ふかふかお布団がほしい!
「――寒っ!!」
朝。ユマラは寒気を感じて目を覚ます。
暖炉の中の焚火は消えて、炭しか残っていなかった。
今まで育った森は暖かく、雪は見たことはない。
寝所として選んだ部屋は広く、どこからか隙間風が吹いている。
「ううっ……」
自分の尻尾で暖を取ろうと思ったが、毛皮の表面すらヒヤリとしていた。残念なことに、あまり温かくない。
大賢者エアハルトが拠点としている神殿は石造りで、人が暮らすような環境ではないように思える。
寝台と思わしき物ですら、石だった。
神官服を何枚も敷いて寝たが、寒い上に体のあちらこちらが痛んでいた。
とりあえず、寝間着代わりにしていた神官服を脱ぎ、新しいものに着替えた。
部屋にある樽から水を掬い、顔を洗った。
「つ、冷たっ……!」
手ぬぐいなどもないので、寝間着にしていた神官服で顔を拭った。
髪を梳る櫛どころか、鏡すらない。
ないない尽くしであったが、一番大事な命はある。
ユマラは死に脅かされないこの場にいられることを感謝した。
ここで、ウラガンがユマラの寝室へとやって来る。
『おい、眠れたか――うわっ!』
「ウラガン、いいところに!」
ユマラは駆け寄り、手のひらに収まる大きさのウラガンを持ち上げ、頬ずりする。
『なっ、何をするのだ!』
「暖を取ろうと思ったけれど、温かくない?」
『当たり前だ! 俺様はりゅ……、りゅ……クソ、言えん!』
何か、呪いのようなものがウラガンにかかっているようだった。
とりあえず、普通の鼠ではないので、温もりは期待できないことが発覚した。
『それはそうと、狐獣人の娘よ。俺様と契約しないか?』
「契約?」
『そうだ。絶大な力を得ることができるぞ』
ウラガンは短い手を広げ、ユマラに契約はどうかと話を持ちかけたが――。
「いや、いらない」
『なんだと? なぜだ?』
「それよりも、私と友達にならない?」
『は?』
「私、友達がいなくて」
ウラガンはいるかと聞かれ、そっぽ向く。どうやら、友達はいないようだ。
「友達になるほうが、契約するより絶対楽しいから」
『そ、そうなのか?』
「そうそう!」
『トモダチとは、具体的に、何をする? 世界征服か? それとも、世界滅亡か?』
「そんなことしないよ。一緒に遊んだり、夜更かししてお喋りしたり」
『それが、トモダチなのか?』
「そう!」
ウラガンは腕を組み、眉間に皺を寄せている。ユマラと友達になるか、考えているようだ。
「お願い! 答えを出すのは、今じゃなくてもいいから」
『まあ、そうだな。考えておく』
「よろしくね」
『う、うむ』
ほっこりしていたのも束の間。ユマラはぶるりと震えながら叫んだ。
「っていうか、ここ、寒すぎるんだけど! そういえば、大賢者様はどうしているの?」
石の寝台の上で、震えているとしたら可哀想だ。
『いや、奴は炎魔法で寒くないようにしている』
「さすが、大賢者様だ!」
『お主は、そういったことはできないのか?』
「私が得意なのは、家事魔法だから」
家事魔法とは、包丁を鋭くしたり、肉を柔らかくしたりと、物に力を与える付加と呼ばれる魔法だ。
「暮らしに基づいた魔法は使えるけれど、部屋を継続的に暖める魔法は使えないんだよね」
暖房代わりに魔法を展開させることは、相当の技術がいる。
『お前が寒がっていた間、あの男はぬくぬくと眠っていたぞ』
「そ、そうなんだ」
『だが安心しろ、奴は寝床の寝心地が悪くて、腰が痛いと言っているぞ』
「大賢者様、お爺ちゃんみたい……」
大賢者エアハルトの年頃は二十歳前後か。様子から、若さはあまり感じられない。
「もしかして、大賢者様って千年の時を生きる! みたいな感じとか?」
『いや、奴は十八歳だと言っていた』
「あれ、意外と年が近いかも」
ユマラ・タル、十六歳。エアハルト・アイクシュテット・ローデルハイド。二人は二歳の年の差であった。
ここで、話は寝具についてに戻る。
「石のお布団って、なんだか体を悪くしそう」
『人間って大変だな』
暖かい布団は生活に欠かせない。
「布団……どこに行ったらあるのかな。神殿にはなさそうだったし」
神官服は豊富にあったが、布団の類はなかったのだ。
「えっと、ちょっと大賢者様のもとに行ってくる!」
『止めといたほうが良いと思うが――まあ、好きにしろ』
大賢者エアハルトの私室は、ユマラの部屋から離れた場所にある。
