少青ざめている。
「ナイツダイヤはサザンフィートに独占されるでしょう」
「さあ、陛下。ご決断下さい。私どもに爵位を与え保護するか、サザンフィートに売り渡すか。早くしなければ、宰相の出した伝令がサザンフィートに到着してしまいますわよ?」
イヴもニノンに並んで、笑う。王妃教育をなめないでいただきたい。追い詰められた権力者がどう動くかくらい、簡単に予測できる。
「…伝令を、至急呼び戻せ」
宰相は青い顔で飛び出していった。
「サザンフィートはなんと?」
「貴様を引き渡せば食品の値段を下げてやってもいい、だと」
「まあ、ずいぶん足を見られたものですね」
ぎろりと陛下に睨まれるが、睨みたいのはこっちだ。保護するふりをして売り渡そうなどと姑息な真似を。
「では貴様らには、あの山脈一帯を領地とする新しい侯爵位を与える。家名は――」
「ナイツストーン家、ですわ」
「よかろう。しかし、あの辺りはなにも無いぞ。ああ、それと…奴隷狩りには気を付けた方がいい」
要約すると、“加工法がわかれば奴隷にしてやる”だ。陛下の嘲笑に、ニノンのこめかみに青筋が浮くのを見た。イヴはさっさと契約書なり証明書なりを書かせて王宮を後にしようと決める。向かうのはもちろん、ナイツストーン侯爵領。
「あんのクソジジイども、友好的な態度は時間稼ぎかよ…僕、これからあんな野郎の仲間入りするの嫌だ」
「ニノンが言い出したのよ、爵位を賜るって」
「だって、爵位でもないとドケチ伯爵とは対峙できないでしょ」
でも、貴族になるのともうひとつ決定的に変わったことがある。イヴは侯爵位を賜ったことより、それが何よりも嬉しかった。
「頑張ってね、旦那様?」
ニノンは目を見開き、破顔する。
「あたりまえだよ、奥様」
「ねえ、貴方は聞きまして?」
「ええ、もちろんですわ。皆が口々に噂してますもの。かの侯爵夫妻がこの夜会に参加する、と」
今宵は国中の貴族や交流のある各国の外交官を招いて開かれた、ルシルスティア王家主催の夜会だ。そして、貴族たちの間ではこの夜会にかの侯爵――ナイツストーン侯爵夫妻が参加する、と専らの噂だった。
「なんでも侯爵位を賜ってから一年、社交界に一切顔を出さず信じがたい改革をなさってるとか」
「私は侯爵自ら商会を運営なさっていると聞きましたわ」
「奴隷制を禁止し取り締まっているといいますわ」
「それどころじゃありませんわよ。顔に奴隷の刻印が刻まれた男を側に置いているらしいじゃありませんの」
「まあ、奴隷を束ねて反乱でも起こす気なの?」
令嬢たちは顔を見合わせて、嫌悪感を露にした。その時、会場の明かりが一斉に落とされた。
「な、なんですの?」
「まさか襲撃じゃありませんわよね」
「こ、ここは王宮ですのよ!大丈夫ですわ」
すぐに給仕たちの手によってカーテンが開けられ、暗闇に包まれた会場に月光が射し込んだ。令嬢たちはほっと一息つく。だが、同時に響いた声にまた体を固くした。
「ナイツストーン侯爵、到着!」
ざわりと会場に動揺が走り、静寂が訪れる。会場の注目を一身に集めながら、彼らは入場した。
「…なんと」
呟いたのは誰だったか。それを皮切りに感嘆の声があちらこちらで溢れる。
「布が光っているわ」
「いや、服に着いている石だ」
「…なんて、綺麗なの」
先程までナイツストーン侯爵夫妻に嫌悪感を露にしていた令嬢たちも例外ではなかった。野蛮だと嘲笑っていたことを忘れるほど、彼らは美しかった。二人が二人とも美しい顔立ちに、空気に溶けてしまいそうなくらい透明感溢れる肌や色素の薄い髪。極めつけに淡く光る石がそれぞれの服に上品に散りばめられており、薄暗い会場で一際彼らを引き立てた。
ざわめきに包まれた会場をゆったりと見回した侯爵夫妻は微笑みを交わすと、優雅に礼をとった。
途端に静まり返った会場のどこかで、誰かがため息を漏らした。
「はあ…ナイツストーンの受注が殺到して、とてもじゃないけど対応しきれない」
