木の実拾いと夕食
温泉木札を購入した帰りに、木の実拾いを行う。
いつも、ウラガンが探している場所へ採りに行った。
『この辺は、俺様が拾いつくしたというか。あまり、落ちていない――』
「あった!」
『は?』
ユマラは草木をかき分け、次々と木の実を拾っていく。
『おい! なぜ、木の実はどこにある!?』
「簡単だよ、ウラガン。木の実を生らす、樹の下を探すだけだから」
『どれが木の実の生える樹なのだ』
「あれと、あれとあれ。葉っぱがギザギザしているから、わかりやすいでしょ?」
『なるほどな』
「じゃあ、どちらがたくさん木の実を拾えるか、勝負ね」
『望むところだ!』
ユマラとウラガンは、競うように木の実集めをしている。
その様子を、エアハルトはぼんやりと眺めていた。
一時間後、各々集めた木の実を地面に広げる。
「大賢者様、ウラガンと私、どっちがたくさん採れてますか?」
『俺様だろう?』
「ええ、なんで俺に聞くの?」
「公正な判断をしていただくために」
ざっと見ても、各々百個以上集めているように見えた。
『コツさえわかれば、木の実を集めることなどたやすいことよ』
「これだけあったら、いろいろな物が買えるね!」
二人が集めた分は、瓶四本分ほどである。
『それで、大賢者よ。俺様と狐獣人の娘と、どちらが勝っているのか?』
「同じくらいじゃない?」
『そんなわけあるか!』
「数えてみましょうよ」
「面倒くさい……」
ユマラが木の実を数えようとしたが、尖った三角の耳がピンと立つ。尻尾も警戒するようにゆらゆらと揺れていた。
少し離れた場所よりガサガサと葉が重なり合うような物音が聞こえていたのだ。
「どうしたの?」
「だ、大賢者様、何かが、近付いてきています!」
「魔物?」
「わかりません」
エアハルトは立ち上がり、杖を構える。
ユマラとウラガンはエアハルトを盾にするように、背後へと隠れた。
ガサリと、草木の間から顔を出したのは――茶色い兎だった。
「魔物じゃない?」
「ま、魔物じゃないですが~~デカい!!」
大森林の兎は、全長一メトルほどの巨大兎だった。
魔力が豊かな森は、野生動物を大きく育ててしまうらしい。
巨大兎の主な食料は木の実のようで、ユマラとウラガンが発見した木の実めがけて大跳躍してくる。
『おい、それは俺様の木の実だ!! やめろ~~!!』
果敢にも、十センチほどの小さなウラガンは、拳を突き出して巨大兎へ飛びかかる。
拳は巨大兎の額に当たったものの、微々たる力だったので体ごと撥ね返されてしまった。
『あ~れ~』
「ウラガーン!!」
ウラガンの散り行く姿に、ユマラは叫んでしまう。
飛んできたウラガンの体を、エアハルトが見事に掴んだが――すぐにその場にぺいっと捨てていた。
『酷っ!!』
地面に叩きつけられたウラガンを、ユマラが優しく拾う。
「ウラガン、大丈夫?」
『傷ついた。心が』
ウラガンの攻撃で行動を中断させた巨大兎だったが、二度目の接近を試みる。
低い姿勢を取り、大跳躍したが――。
「させるわけないでしょう?」
エアハルトは杖を突き出すように掲げる。すると、魔法陣が浮かび上がった。
巨大兎は目標の木の実の山に近づく前に、氷の槍に貫かれた。
これは氷系の中級魔法である氷の槍である。
「大賢者様、素晴らしいです! 相変わらず、見事な魔法で!」
ユマラはエアハルトの鮮やかな戦いぶりに、拍手を送った。
「べ、別に、大したことじゃなけれど」
若い女性に褒められ慣れていないエアハルトは、顔を背けてぶっきらぼうな反応をする。
しかし、ユマラのほうを向いている耳は真っ赤だった。
優しい彼女は、見ない振りをしてくれた。
『お、終わったか?』
「終わったよ」
ウラガンはユマラの服の中に逃げ込んでいたようだ。胸元から、ひょっこりと顔を出す。
それを目の当たりにしたエアハルトは、目を剥いた。
「何してんの、この鼠は?」
そう言うや否や、ウラガンの体をむんずと掴んで地面に叩きつけるように捨てた。
『本日二回目っ!!』
今度は草の上だったので、大した衝撃ではなかったようだ。
「ばかじゃないの?」
『安全な場所が、狐獣人の娘の服の中しかなかったんだ! 仕方がないだろう!』
「女性の服に入るなんて、変態だから」
『なんだと? そういうことを考えるほうが変態なのだ!』
「なんだって!?」
双方睨み合い、不穏な雰囲気となる。ユマラは二人の間に割って入った。
「まあまあ」
「まあまあって……君は、こういうことされて平気なの?」
「平気というか、小さな鼠のしたことですし」
「こいつは鼠じゃない!!」
エアハルトはウラガンをビシッと指差したが、何も言わずにぐっと唇を噛む。
『んん? なんだ? 俺様の正体、言ってみろよ。そうすれば、元の姿に戻れる』
どうやら、ウラガンは真なる姿があるようで、正体を口にしたら魔法が解けるようにまっているようだ。
不仲にしか見えない二人の間には、いろいろあったらしい。ユマラには、それが何かということは想像すらできない。
バチバチと火花が飛び散るような睨み合いをしていたが、ユマラが待ったをかける。
「え~っと、先ほどの件は、そうだ!」
ユマラはウラガンを手のひらに置き、目線を同じにした状態で話しかけた。
「私のことは、狐獣人の娘ではなく、ユマラと呼んでくれる? そうしたら、許してあげるよ」