白い息を吐きながら、移動した。
「大賢者様、おはようございます」
扉の外から声をかけたが、返事はない。
「もしかして、倒れているのかも!」
そう言って、ユマラは部屋に押し入る。
「――あ!」
上半身は落ち、下半身だけ寝台の上という妙な体勢でエアハルトは眠っていた。
寝台には何も敷かずに、ただの石の上で眠っていたようだ。
「だ、大賢者様、なぜ、このような恰好を……? それに、痛くないのですか?」
「ん?」
ここで、エアハルトはパチリと目を覚ました。が、部屋にいたユマラを見てぎょっとした表情となる。
「うわあ! ……えっ、な、なんで君が、ここに!?」
「すみません。お返事がなかったので、倒れているかと」
「眠っていただけだよ!」
「その恰好で?」
「……うん」
「痛くないですか?」
「かなり痛い」
エアハルトは一度床の上に落ちてから、ゆっくりと起き上がる。そして、盛大なため息を吐いた。
「大賢者様、ここって、お布団はないですよね?」
「ない」
ウラガンの言っていた通り、部屋は魔法で温度調節をされているようで暖かい。
しかし、布団がなくてはゆっくり眠れないだろうと、ユマラは指摘する。
「そうだけど……布団なんて、どこにあるのか」
『買えばいいじゃないか。ドワーフの行商が一日一回やって来るぞ。ここは、朝だ。もしかしたら、布団もあるかもしれん』
「昨日ウラガンが言っていた、物々交換のお店だね」
『そうだ』
ドワーフ族の行商『オアシス』。なんでも屋で、さまざまな品を売り歩いている。
『もうそろそろ来る時間――』
ここで、タイミング良くカランカランと、神殿内に鐘が鳴り響く。
『おっ、来たな。紹介するからついて来い』
「了解!」
ウラガンはテッテと駆けて行く。
「大賢者様も行きましょう!」
「な、なんで僕まで……」
エアハルトは問答無用でユマラに手を引かれ、部屋から出る。
「なっ、ええ!?」
「走りますよ!」
「なんで?」
ユマラはエアハルトと手を繋いで、ウラガンのあとを追った。
『こっちだぞ!』
辿り着いた先は台所。
まず、棚から瓶を取り出した。ウラガンの体よりも大きな瓶の中には、木の実が詰まっている。これで、取引をするようだ。
ウラガンは棚から瓶を蹴落とす。
「えっ、危なっ!」
しかし、瓶は丈夫なようで、割れなかった。
『これは、引っ越してきた時にドワーフの行商からもらった、何があっても割れない瓶だ』
「へえ~~! すごい便利」
ウラガンは瓶の上に乗り、玉乗りのように転がしながら持って行く。ユマラとエアハルトも小走りであとを追う。。
『ちなみに、これが全財産だ』
木の実五個で、卵一個と交換、木の実十個で、小麦粉一袋と交換――などと、相場を聞く。
話をしながら神殿の外に出る。ヒヤリと冷たい風が吹いていた。空まで緑に覆われた森の中は、霧に包まれて厳かな雰囲気になっている。昼間見た、温かな様子とは大きく異なっていた。
しかし、景色に感動している場合ではない。神官服では寒くて、凍えそうだった。
「ねえ」
「……」
「ねえってば!」
「あ、すみません。私を呼んでいたのですね」
「他に、誰がいるの?」
「ウ、ウラガンとか?」
エアハルトは盛大なため息を吐く。
「えっと、ご用件は?」
「手!」
「手?」
「離して」
「あ、すみません」
ユマラはエアハルトの手を握ったままだったのだ。
心なしかエアハルトの頬が赤く見えるのは、朝日のせいだろう。
「っていうか、大賢者様、色白ですね!」
「は?」
「すみません、なんでもないです」
肌の手入れ方法を聞きたかったが、きっと何もしていないだろう。綺麗な人は、みんなそんな風に言うのだ。ユマラはそう思う。
エアハルトと話をしているうちに、先ほど聞こえたカランカランという音がだんだんと大きくなる。
しだいに、姿も見えてきた。
「うわっ、何あれ!?」
「あれは、大芋虫。広い大森林の中を走り回る、使役虫」
「へえ~」
エアハルトが巨大芋虫について解説をしてくれる。
「蝶にはならずに、ずっと芋虫のままなんだ」
「不思議な生き物ですね~」
巨大な紫色の芋虫が近付いてきている。背後には、荷車のような物も見えた。
大芋虫の上に乗っているのは、手綱を握った髭ズラの小さなおじさんである。大きさは、ユマラの膝丈くらいしかない。
「あれが、ドワーフ族か~。初めて見た」
『この辺りじゃ珍しくないみたいだけどな』
