マリアージュの場合 家族
今回は『家族』です。
マリアージュの家族に対する思いがでてきます。
あの娘から受け継いだ記憶の中で彼女は厳しすぎる先生でしか有りませんでした。
王家の行かず後家と噂される王妹です。
第三とはいえ王子に嫁するものになるため、ありとあらゆる礼儀作法を叩き込まれているマリアージュ。
おかしな事にマリアージュだけが厳しすぎる先生にあたったようです。他の王子たちにも婚約者はいるはずですのに。
第一王子の婚約者より厳しく躾られているマリアージュ。王宮内でも、出来の悪い娘と言われる所以です。しかし、記憶の中をさぐってみるも別段劣ってはいないよう。
もしかするとマリアージュの記憶ですから多少は自分を美化している可能性も一応考えには入れて起きましょう。
しかし、このように抱き起こされ水を自らの手で与えられるような親密さは無かったように思います。
自然と身体が強ばってきます。
「マリアージュ?」
「い、いえ。なんでもありません」
勝手に震える身体と絞り出すような声。
「マリア、何があったの?」
声をかけられはっとして、俯いていた顔をあげると美しい銀色の髪の持ち主が、震える両手を包むように握ってきます。
背中を黒髪の女性に支えられ、両手を銀髪の女性に包まれていては不用意な事はいえません。
「なんでもありません。ご心配をお掛けして申し訳なく思います」
言葉はすらすら出てきました。これがいつもの彼女なのでしょう。二人とも、すっと離れてくださいました。
一人にして欲しいといえば、侍女を残し二人は部屋を出ていきました。
この娘は記憶にありますね。学園にもついてきていた者です。たぶんこの身体の持ち主より年上なのでしょう。落ち着いた感じで好感が持てます。先程の二人より……
「ユリア、私はどうなっていたのかしら。記憶があやふやなのだけれども。寮の部屋にいたはずですわよね?ここはどこなの?」
「マリアージュ様。覚えてらっしゃらないのですか?午後、部屋に戻られて疲れたからと着替えて眠られたあと、高熱を出されて……」
「そう。覚えてないわ。それにこちらはどこかしら」
「王都の公爵邸ですわ。見覚えはございませんか?」
「全く見覚えはないわ。仕方ないわね、こちらには殆ど滞在したことがないのですもの」
あの娘の記憶にも全くないわね。王宮の方にいた記憶ならあるのに。
おかしな事ね。自分の家の記憶がなくて、よそ様の所に住まわせられていたなんて。
「ユリア、お父様が帰られたら相談があるので時間を取ってもらえるようにお願いしておいて」
「旦那さまにですか?」
「ええ」
「わかりました。夕食の前に連絡を入れておきます」
「それにしても寮の部屋で熱が出ただけで何故、屋敷に戻ってるの?」
考えただけのつもりが言葉に出てしまったようです。
ユリアがびっくりしたように此方を見てきます。
「お嬢様? 五日も意識がなく寝込んでらっしゃったのですよ」
ユリアがいうには気分が悪いと休んだあと、高熱が三日続き、熱が下がっても意識が全く戻らなかったため、屋敷に帰されたらしい。すでに熱が下がっていると言うこともあり、医師がつきっきりに部屋に滞在するのにも寮より自宅が良かったらしい。ええ、女子寮に男性がずっといるのは医師とはいえ不味いことですわ。他家のお嬢様の為にも移動は必要な事だったのでしょう。
五日も寝込んでいたのね。どおりで手足が怠いはずだわ。力も入らないし、喉も渇いていたのね。
ユリアに食欲のないことを伝えると、夕食はこちらに用意しますと告げられました。
そして失礼しますと部屋を出ていきました。
ふぅ。
私はマリアージュ、マリアージュ……
でも、本当のマリアージュはもう亡くなってしまっているのよ。
どれだけ生きていけるのかは分からないけれど、とりあえずこの身体で頑張りましょう。
マリアージュの記憶で楽しい思い出は本当に幼い頃しか無いことに驚きます。領地の屋敷、小さな教会、庭山……
記憶の中でマリアージュは笑っています。
しかし、彼女のまわりに両親らしき人がいた記憶がありません。
