エアハルトの残念過ぎる看病(にもなっていない)
『はあ、回復魔法使えないだと!? 初歩中の初歩の魔法だろうが!!』
「だって、今まで怪我したことなんてなかったし」
『世界最強かよ、お前!!』
風邪の一つも引かなければ、怪我もしたことがない。したとしても、回復魔法を使える者はたくさん存在する。そのため、必要であると思わなかったのだ。
「そういうウラガンこそ、回復魔法使えないの?」
『俺様はじゃ……じゃ……ぐぬぬ。アレだから、属性的にできぬのだ!』
ウラガンは闇属性の邪竜である。光属性の回復魔法とは相性が悪い。
ちなみに、邪竜という言葉は封じられていて、言えないようになっている。
『ク、クソ! お前のせいで、俺様はまともに喋ることもままならん!』
「自業自得でしょう?」
『なんだと!?』
ここで、ユマラが苦しそうに身を縮めた。ゴホゴホと、苦しそうに咳き込んでいる。
『お、おい、大丈夫か!?』
「……」
どうやら、ユマラは意識がないようだ。ウラガンが狐の耳元で叫んでも、反応はない。
『と、とにかく、病人は……』
「病人は……」
『……』
「……」
病人に関する初歩的な知識が皆無なエアハルトとウラガンは、熱に苦しむユマラを前に途方に暮れる。
「とりあえず、ここは寒いし、硬いから、布団に寝かせよう」
『そ、そうだな』
エアハルトはユマラを横抱きにしようとした――が。
「うっ……重い……!」
『この軟弱者め!!』
「うるさい」
結局、エアハルトはユマラを引きずるようにして、私室へと運ぶことにした。
「うっ……耳が、ふかふか」
運ぶ間、エアハルトの頬に、ユマラの狐耳が優しく触れる。
それに、女の子の体は柔らかくて、良い匂いがした。
思えば年頃の近い異性が、こんなに近くにいることは初めてなのだ。
わからないことだらけである。
『おい、大賢者! 自室に連れ込んで、変なことするなよ!』
「ウラガン、本当にうるさい!」
ウラガンと言い合いをしながら、寝台の上まで運んで行った。
暖炉に火を入れ布団の上に寝かせれば、ユマラの眉間の皺が僅かに解れる。
しかし、息はまだ荒い。はっ、はっと、胸を大きく上下させていた。
傷が痛むのか、ユマラは腫れた指先を押えている。
「これ、どうして……? もしかして、料理中に怪我を?」
『違う。これは、ゴブリン・キングの剣で作った傷だ』
「え?」
ユマラの生活魔法は、呪文を指先で描いて発動させる。
「インク代わりに血が必要で、ゴブリン・キングの剣で指先を切ったってこと?」
『そうだ』
ゴブリン・キングの剣で付けた傷口から、雑菌が入ったのだ。
「浄化魔法で傷口を綺麗にできたらいいんだけれど」
『できるのか!?』
「できない。ウラガンは」
『できたらしておる!!』
「だよね」
ユマラは額に汗を掻き、髪がじっとりと濡れていた。
エアハルトは手を伸ばし、袖口で拭いてやる。
『おい、もっと清潔な布で拭いてやれ』
「あ、そうだね。清潔な布ってどこにあるの?」
『知らん』
「……」
『……』
再び、エアハルトとウラガンは途方に暮れた。
「ううっ……」
ユマラは苦しそうな声を上げ、傷口を強く押えていた。
「このままでは、死んじゃう」
『そんなに簡単に死ぬわけないだろう!?』
「死ぬんだよ。人は……弱い」
エアハルトの祖母もそうだった。
少し具合が悪いと言って病に伏したかと思ったら、一晩で死んでしまった。あっけなく、人の命というものは燃え尽きてしまう。
「誰か、光魔法が使える人がいれば――」
『あ!!』
「な、何!?」
『思い出した!』
「何を?」
『ユマラが言っていたのだ。依頼本に、共に冒険をする仲間を探す機能があると!』
「もしかして、この大森林にいる光属性の人を、探せる?」
『そうだ!!』
エアハルトとウラガンはユマラの部屋へと移動する。
部屋の前に辿り着いたのはよかったが、エアハルトは中に入るのをためらった。
『おい、何をしている! この、のろまめ!』
「だって、女の子の部屋だし」
『ああ、もう、じれったい! 俺様が取ってくる』
ウラガンはユマラの部屋に入り、大理石の机の上から依頼本を引っ張ってくる。
途中、自身よりも大きな本に何度も潰されそうになりながらも、エアハルトのもとへと辿り着いた。
『も、持って来たぞ』
「ありがとう」
ユマラの部屋の前にしゃがみ込み、依頼本を開く。
パラパラとページを捲ったが、中には何も書いていない。
『真っ白だな。これは、ユマラ本人でないと、使えないのではないのか?』
「いや、ギルドカードがあったら使える」
『大賢者、お前……まだ、持っていたのだな』
「だって、見られたら大変な情報が書いてあるし……」
そんなことはさておいて。
エアハルトはギルドカードを取り出し、一ページ目にある厚紙の窪みに入れた。
さすれば、依頼本に目次が浮かび上がる。
・注意事項
・依頼について
・魔物図鑑
・アイテム図鑑
・人物図鑑
・????
・????
・????
・冒険者登録
「冒険者登録の項目だ!」
『捲れ!』
冒険者登録のページには、ズラリと名前だけが書かれている。
「光属性で、回復魔法の遣い手は……」
そう呟くと、名前が数十名に絞られる。
「わっ、すごい、この本」
『謎の超技術だな』
今度は近くにいる人と絞ってみた。
さすれば、一人の名が残る。
・レティーシア・モルディ 神官 光属性 レベル八十
『レベル八十の神官って……何者なんだ?』
「一国の大司教クラスなのでは?」
そんな存在が気軽にうろついている大森林を、恐ろしく思う。
「レティーシアってことは、女性か。ちょうどいい」
『でも、どこにいるんだ?』
すると、依頼本は疑問に答えるかのように、地図を出してくれた。
神殿を出て、しばらく歩いた先にある泉にいるようだ。
「これって、通信とかもできるのかな?」
レティーシアの名に触れたが、反応はない。
『その辺は持ち主であるユマラにしか使えないのでは?』
「なるほど。だったら、直接お願いに行こう」
『ああ』
情報が揃ったので、エアハルトとウラガンは回復魔法が使える神官のもとへ向かうことになった。
小走りで泉まで向かったが、そこに神官の姿はない。
代わりにいたのは――。
「え!?」
『な、なんだ、あれは!?』