『は!?』
「狐獣人の娘じゃなくて、私はユマラ」
『いや、わかっているが、俺様が名を呼ぶということの意味を、わかっているのか?』
「?」
首を傾げるユマラに、エアハルトが解説する。
「名は、その人の存在を確かにする大切なものなんだ。名前一つで、支配したり、されたりする可能性がある」
だから、ウラガンは気安く他人の名を呼ばない。
力が万全でない状態ならば、支配される可能性があるからだ。
「支配なんかしないよ。だって、私達、お友達でしょう?」
『まだ、承諾したつもりはないが』
「だったら、今から、お友達になろう」
「止めるんだ。そいつは善良な生き物ではない」
「どうしてですか?」
ユマラはきょとんとした表情で、エアハルトに問いかける。
「ウラガンは悪いことはしていません。大賢者様のために一生懸命木の実を集めたり、私にいろいろ教えてくれたり、いい子です」
「それは……契約で縛ってあるから、悪さができないからで……」
「私は自分が見て、感じたことのみを信じています」
ユマラの主張を聞いていたウラガンは、円らな目からポロポロと涙を流す。
『お、お前……良い奴……! わかった。そこまで言うのならば、友達に、なってやろう――ユマラ』
「わっ、名前、呼んでくれた!」
『当たり前だろう。友達なのだから』
「ありがとう、ウラガン!」
ユマラの手と、ウラガンの小さな手は握手を交わす。
その様子を見ていたエアハルトは、面白くさなそうに目を細めていた。
◇◇◇
巨大兎は血抜きして神殿に持ち帰った。
さっそく、エアハルトの夕食を作るために解体に取りかかる。
熟成魔法の魔法陣の上に置いてもらい、魔法をかけた。
「――熟成せよ!」
さすれば、魔法陣が光って巨大兎の熟成が完了された。
「今のが、家事魔法?」
「そうです」
「ふうん。不思議だね」
エアハルトの国では、生活を送るのに直接魔法は使わないようだ。
「魔道具が普及しているからね」
「魔道具、ですか」
魔道具とは魔法の力がある道具のことで、魔石を動力源として使う。
「食材を冷やす冷蔵庫だったり、移動に使う魔石車だったり」
「う~ん、想像できません」
森暮らしをするユマラには、まったくの無縁の物だった。
ここで、ユマラのお腹がぐうっと鳴った。
「す、すみません、夕食、作りますね」
「うん。そうしなよ」
ユマラは包丁を手に取り、切れ味を増すよう付加魔法をかけた。
そして、下腹部から刃を入れて、内臓を桶に出す。大きな個体なので、どこの部位も大きい。
「ウッ!」
エアハルトは口元を押さえ、巨大兎から視線を逸らす。
「大賢者様?」
「ごめん……あとはよろしく」
「はい?」
エアハルトは青い顔で、台所から去って行く。
入れ替わるように、ウラガンがやって来た。
『大賢者の奴、どうしたんだ?』
「さあ?」
初めて見た動物の解体に、具合を悪くしていたなど、二人は知る由もない。
ユマラは黙々と、解体を進める。剥いだ毛皮は、エアハルトの毛布を作る予定だ。
肉は頭部を切り落とし、モモ、背中、胴、肩とわける。
まず、骨はスープの出汁にした。沸騰すると、灰汁がぶくぶくと大量に出る。
『ユマラ、何か手伝うことあるか?』
「ありがとう! じゃあ、この鍋の灰汁を掬ってくれる?」
ウラガンは手渡されたおたまを、槍のように構えて作業に取りかかった。
モモ肉は葡萄酒に数分浸けて臭み消しをしたあと、塩胡椒で下味を付け、表面に溶かしバターを塗っておく。
続いて、昨日作ったパンでパン粉を作った。とは言っても、千切って魔法で乾燥させただけだ。それを、乳鉢で擂って細かくし、先ほどのモモ肉にまぶして揚げた。
スープには細かく切った背中肉を入れ、臭み消しに薬草を入れる。
料理はこれで完成だ。
「大賢者様、おまたせしました」
食卓の上に、料理を並べる。ドン! と中心に置いたのは、兎肉フライだ。
二品目は、兎肉のスープである。それに、昨日のパンを添えた。
「どうぞ召し上がってください」
「君も、一緒に食べよう」
「そんな、私は……」
ブンブンと手を振り、首を振っていたが、説明している間もユマラのお腹がぐうぐう鳴っていたのだ。気の毒になったので、誘ってくれたのだろう。
『いいから一緒に食え。この男はそういうのは、気にしないから』
「う……だったら」
お言葉に甘えて、ユマラも夕食の時間とする。
「では、いただきます!」
食前の祈りを捧げ、食事にありつく。まずエアハルトが、兎のフライをナイフで切り分けて食べた。
「――ん!?」
ぼんやりしていた目が、パッと見開いた。
「何コレ。衣がサクサクで、お肉がやわらかい!」
熟成魔法の成果だろう。
「なんでだろう。兎肉って淡白なのに、噛んだら油がジュワっと出てきて、すごくジューシーだ」
「わっ、本当ですね。おいしい……。大森林の恵みかもしれませんね」
ユマラの村でも、よく兎を食べていた。肉はパサパサで、肉汁なんてほとんどなかった。
だが、大森林の巨大兎は脂が乗っていて、非常に美味だった。
「スープも、出汁が……深い……」
油の甘さがスープに染み込んでいて、味わいを豊かにしていた。塩と胡椒、薬草しか使っていないのに、非常に品のあるスープになっていたのだ。
「素材の味の大勝利ですね」
二人は巨大兎に舌鼓を打つ。
大満足の夕食だった。