ユマラのとっておき料理
ユマラは神殿の台所に行き、腕まくりをして調理を開始する。
「さてと!」
『狐獣人の娘よ、何を作るのだ?』
ユマラはウラガンを振り返り、笑顔で言った。
「ホロホロ鳥を焼いて――それからパン!」
腕まくりをして、調理に取りかかる。
まず、ユマラは台所の床にホロホロ鳥の血で魔法陣を描いた。
『なんぞ、それは? 怪しい儀式か!?』
「違う、違う。お肉を熟成させる魔法だから」
獲ったばかりの獲物は死後硬直をしているので、硬くて食べられない。
よって、魔法の力で肉を柔らかくするのだ。
魔法陣の上にホロホロ鳥を置いて、呪文を唱える。
「――熟成せよ!」
魔法陣が一瞬光る。見た目に変化はないが、熟成は完了した。
それから、ホロホロ鳥を解体していく。
まず、羽毛を毟り取る。何かに使えるかもしれないので、袋に詰めた。それから、首を斬り落とす。
『ヒッ!』
ウラガンが怖がっているように見えたので、調味料の瓶を置いて隠してあげた。
続いて、火の準備を行う。
用意するのは火の魔石。表面に呪文が刻まれていて、それを指先でなぞると真っ赤に光る。
魔法陣が描かれたかまどの中に放り込む。呪文と魔法陣が反応して発火するのだ。
火で炙って残っていた羽根を焼き、足先を切り落とした。
腹部を裂いて内臓を取り出し、そのあと、部位ごとに切り分ける。
「解体はこれでよしっと」
そう口に出すと、ウラガンはホッとした様子を見せていた。
本日使うのはモモ肉。
塩胡椒、生のローゼマリー草を揉み込んで下味を付ける。
「このお肉は、味を染み込ませるためにしばらく放置」
残ったローゼマリー草は加工して保存可能な状態にする。
左右の手のひらに蜂蜜を使って呪文を描く。
「乾燥せよ!」
手のひらの呪文が光った。
その状態でローゼマリー草を揉んでいくと、どんどん乾燥していく。あっという間に、カラカラの乾燥状態となった。
瓶に入れて保存する。
『便利よの』
「えへへ」
ユマラは褒められて照れていた。
続いて、パンを作る。
「え~っと、パンの材料、材料っと」
パンの材料は小麦粉、砂糖、塩、水。
「それから酵母――はないよなあ」
『酵母ってなんだ?』
「パンを発酵させて、ふっくらさせるものなんだけど」
酵母はないようだった。
「あ! この木の実もらってもいい?」
『別に構わないが、なんに使うんだ?』
「酵母作りに!」
『木の実から酵母とやらが作れるのか?』
「果物や穀物には酵母が付着していて、糖分を餌にして増えるから、蜂蜜などを加えて作るんだけど」
『なるほど』
ユマラは瓶を手に取る。
まず、水を張った鍋に瓶を入れて、煮沸消毒させた。
清潔になった瓶の中に、ウラガンが採った木の実を潰して入れて、蜂蜜とぬるま湯を入れる。
瓶の表面に蜂蜜で魔法文字を書き、呪文を唱えた。
「発酵せよ!」
瓶の中身が白濁し、ぶくぶくと発砲する。落ち着いたあと、蓋を開いたら、アルコール臭がした。
「よし、成功」
木の実酵母が完成した。
続いて、パン作りを始める。ボウルに塩と小麦粉を入れて、濾した木の実酵母を加える。
木の実の酵母は甘味があるので、砂糖は必要ない。
木べらで混ぜて、生地がまとまってきたら手で捏ねる。
生地を纏めて皿の上に置き、再度、発酵させる。
皿に蜂蜜で魔法陣を描き、その上にパン生地を置いて発酵の呪文を唱える。
「発酵せよ!」
生地は一瞬にして、倍の大きさに膨らんだ。
鉄板に丸めた生地を並べて、二次発酵。同じ魔法陣を描いて発酵させた。
仕上がった生地に十字の切り目を入れて、温めていたかまどで焼いた。
続いて、ホロホロ鳥のモモ肉に小麦粉をまぶしたあと、手のひらに蜂蜜で呪文を描いて詠唱する。
「封じよ!」
魔法によって光を帯びた手で、肉を揉んだ。
「なんだ、それは?」
「これをすると、焼いている時に肉汁が外に逃げずに、肉の中に残るの」
魔法がかかった肉を、浅い鍋に油を敷いて焼く。
途中、ひっくり返し、しっかり焼き色がついたら、生のローゼマリー草を肉の上に飾って、彩りを良くする。
パンもおいしそうに焼けていた。籠に盛り付ける。
「よし、できた! 木の実酵母パンと、巨大ホロホロ鳥の香草焼き」
『おお!』
「味見してみる?」
『いや、俺様は人の食べ物は必要ない。空気中に漂う魔力を摂取するだけで生きられるのだ』
「そうなんだ」
ユマラは焼きあがったホロホロ肉を食べてみる。
「うん。おいしく焼けてる!」
味は申し分ないので、料理を食堂に運びエアハルトを呼びに行く。
「お待たせいたしました。こちらが本日のお食事です」
「……うん」
エアハルトは特に感動することなくテーブルの上の料理を見下ろし、席に着いた。
ユマラがどうぞと勧めると、神に祈りを捧げたのちに、ナイフとフォークを握る。
まず、パンから食べた。
「わ、すごい……! 皮はカリカリ、中はモチモチと食べ応えがある。ほのかに感じるのは――大森林の木の実の甘味?」
