大森林へ――
精霊界と妖精界、人間界の狭間にあり、さまざまな野生動物、魔物、獣人に、妖精族、精霊などの魔法生物が生息する果てなき森――大森林。
「わっ、すご~い!」
そこは、ユマラの知る森とは大きく異なっていた。
天を突くような木々が生い茂り、森の緑が覆っていて青空は見えない。
太陽の輝きは木の葉を通し、緑色の光となって地面を照らす。
「綺麗……」
『だが、気を付けろ。ここには、凶暴な魔物も生息している』
「そこの鼠ほどじゃないけれど」
『なんだと!?』
大森林はユマラの知らない森であった。空気からして、違う。
「私の知っている食材なんて、あるのか……あ!」
さっそく、見知った食材を発見した。
ユマラは駆け寄って、薬草を摘んだ。
『なんだ、それは?』
「ローゼマリー草です!」
肉料理に使われる薬草で、消臭、抗菌、抗酸化作用がある。
「なんか、狐獣人の森で採れる物よりも、香りが濃い気が……。大森林だから?」
ユマラは持って来ていた包丁で、一気に根元から切る。台所から持って来た籠の中に入れた。
「あ! そういえば、大賢者様はどんな料理をお望みで?」
「君、本気でここに住むの?」
「もちろんです! おいしい食事を作りますので! で、何が食べたいですか?」
「別に、なんでも」
『そういう曖昧な回答が、一番困るのだ! と、全国の主婦が思っている気がする』
「何それ?」
『聞えぬのか、全国の主婦の嘆きが! 』
喧嘩腰で話しかけるウラガンを、ユマラはまあまあと諫める。
「今まで、別に食へのこだわりなんてなかったし。半魔族だから、人間みたいに三食食べなくてもいいし」
「い、一食だけ!?」
『こやつは夕食しか食わん。そのくせ、木の実は飽きたとか、文句を言いおって』
衝撃を受けた表情を浮かべるユマラ。目を見開いたまま、告白する。
「あの、私は狐獣人なのですが、三食……食べ……ます。その、スミマセン」
「いや、君は普通に三食食べなよ」
「あ、ありがとうございますっ!」
嬉しそうなユマラに、ちょっと引き気味のエアハルト。
『ちんたらしてないで、行くぞ!』
ウラガンが急かしたことにより、食材探しは再開される。
ユマラは突然、木の上を指して叫んだ。
「わっ、あれ、ホロホロ鳥!! とっても、とってもおいしい鳥!!」
ホロホロ鳥――焼いたり煮込んだりすると柔らかくなり、ホロホロになることから名付けられた。
狐獣人の森では滅多に見かけず、仕留めたら高値で取引される。
木の上にホロホロ鳥の巣があることをユマラは発見した。
「え、でもすっごくでっかい! なんだあれ!」
驚くべきことに、狐獣人の森で見かけたホロホロ鳥よりも、かなり大きかったのだ。
全長は五メートルくらいある。見た目も獰猛そうに見えた。
「だ、大賢者様、あれって、ホロホロ鳥です、よね?」
「そういう名前だったと思う」
「大森林の中は高濃度の魔力が満ちている。だから、生物もあのように大きく育つんだ」
「だから、さっきのローゼマリー草も狐獣人の森で採れる物と違ったのですね」
子育て中のホロホロ鳥は警戒心が強い。ギロリと、巣の前で佇むユマラ達を睨む。
「うわっ、目、目が合った!」
『ギャア!』
「ぎゃあ!」
ホロホロ鳥は翼を広げ、襲いかかってきた。
なぜか、走って逃げたユマラのほうに飛んでくる。
「ヒエエエエ! 私は、食べても美味しくないです!」
頑張って逃げていたが、石に引っかかって転んでしまった。
「ぎゃっ!!」
振り返ったら、ホロホロ鳥が迫っている。
「あの、あのあの! 私、この通りガリガリだし、ぜんぜん、まったく、美味しくな――」
『ギャーア!!』
「ヒイッ!」
頭を抱え、ぎゅっと目を閉じ、衝撃に備えたが――何も襲って来ない。
何かがチカチカと光っていたので目を開ける。
すると、ホロホロ鳥の下に大きな魔法陣が浮かび上がり、氷の槍が身を貫いていた。ホロホロ鳥は一撃で絶命している。
ホロホロ鳥の表面はうっすら氷が張り、氷結状態となっていた。
「なっ、これは――大魔法……!?」
エアハルトが杖を構え、佇んでいる。
「あの人、生活力皆無でぼけっとしているけれど、本当に大賢者様なんだ!」
「おうい、狐獣人の娘、無事か?」
「この通り、まったくの無傷で!」
ユマラはエアハルトに礼を言う。
「大賢者様、ありがとうございました!」
「別に、大したことでは」
「そんなことないですよ! 大したことです!」
褒め慣れていないエアハルトは、明後日の方向を向いていた。
『よし、とりあえず、食材確保だな!』
「で、でもこれ、どうやって持って帰ればいいのか……」
「簡単だよ。魔法で持って帰ればいい」
エアハルトは魔法の呪文を唱え、ホロホロ鳥を宙に浮かせる。
「すごっ!」
「初歩的な魔法だけれど」
「いや、物質に魔法をかけて、その状態を維持するのって、かなり難しいんですよ。私も魔法を多少使えるので解るのですが……これが簡単な魔法って、さすが、大賢者様」
帰ろうとしていた一行であったが、ユマラが待ったをかける。
「あ、待ってください。ホロホロ鳥の卵もおいしいんです! けれど……」
大森林の樹は天に届きそうなほどに大きい。かなり高い位置に巣があるので、取れない。
「おいしいのに……残念」
「じゃあウラガン、取って来て」
『へ!?』
エアハルトの魔法で、ウラガンはホロホロ鳥の巣まで飛ばされる。
『ギャアアアアアア!! 許さん、許さんぞおおおおお!!』
ウラガンは巣に着地する。
『ハアハアハア(い、生きてた。ほっ)!』
ホロホロ鳥の卵は、ウラガンよりもかなり大きかった。
『よ~し、狐獣人の娘、落とすから、受け取れよ』
「へ!?」
『せいっ!』
力自慢のウラガンは巣から卵を投げる。かなりの高さから落としたので、剛速球となった。
「ヒイ!」
ユマラは受け止めきれずに、卵を避ける。
卵は割れずに、地面にのめり込んだ状態で着地した。
「殻、めっちゃ硬っ!」
エアハルトは卵に疑惑の目を向けていた。
「それ、食べられるの?」
「たぶん」
神殿に戻って、料理を作ることにした。