トナカイのクリスマス
私は駅のロータリーで珈琲を持って佇んでいた。珈琲から出る湯気を息で押しやりながら少し口の端を上げて笑う。特に意味もないけれど買った珈琲が意外にも身も心も暖めて、私のはやる気持ちを抑えてくれていた。
今年は無事にホワイトクリスマスになった。一昨日くらいから激しく降っていた雪は丁度よく降り積もり、クリスマスの今日には弱まって粉雪のように舞っている。最高ね。この上なくいいクリスマス。まるで神が私のために与えてくれたような、そんな夜。いや、神が自分の誕生日を盛大に祝いたいだけなのかもしれない。それでもいい。私にはこの雪と降誕祭だけが関係するのだから。この聖なる夜に私が至高の仕上げをしてあげようじゃない。
私が設定した待ち合わせ場所には既に数人の女性が集まってうろついていた。揃いも揃って白くおめかししている。そんなに飾らなくても、これから綺麗になるのに。溜息をひとつついた私は右手を挙げて声をはりあげる。
「サンタ計画にご参加の方はこちらへ!」
サンタ計画。幾週前から私がSNSで呼びかけていた、クリスマスに衣装を貸し出してサンタになろうという企画だ。参加費も衣装も要らないとの呼び掛けには不安に思っていたようだが、主催者の私が女だから安心したようだ。なぁに、取って食いやしないわよ。ひとりひとり、SNSでの名前と確認を取っていく。計9人。ピッタリね。
「それではこれから、皆さんでサンタになります。SNSにあげるもよし、皆さんで比べ合うもよし、それぞれで楽しんでくださいね」
私の作り笑顔は案外聞くようだ。みんなはきゃあきゃあと騒いでいる。私のことを知っている子もいるようだ。そりゃあそうよ。私の顔は綺麗なのだから。
「それでは私に付いてきてください」
ロータリーの真ん中に移動して苦労してここまで運んできたバッグの中身を広げる。まず目隠しを取り出して皆に配る。
「皆さんには衣装を目隠しをして選んでもらいます。少しずつ違うのでね、お楽しみに」
それぞれが危うげに、でも楽しそうに近付いて衣装を取っていく。えぇあげるわ、その衣装は。モデルのこの私が総て撮影で使ったものよ。私にとっては嫌な記憶しか浮かばない、いわくつきのもの。こんないい品を用意してあげるなんてボランティアも大変よ。ばっかみたいだけど、仕方ない。
9人が目隠しをしたまま従順にも服を持って並んでいる。その表情からは幸せしか見えない。
私は声を張り上げる。
「それでは、いよいよこれから皆さんにはサンタになって貰います!」
私はジャケットの内ポケットからナイフを取り出した。通行人の何人かが悲鳴をあげる。元体操選手でよかったと私は思った。身を屈めたまま華麗な捌きで胸に突き刺していく。ロータリーに悲鳴が響き渡る。目隠しをして何が起こったのかほとんど分からないまま、9人の女性のサンタ服は紅く染まり倒れていった。
私は血塗れのナイフを舌に当てて笑う。これをやってみたかったのだ。そして私はあらんかぎりの声で叫ぶ。
「これで皆さん立派なサンタですよぉぉお!」
いいクリスマスだ。死にかけの身体に降り積もる雪は少しずつ紅く染まる。これもすべてがサンタ色。
私は笑いながら自分の服に仕込んでおいた発火剤に火をつける。私を押さえようと近付いた男達が後ずさる。
これでやっと、私はクリスマスを楽しむことができる。今まで振り回された人生とクリスマスには忘れてやる。
「そして私が......」
身体は焼けはじめていた。次第に皮膚がただれているのが見なくともよく分かった。全身から受ける想像以上の痛み。それでも私は幸福を感じていた。まだ、左手に握り締めたナイフにはまだ役目がある。私は自分の鼻にナイフを当てる。
私が。
サンタを連れていく赤鼻のトナカイよ。