大森林の村
レティーシアの案内で、近くにあるむら村を目指す。
「って、いつになったら近くにある村に到着するの?」
ここは大森林。近い場所が、10分や15分の移動でたどり着くわけがないのだ。
移動する間に、太陽の位置も高くなる。
「ユマラ、そろそろ昼食の時間なんじゃない?」
「ええ、そうですが、エアハルトさんは食べないんですよね?」
魔族との合いの子であるエアハルトは、食事は三食食べなくても問題ない。しかし、それではユマラも食べにくいだろうと思って、付き合うことにした。
そんなエアハルトを見ていたウラガンは、しみじみと言う。
『お前も、人に合わせるということを、覚えたんだな』
「まあ、ユマラも特別だし」
『ヒューヒュー!』
「うるさい」
湖を発見したので、そこで休むことにした。
ユマラは木の枝を集め、魔法剣を使って着火させた。
「火炎弾!」
集めた枝は一瞬にして、炭と化す。
「うわっ、失敗しました」
「魔法剣は強力な対魔物の能力だからね」
「練習の一環で使ってみたかったのですが……」
やはり、日常生活に魔法を使うならばユマラがいつも使う家事魔法が一番のようだ。
改めて、木の枝を集め、火をつける。
「着火せよ!」
今度はほどよい大きさの炎が生まれた。
「ユマラ、それ、家事魔法だっけ?」
「はい!」
「魔力制御は完璧だね」
「これは、こういう魔法なのですよ」
「こういう魔法?」
「はい。元々は、奴隷のための魔法なんです」
「え、何それ」
家事魔法は元々奴隷が家事を行う際に、必要最低限の魔法を使わせるためのものだったとか。
それが世界に広まり、一般家庭でも使われるようになった。
起源を知る者は、使うのを躊躇うという。
「そうだったんだ。知らなかった。なんか、ごめん」
「いえいえ。今、こうして役立っていますし。一から火を熾すのは大変ですから」
「そっか」
ユマラは昼食の準備を進める。
オイル漬けにしたキノコを切ったパンに載せ、乾燥させた香草をふりかけたら完成だ。
「エアハルトさんも、どうぞ」
「ありがとう」
レティーシアとウラガンは食べないので、二人の様子を見守っている。
「お口に合うといいのですが」
「うん、おいしいよ」
穏やかな時間が過ぎていく。
昼食を終え、移動を再開させる。
村はすぐに見つかった。
小さな集落で、かやぶき屋根の家が見える。住んでいるのは、狸獣人だった。
エアハルトの膝丈くらいの、二足歩行の狸が出迎えてくれる。
『やあや、珍しい。人と狐獣人、それから摩訶不思議な生き物がいらっしゃった』
『おい、首なしの聖騎士、摩訶不思議な生き物だってよ!』
「安心して。ウラガンも摩訶不思議な生き物勢だから」
意外にも、歓迎を受ける。
村長の家に招かれ、茶が出された。
『いらっしゃいませ、ようこそお出でいただきました』
村長は立派な髭を蓄え、温厚そうだ。
『我々の茶碗は小さいので、どんぶりに淹れさせていただきました』
「ありがとう」
ユマラよりも先に茶を手に取り、飲んでみる。特に刺激はない、普通の茶だ。
獣人が飲める茶が、人が飲めるとも限らない。それに、毒を盛られるかもしれないのだ。
旅人を歓迎する辺境の村は珍しい。だから、警戒してしまった。
茶は問題ない。ただの香ばしい茶だ。ユマラにも目配せして、安全であると伝える。
『お二方は、夫婦ですかい?』
エアハルトは口の中の茶を噴きだした。
『うわ、お前、汚いなあ』
「ゲホゲホゲホ!」
ウラガンの批難の言葉は耳に入っていない。ひたすら咳き込む。そんなエアハルトの背中を、ユマラは優しく撫でてくれた。
『え~っと、申し訳ありません。違うようでしたな』
「まあ……旅の、大切な、仲間です」
エアハルトの言葉は想定外だったのか、ユマラは頬を染めて嬉しそうにしていた。レティーシアも両手を目には見えない頬に当て、乙女な反応を示している。
『まったく、手間が焼ける奴だぜ』
ウラガンはエアハルトが噴いた茶をせっせと拭いていた。
『それで、ここへは何用でいらしたのでしょう?』
「何か、人が乗れるような荷車はないかなと思って」
『人が乗れる、荷車ですか』
「そう。馬が引くような、車輪がついている物がいいんだけれど」
『少々お待ちくださいね』
村長は控えていた狸獣人を呼び寄せ、ヒソヒソと話し合っている。
数分後──その者達が離れるのと同時に、村長は話を再開させた。
『残念ながら、我々の村に人様が使える荷車はないのですが──代わりというのもなんなのですが、ここの村から南へ一時間ほど移動した先に、人が置き去りにした馬車があるのです』
もう、三十年ほど、置き去りにされたままだという。
『特に誰も使っていないようなので、使えそうならばどうぞ持って行かれてください』
「ありがとう。ここから南に一時間か。何か、目印になるような物はある?」
『村の若い衆に案内させましょう』
「いいの?」
『ええ、もちろんです。何かのご縁ですから』
さすがに悪いと思い、エアハルトはユマラと話し合って、ポーションを渡すことにした。
「あの、これ、お礼なんだけど」
『こ、これは、まさか、万能回復薬ですか?』
「そうだけど」
その瞬間、村長はポロポロと涙を流す。
「え、何? どうしたの?」
『こ、これで、長老の病気を、治すことができます!』
どうやら、寝たきりの老人がいたようで、医者も匙を投げるほどの症状だったらしい。
『ありがとうございます! 本当に、ありがとうございます』
こんなに感謝されたことがないエアハルトは、どういう反応をしたらいいかわからない。だが、悪い気はしなかった。