ドワーフ族は手先が器用な一族で、刀匠や大工、家具職人など、手仕事を得意とする。
大森林の南部に、集落があるらしい。
行商『オアシス』は、ドワーフが作った品物や、物々交換で得た物を販売する店なのだ。
ほどなくして、神殿の前に行商が到着した。
「わわっ!」
大芋虫は見上げるほどに大きい。全長は五メートル以上ある。しかも、進む速度は速かった。
ウラガンがドワーフに『よお!』と挨拶していた。ユマラも頭を下げる。
『こいつ、使役妖精のユマラだ』
「どうぞ、よろしくお願いいたします!」
一応、妖精として召喚されたので、情報は修正しないでおいた。エアハルトも何も言わない。
ドワーフは無口なようで、軽く手を上げるばかりであった。
『こいつ、布団が欲しいらしい。持っているか?』
ドワーフはコクリと頷いた。巨大芋虫から跳び下りて、荷車のほうへと走って行く。
すぐにドワーフは布団を持って戻ってきた。
「わあ、布団だ!」
触れてもいいらしく、ドワーフはユマラに布団を差し出した。
「すごい……ふわふわ」
『雪綿を使っている。だから、ふわふわ』
「わっ、喋った!」
今まで声を発することがなかったドワーフだったが、きちんと商品の説明をしてくれた。
「手触りは申し分ないし、ふわふわで寝心地も良さそう! でも……」
お高いんでしょうと、ユマラは尋ねる。
『そこの鼠が持つ木の実だったら、瓶に十個必要』
「ええっ!?」
全財産はひと瓶の木の実だけだ。布団は買えない。
「ねえ、諦めよう。俺は布団がなくても、生きていける」
「ダメです! 布団は必要です!」
「でも、買えないから、どうするの? 木の実、集めるの?」
今の時季は木の実も少ない。ひと瓶の木の実は、ウラガンが一日中森を探し回ってであった。
他の物でも交換できるが、調味料や小麦粉は生活に必要な物である。手放すわけにはいかなかった。
「だったら――あ! 藁とかありますか?」
『……ある』
ドワーフの持って来た藁の束は、結構なボリュームがあった。
藁の束は木の実三個と交換である。十束ほど購入した。
手を振って、行商人のドワーフと別れる。
皆で、購入した藁をユマラの私室へ運ぶ。
「ねえ、この藁をどうするの?」
「布団を作るのですよ!」
まず、藁を乾燥させる。ユマラ得意の家事魔法を使った。
今回は乾燥させる量が多いので、魔法陣を床に描く。その上に藁を置き、魔法を発動させた。
「乾燥せよ!」
すると藁の中の水分が飛んで、ふんわりと膨らんだ。
「で、この藁を、寝台の上に置きます」
藁を五個分、寝台の上に置いた。その上から、神官服を重ねて敷いた。
「これで、藁布団の完成です!」
エアハルトは驚く。
「まさか、藁で布団を作るなんて……」
その言葉に、ユマラは苦笑する。彼女は年がら年中、藁の布団で眠っていたのだ。
布団など、高級品を使っている者は裕福な村長一家くらいである。
「大賢者様、眠ってみてください」
「チクチクしないの?」
「しませんよ」
ユマラはエアハルトの背中を押して、布団に眠るよう勧めた。
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
エアハルトは寝台に腰かけたら、目を見開いた。
「すごい、ふわふわだ」
「でしょう?」
そのまま、エアハルトは寝そべり、ボソリと呟いた。
「案外、寝心地がいい……。チクチクもしないし。それから、太陽の匂いがする」
藁は太陽の光を受け、黄金色に染まった物である。乾燥させたあとの匂いは、ユマラも好きだった。
太陽の匂いが好きと聞き、ユマラは少しだけエアハルトに親近感を覚えるようになった。
「藁が布団って変だと思ったけれど、いいかも」
「ですよね!」
その後、ユマラは神官服を解いて、シーツを作った。
エアハルトの寝台は、見栄えする物となる。
「まさか、布団で眠れるなんて……」
「布団だけじゃないですよ!」
そう言ってユマラが手に取ったのは、神官服とホロホロ鳥の羽毛で作った羽根布団だ。
「これ、昨日大賢者様が倒したホロホロ鳥で作りました」
「そうなんだ……って、すごい! これも、ふわふわ!」
「羽毛は暖かいんですよ」
ホロホロ鳥の羽毛は柔らかく、量もたくさん取れた。そのため、二人分の羽根布団が作れたのだ。
「これを被って、寝てくださいね!」
「あ、ありがとう」
こうして、二人は手作りの布団を得た。