狐獣人の家事魔法(メナージュ)
大賢者エアハルトは、半分魔族で、半分人間である。そう告げられたが、ユマラは驚いた様子はない。
「大丈夫ですって! たぶん!」
「なんで、そんな自信満々に……?」
「だって、半分人間同士ですし、命を助けていただいたご恩もありますし」
エアハルトは言葉を失い、目を丸くしていた。ユマラはもうひと息だと思い、宣言する。
「私がお役に立つということを、今から証明してみせますので!」
「なんで、そうなるの?」
エアハルトの返事など聞かずにユマラは踵を返す。たったと走り出した。
「ねえ、待って」
「止めないでください!」
「その恰好は目に毒……じゃなくて、裾が破けている」
花嫁衣装は腿の部分まで裂けていた。
「え……? きゃあ!」
「ここの神官が使っていた服があるから、それを着て」
「う、あの、ありがとうございます」
ユマラの足元に魔法陣が浮かび上がる。
「ぎゃっ!?」
目の前の景色がくるりと回転し、気付いた時にはいくつも木箱がある部屋に立っていた。衣装部屋のようだった。どうやら、転移魔法を使ってくれたらしい。
狐獣人の村でも暮らしに魔法は根付いていたので、ユマラは受け入れる。
ユマラの村では高位魔法である転移術を日頃から使う人はいない。さすが、大賢者様だと思う。
そこで生贄用の服から、神官服へと着替えた。
「これでよしっと」
そう呟いた瞬間に、もといた場所へと戻される。
「また、いきなり!」
エアハルトはじっとユマラを見ていたが、目が合ったらふいと逸らされる。
『狐獣人の娘よ、良く似合っているではないか』
「あ、ありがとうございマス」
今度こそ、森に行かなければ。ユマラは再度、エアハルトに尋ねた。
「あの~、弓矢かナイフは?」
「ない」
ユマラは落胆の表情を浮かべた。
エアハルトは明後日の方向を向く。
ウラガンが間に割って入り、補足をしてくれた。
『毎日、通いの商人がやって来る。その者に頼めば、翌日持って来てくれるだろう』
「やった! あ、でも私、お金を持ってなくて」
表情を明るくしたユマラであったが、すぐにシュンとなる。
『あやつらは金の請求はしない。物々交換だ』
ウラガンも一生懸命木の実を集め、昨日物々交換をしたと胸を張っている。
『ちょっと来い』
ウラガンはユマラの神官服の裾を引き、台所へと誘導する。
辿り着いた先は、神殿にある台所であった。
スープを作る樽のような大鍋もあった。
大理石の調理台に、石作りのかまどがある。壁には鍋が吊り下げられ、食器棚の中には皿が積み上げられていた。
「わっ、広っ!」
「神殿にいる神官全員分の食事を作るから当たり前であろう」
ウラガンはチョコチョコと走り、戸棚の中の小瓶と岩の塊のような物を指差した。
「小瓶は、調味料?」
『然り!!』
「この岩みたいなのは?」
『岩塩であるぞ』
「ええっ、塩!? すご~い。こんな大きな塩、見たことない!」
『フフン』
狐獣人の村で塩は大変貴重な物だった。その様子を見たウラガンは自慢げであった。
他にも、壺に入った油や小麦粉、砂糖、蜂蜜、牛乳などもある。
基本的な調理器具や、調味料などは揃っていた。
『あの邪悪な大賢者は、木の実の味に飽きたというから、この俺様がいろんな調理料を集めてやったのに――!!』
「いくら調味料はあっても、木の実だけの生活はキツイだろうなあ……。あ!」
ユマラは包丁を発見する。ナイフ代わりに使えそうだ。
「この包丁、使ってもいい?」
『別に構わないが、錆びているだろう?』
「大丈夫! これくらいだったら!」
ユマラは包丁の表面に蜂蜜で文字を書く。
「艶やかに!」
呪文は光り、それを指先でなぞると、錆びは綺麗になった。瞬く間に鋭さを取り戻す。
『なんだ、それは?』
「狐獣人の、家事魔法!」
『ふうむ。日常生活に魔法を使うとは。摩訶不思議よの』
こうして、ユマラはエアハルトの元に戻った。
「では、大賢者様、行って参ります!」
「待って」
「止めないでください!」
「君、止めても待たないでしょう。話も聞かないし……。いや、そうじゃなくて、俺も行く」
「えっ、私は別に、一人でも――」
「ここは普通の森じゃない。『大森林』だ」
「大森林?」