「ナイツダイヤだってこの前の夜会でお披露目したばかりなのに、まさか各種ナイツストーンがそれほど人気だなんて予想外ね…」
受注請願書の束が机どころか床をも覆い尽くす書斎で、イヴとニノンはため息を溢した。
「だから言ったんだよ、ナイツストーンを売り出すのは後にしろって」
「だよなぁ」
「こればっかりはジュダの予想通りだったわね」
ジュダ、と呼ばれた男性はイヴと同じく、今年で20になるナイツストーン家の養子だ。本名はジュダレア=ナイツストーン。精悍な顔立ちのジュダだが、濡れ羽色の髪が隠す片頬には凄惨な火傷後が刻まれている。それは彼の辛い出自故だった。
「で、どうするんだよニノン?これ全部受けるわけにいかないだろ」
「そうねぇ、広告塔になりそうな他国の王族や高位貴族の方を優先しましょう」
「これ以上広告してどうすんだよ!」
「“希少な宝石を唯一作れるナイツストーン家”を知らしめるのよ。そうすればルシルスティア王家だって私たちに下手に手を出せないでしょう」
「それがいい」
ニノンが疲弊した顔で頷いた。そして机の山から一通の手紙をジュダに手渡す。
「『爵位下賜時の契約に基づきナイツストーンなる宝石もわが王家との独占的取引の対象物とせよ』
…なあ、これ破って捨てていいか?」
「是非そうして。ナイツストーンの販売を発表したら、それすぐ来たんだよ。信じられない、あのクソジジイども」
心得たと般若の形相でバリバリと手紙を破り捨てるジュダ。その横でイヴは冷たい笑みを浮かべた。
「王家ともあろうものが金の亡者に成り果てて、なんて愚かしいの?だから契約書にはちゃんとナイツダイヤと書いたのに」
「ほんとならナイツダイヤだって売りたくないってのにね。頭に来たから契約についての説明をした上で丁重にお断りの返事しといた。ついでに“我が領にはナイツストーン以外なにもないので重要な収入源なのです”って書いてね」
ナイツストーンとはナイツを冠する宝石の総称だ。ナイツを冠する、つまりナイツストーン加工を施した宝石はガラス玉とは異なり、宝石本来の色があるため複雑な色の七変化を見られるのだ。同じ種類の宝石でも色は個体によって少しずつ異なるため、ひとつとして同じものは出来ない。それらを加工して作った商品が何もないナイツストーン侯爵領の収入源になる予定なのだ。
「ま、何もないとはいえナイツダイヤ一粒で金貨500枚だろ?かなりの収入だよな。そこのところは問題ないのか?」
「あるわけないじゃない。王家はナイツダイヤを倍の値段で売りさばいてるのよ?」
「…貴族ってのは、クソ野郎の集まりだな」
「言っとくけどうちの養子になった時点でジュダも貴族だからね」
なお最悪だ、と吐き捨てるジュダにイヴは笑ってしまう。ジュダのそれが爵位を賜った後のニノンと同じ反応だからだ。血こそ繋がっていないものの、やはり家族ということなのだろう。
「それにまだ何か言ってくるようなら、ナイツダイヤの値上げか取引打ち切りでも匂わせればいいよ」
「さ、無駄話はここまでね。ニノンは受注書の選別を、ジュダは私とナイツストーンの製造にとりかからないと」
パン、と軽く手を打てばニノンの背がすっと伸びた。侯爵や商会長としてのお仕事モードだ。
「了解。とりあえず最初の依頼はマリンピア王家、ナイツトパーズのネックレスかな。他国へ嫁ぐ第一王女への贈り物だって。これは、ジュダやって」
「はいよ。ウェディングドレスに合わせるなら華奢なラインかな…」
先程とは打って変わって受注書を眺める顔は真剣で、しかしその紺青の瞳は爛々と輝いている。玩具を与えられた子供のような瞳にはもう完成形が見えているに違いない。ジュダはナイツストーン加工に関して天賦の才を持っているのだ。彼にかかればそれは美しいネックレスができるだろう。
「イヴは引き続きナイツダイヤをよろしく。今月中にあと三十件…って言われたけど、十件にしとこうか」