誰かに手を引いてもらったような記憶はあるのですが、それが両親かどうかわからないのが寂しいですね。
こうしてみると、逃げ出した輪廻の中でも私は幸せだったのだと思います。両親にも弟にも愛されていたと思うから。恋もしましたし。たとえそれが悲恋とはいえ、幸せも感じていたのは間違いはないのですもの。
「マリアージュ様。旦那さまが帰ってこられました。話があるなら、こちらにいらっしゃるそうです」
「ありがとう。お父様にこちらへお願いして」
ベッドから降りて用意しようとしましたが、ええ身体はまともに動きません。きちんとした格好は諦めましょう。
ユリアがカーディガンを肩に掛けてくれたので、そのままベッドに起き上がった姿で父親を待つことにしました。
「マリアージュ、身体はどうかね」
「おかえりなさいませ、お父様。少しふらつきますが、良いように思います」
「そうか……話があると聞いたが……」
ユリアが椅子をベッドのほとりに用意してくれましたので、まず椅子をすすめます。落ち着いて話を聞いて欲しいので。
父親が椅子に座りこちらを見つめます。
ふぅ。
「お父様、ディアン様との婚約を取り止める事はできますか?」
「婚約を取り止める?いきなり何をいうのだ」
「このままでは公爵家の名に泥を塗る事になりそうなのです。婚約を取り止めて私が修道院に入れば、家の名には傷はつかないと思われます。ちょうどこのように病を得ましたので、良い理由にはなると思うのです」
「待て、公爵家の名に泥とはどういう事なのだ」
「今、殿下には思う人ができていらっしゃいます。わたくしはどうでも良かったのですが、派閥のものがその方に嫌がらせをしているのですわ。止めるように言ったのですが聞き入れて貰えず勝手に動くのです。うまく人が使えず申し訳なく思います」
「諌めたのであろう?問題は無いのではないか」
「無理ですね。殿下にも既に知られているようですわ。そのよいうな事を聞きましたもの。公爵令嬢が人を使って虐めをするのはいかがなものかと。彼女たちもいざとなればわたくしの命令だというのでは無いかしら。もしくはわたくしの為にやったのだと」
「そうか。だが別に構わないなら気にする事ではないだろう」
「もう嫌なのです。お父様にもお母様にも申し訳なく思いますし、後継ぎのアンナリージュにも迷惑を掛けるわけにはいきませんわ」
「それではお前はどうするつもりだ」
「領地の修道院に入ろうと思います。こちらでは休まりませんし、アンナリージュも王都にいるのなら、わたくしはなるべく遠くにいる方がいいでしょう」
「なぜ修道院なのだ」
「婚約破棄をしたものに申し込む馬鹿はいらっしゃいませんよ」
「何のために今まで頑張って来たんだ」
「申し訳なく思います。ですが、わたくしももう疲れたのです。最後だと思って聞いてくださいますか?この髪もこの瞳もこの家には相応しくないのでしょう?もう頑張るのにも疲れたのです。陰で嘲りを受けるのも、人から指を指されるのも疲れたのです。何の為にわたくしは虐め続けられなければならないのです?わたくしが何をしたというのです?もう安らかに生きたいのです。お願いです、領地で……」
ばしんっ!!
頬を叩かれました。
「何をお前は言っている……のだ……」
はぁ……頬が痛いです。
「何を?わたくしが常に言われ続けている事ですわ。十の時からですから、もう六年以上かしら」
「お前は誰に……」
「誰に?そうですね……下働きから騎士の方々、そうそう殿下方にもそう言われておりますが?何か?」
「いつからだ……」
「ですから、王宮に捨てられた時からですが?」
「私は聞いておらんっ」
「お父様はこの国の重鎮ではございませんか。いまさら何を。大丈夫ですわ。皆がいうにはきちんとした跡取りがいるのだから心配は無いそうですわ。良かったですわね」
青い顔をした父親は部屋から出ていきました。
言いたいことを言ったので気分は晴れましたが……頬も腫れてきました。痛いですわ。
次回は『事実無根』です。
色々話が交錯しています。
誤字脱字は後程なおします。