感心するように、エアハルトは言った。
「……焼きたてのパンって、おいしいんだね」
エアハルトは焼きたてのパンを食べたのは初めてだったようだ。
今度は、ホロホロ鳥の香草焼きを食べる。
皮はパリパリで、噛むと肉汁がじわっと溢れてくる。
「これ……皮がパリパリで、肉は柔らかい。それに、肉汁が溢れてきて、すごいおいしい……! でも、どうして?」
「お肉は熟成魔法――死後硬直で硬くなったお肉を、柔らかくする魔法をして、肉汁は焼いている時に外に逃げないよう、魔法で封じました」
「そんなものが、あるんだ。すごい」
その後、エアハルトは黙々と料理を食べる。あっという間に、皿の上の料理はなくなった。
「それで、あの~?」
「うん」
「うん?」
「……おいしかった」
「と、いうことは? もしかして――」
「でも、ここに住むのはダメ」
「ええ~~!? なんでですか!?」
「たしかにおいしいけれど……男所帯に女の子がここに住むのは……」
「性別については、お気になさらず、お願いします! 私、他にも、おいしい料理を知っていますので!」
「おいしい料理?」
エアハルトは迷っているように見える。もうひと押しあれば、置いてくれるかもしれない。
ユマラは台所へ戻る。
「こうなったら、とっておきのアレを作る!」
『とっておきのアレとは?』
「アイスクリーム!」
ホロホロ鳥の卵を使ってもう一品調理に取りかかる――が、卵が硬くて割れない。
「ふん、ふんぬ!」
『調理台のほうが欠けたぞ』
「わっ、本当だ!」
こうなったら、魔法の力を使うしかない。
ユマラは包丁を手に取り、刃に蜂蜜で呪文を描いた。
「鋭くなれ!」
呪文を唱えると、包丁が輝く。
鋭くなった刃で、卵の殻を削いだ。
卵の白身と黄身を分ける。
ウラガンは調理の様子を興味深そうに覗いていた。
ボウルに白身、砂糖を入れて混ぜる。
ナイフを取り出し、泡だて器の持ち手の木に風属性の魔法陣を刻む。ボウルを置いて、呪文を唱えた。
「風よ、風よ!」
入れた白身を攪拌しながら、途中で砂糖の半分を入れて魔法で風を混ぜ込む。すると、短時間でフワッフワのメレンゲが完成した。
続いて、半分の砂糖と卵黄をよくかき混ぜる。
卵白と卵黄を混ぜたあと、凍らせる。
今度は木べらに冷却魔法の魔法陣を刻んで、呪文を唱えた。
「冷えろ!」
木べらでかき混ぜると、どんどん冷えていく。
冷えたものに、牛乳を入れてよく混ぜる。
今度は木べらの裏に、ナイフで氷魔法の魔法陣を刻んだ。瞬く間に、台所用品は魔法陣だらけとなる。
「凍れ!!」
魔法が発動した木べらで混ぜると、瞬く間に凍った。
完成したアイスクリームは、ガラスの器に盛りつけた。
「巨大卵のアイスクリームの完成!」
ユマラはアイスクリームを持って行く。
「これは?」
「ホロホロ鳥の卵で作った、アイスクリームです」
「ふうん」
スプーンを手に取って、アイスクリームを食べる。
「こ、これは!? 甘くて……冷たい。こんなの初めて。優しい味で、雪みたいに、舌の上ですぐになくなってしまう」
どうやら、アイスクリームを食べたのは初めてみたいだ。
基本的に、温かかったり、冷たくされたりした食事は毒味を通すので出されなかったようだ。
エアハルトはあっという間にアイスクリームを完食した。
ユマラはエアハルトの様子を窺っていたが、無表情だったので肩を落とす。
「……」
「やっぱり、ダメ、ですよね?」
目を伏せ、しょんぼりしているユマラを、エアハルトは凝視していたが本人は気付いていない。
ユマラは危ないところを二度も助けてくれたから、恩返しをしたかった。けれど、私などないようだった。後ろ髪を引かれる思いとなったが、引き下がることにした。
「大賢者様……一つだけお願いが」
「何?」
「元の場所に帰さずに、ここを出て行く形にしたいのです」
戻された場合、待っているのは死だ。それよりも、生存の可能性があるほうを選びたい。
「ダメ。ここの森だって危険だ。先ほどの大型鳥を見ただろう?」
「……」
ここで、食卓に立てかけてあったエアハルトの杖を、ウラガンが突き飛ばす。
「な、何を!」
『狐獣人の娘、今のうちに行け!』
「え、うわ、ありがとう。あの、大賢者様、お世話になりまし――」
「ねえ、待って」
「え?」
エアハルトをじっと見つめる。目が合ったら、サッと逸らされた。
「……あの?」
「べ、別に、ここにいてもいいよ」
「え!?」
「料理、おいしかったから」
エアハルトはさっと、手を伸ばす。
「一緒に暮らそう」
ユマラはペタリとその場に座り込み、ボロボロと泣き出す。
「なんで泣くの?」
「う、嬉しくて。大賢者様、その、ありがとうございました」
「大袈裟な」
「だって~~」
こうして、エアハルトとユマラのでこぼこコンビは、大森林にある神殿で暮らすことになった。