「それが妥当ね。希少性を押し出していきましょう」
持ち場に戻るため書斎を後にするジュダ。ニノンはちらりと扉に目をやると、そっとイヴを引き寄せた。イヴも喜んでニノンの胸に飛び込み、逞しい背に腕を回した。
「…これが落ち着いたら、しばらく休暇をとろう?そしたら朝はまた畑で野菜を取って、お昼は庭でお茶をしてさ」
「それに、この前やっと完成した露天風呂にも入りましょうね。夜はベッドから月を眺めるのがいいわ」
この屋敷を建てるにあたり、二人は並々ならぬ労力を費やした。ニノンの広大な畑や、四季折々の花が咲き乱れる庭。山脈から温泉を引いて作った屋内風呂と露天風呂。家具だって全て一級品を揃え、夫婦の寝室には大きな窓を設置して、毎日美しい月を眺められるようにした。
そんなこだわり抜いた屋敷で、日がな一日ニノンとのんびり過ごすのだ。それを想像しただけでイヴの胸は幸福でいっぱいになった。ニノンを見上げれば、愛しい浅葱が細められ穏やかな笑みが浮かぶ。
世界で一番好きな表情。
「愛してるわ」
「僕もだよ」
どちらともなく近づいた二つの影が重なる。
幼い天使に、溺れるほどの愛の歌を。
第一弾のテーマ≪依存≫でしたが、正確には共依存です。後半はかなり時間を吹っ飛ばしましたけど、ちゃんと共依存感出てましたかね?あとナイツダイヤだのナイツストーンだの、何いってるんでしょうね。説明を長々とすみませんでした。が、折角なので載せ損ねたものも含めて下に詳細(?)設定を載せてみます。
ちなみに短編第二弾は≪自己犠牲愛≫、第三弾は≪執着愛≫をテーマにナイツストーン家の愛を描いていく予定です。気が向いたら読んでみてください。…書けたら、ですけど。短編といいつつ長くなる予感です。
以下解説、設定。読めば分かる、もしくは謎が深まるような代物かもしれません。物理法則的に間違ってたら教えてください。
ナイツストーン加工とは、主に日光(月光)つまり白色光に含まれる光の成分をランダムに反射させるための加工。(反射される光の色によってころころと色が変わったように見える)
ナイツストーン加工をすればガラス玉でも他の宝石でも色の七変化が楽しめる。元々色のついた宝石に施すとガラス玉とは違って反射する色味が複雑に。(宝石の色、つまり元々反射される光の色と加工によってランダムに選ばれた反射する光の色が交ざることでその宝石独自の色の変化になる)
ナイツダイヤにナイツストーン加工を施すと日中の強い日光に晒されている間はガラス玉同様。月光のもとでは一定の色の要素を反射し続けることで閃光を放ち砕けるのを防げるため、常に淡い光を放ち続ける。
ナイツダイヤはジルノヴァ伯爵領に隣接する山脈(隣国ルシルスティアとの国境である山脈)でしか取れない新種の鉱石。採掘方法は決まっており、かつナイツストーン加工が施されてないと月光のもとで閃光を放ち砕ける。日中の強い日光のもとでは全ての光を透過するためガラス玉と同様無色透明。この閃光は全ての色の要素を含む月光(所謂白色光)に反応して起こるものであり、ナイツストーン加工を施すことで常に一定の色の要素をカットできるため閃光を放つことはない。また、砕けるのは閃光を放つことに石自体が耐えられないためであり、閃光を放たなければ砕けることはない。月光のもとで放つ淡い光は個体ごとに異なる。このナイツダイヤ自体が放つ光は特殊で加工による反射光の影響は受けない(打ち消す)ため夜の間は常に同じ色で淡く光る。
ルシルスティアはサザンフィートから山脈の向こう側にある国で国土は広いが山や湖が半分以上を占める。また、山脈に遮られて水分が届かず雨が降らない。そのため農作には灌漑設備が必要になるが、国全体が資金不足で未だ殆んど整備されていない。つまり、湖の周辺地域でしか農作は行われていない。陸路と水路が半々。国内の食糧自給率は低く特に名産はないため貿易赤字で貧乏な国。
こんな感じのイメージで書いてました。