ゴブリン・キングVS大賢者
腹ごしらえしたあと、食材探しを再開させる。
ユマラはすぐさま、新たな食材を発見したようだ。
「あ、あれは、ゼラチン蔓ですよ!」
「ん?」
ユマラが指差したのは、木に絡まる黄色い蔓。
ゼラチン蔓とは、皮を剥いで乾燥させたら、ゼリーやムース、マシュマロの材料になる植物らしい。
「あれがあったら、お菓子の幅も広がりますね」
ユマラは「取ってきます」と言って、木に登り始める。
「よっ、よいっしょ、えいっ!」
「え、待って。君、大丈夫なの?」
「はい! 木登りは、よいっしょっと……得意、なんですよ!」
エアハルトはハラハラしながら見守る。
そんな最中、ふわりと風が吹き、ユマラの着ている神官服のスカートがひらりとはためいた。チラリと、ふくらはぎが見える。
エアハルトは顔を真っ赤にしながら、注意を促した。
「ぜ、ぜんぜんダメじゃん! 脚、見えているし!」
『……いや、お前が見なきゃいい話では?』
ウラガンの冷静なツッコミに、エアハルトはさらに顔を赤くする。
「き、木登りとか、危ないでしょう?」
『じゃあ、お前の魔法でゼラチン蔓を取ってやれば?』
「あ、そうだった」
エアハルトはユマラに木から下りるように命じる。
「き、君! その蔓、魔法で取れるから」
「そ、そうなのですね」
「そう!」
ユマラが下りたのを確認すると、エアハルトは杖を掲げて詠唱する。
――北風よ、刃となれ。風の刃!
ナイフのように鋭い風が、ゼラチン蔓を切り裂いていく。
雨が降るように、短く切られたゼラチン蔓が落下してきた。
「わあ、さすが、大賢者様です! ありがとうございます!」
ユマラはぴょこんと跳び跳ねて喜び、嬉しそうに蔓を集めていた。
「もう、満足した?」
「はい! もう、帰りましょう」
「うん、そうだね」
二人は来た道を戻っていく。
暖かい風が漂い、木漏れ日が差し込む緑に囲まれた長閑な景色が広がっている。
ここが、生き物の亡骸を喰らう森とは思えない穏やかさだ。
エアハルトとユマラは並んで歩きながら、会話をしていた。
「大賢者様、今日はありがとうございました」
「なんのお礼?」
「牛肉茸を焼いてくださったことです」
「いや、大失敗だったけれど。君がいなきゃ、食べられる物は作れなかったよ」
その言葉に、ユマラは首を横に振る。
「お気持ちが、嬉しかったのです」
「気持ち?」
「私のために、作ろうとした、優しい気持ちが」
何よりも嬉しかったのだと、ユマラは言う。
エアハルトは、ユマラがお腹を空かせて可哀想だと思ったのだ。優しさではない。
そう言っても、ユマラは笑うばかりであった。
「君は、変わっているね」
「はい。村でも、そう言われていました」
「ええ、何それ」
自分が言うのは平気なのに、ユマラの村人が彼女を変わっているというのは面白くない。
エアハルトは僅かな苛立ちを覚える。
『ま、変わり者同士、仲良くやれよ』
「ウラガンに言われたくないんだけれど!」
そんなやりとりを見たユマラが笑い出す。
「ウラガンのせいで笑われたんだけど」
『俺様のせいではないぞ』
「いや、ウラガンのせいだっ――」
ぞわりと、悪寒を感じた。エアハルトは杖を構え、前方を見る。
「あれは――」
「な、なんですか!?」
ゆっくりと、エアハルトとユマラのほうに歩いてきているのは――緑色の肌に、尖った耳、ギョロリとした濁った黄色い目に、丸い鼻。裂けた唇は、弧を描いていた。
上半身には寸法の合っていない鎧を纏い、下半身は布を巻いている。筋肉質で、身長は成人男性よりもはるかに大きい。
手には、錆びた剣を握っていた。
『あやつは、ゴブリン・キングだ!』
ゴブリンの最上位である、ゴブリン・キングが接近していた。
距離は、十メートルほど。
エアハルトはユマラを庇うように前に立ち、杖を振り上げて即座に呪文を唱える。
――凍て突け、氷の矢!
氷でできた矢を、空中に浮かんだ魔法陣から放つ。しかし、ゴブリン・キングは姿勢を低くしていきなり加速し、氷の矢を回避した。
「ひゃあ!」
「大丈夫だから。僕から離れないで!」
「は、はい!」
ユマラはウラガンを胸の中に抱きしめ、恐怖から耐える。
『ユマラ、安心しろ。もしもの時は、俺様が守ってやる!』
「た、頼りに、しています」
ウラガンの言葉は、軽く流しているようだった。
接近するゴブリン・キングに、エアハルトは二発目の魔法を放った。
それは、氷でできた檻である。
まずはゴブリン・キングを囲むように氷の棒が出現した。
ゴブリン・キングは目の前の檻を壊そうと、氷の棒を剣で壊そうとする。だが、びくともしない。
一本、やっとのことで折れたが――手にしていた剣は手から離れてしまった。
ゴブリン・キングの剣は勢いよく回転し、エアハルトがいたすぐ傍に突き刺さった。
「ヒッ!」
「大丈夫だから」
ゴブリン・キングは二本目の氷を壊そうとしたが、それも叶わなかった。四方八方から生えてきた氷の槍に貫かれ、しだいに氷の塊となる。
氷の中のゴブリン・キングは、息絶えていた。
上級の氷魔法、氷の檻であった。
最終的に、氷の塊はバラバラとなって砕け散った。
エアハルトはあっという間に、ゴブリン・キングを倒してしまう。
「大賢者様、あの、ありがとうござい――」
『上だ!!』
ウラガンが叫ぶのと同時に、エアハルトは近くにいたユマラの体を突き飛ばす。
上空から、ホブ・ゴブリンが降ってきたのだ。
ちょうど真上から降りてきて、エアハルトに飛びかかってきた。
「ウッ!」
衝撃で、杖を手から放してしまう。コロコロと転がり、遠くへいく。
視線が逸れた隙に、ホブ・ゴブリンはエアハルトに馬乗りの状態となった。優位的な体勢のまますぐさま棍棒を振り上げるが、エアハルトはホブ・ゴブリンの腕を掴み、攻撃を制する。
「だ、大賢者様!!」
「君は、そこで何をしているんだ! 逃げて!」
「ですが……」
「早く!」
ユマラは弾かれたように立ち上がる。
竦んでいた足を一歩後ろに引くと、何かにコツンと当たった。
それは、ゴブリン・キングが落とした剣である。
刃は錆びていて、使えそうにない。
ユマラはそれを掴み取ったが――。
『おい、それは錆びていて使えないぞ!』
「はい、そうです。ですが――」
ユマラはゴブリン・キングの剣の刃先で指を切り、血を使って急いで呪文を書く。そして、錆びた刃に家事魔法の研磨をかけた。
――艶やかに!!
さすれば、ゴブリン・キングの剣の刃の錆はなくなり、綺麗な刃身になった。
それは、ユマラの家事魔法である。
本来の輝きを取り戻した剣の柄を、ユマラは両手で強く握りしめる。
そして、その剣を振り上げ――エアハルトに馬乗り状態のホブ・ゴブリンの背中へと斬りかかった。
『ギャア!』
ホブ・ゴブリンの背中に、剣は深く突き刺さる。
ひるんだ隙に、エアハルトはホブ・ゴブリンの腹部を蹴り上げた。
自由になった身で、呪文を唱える。
――深く貫け、氷の槍!
太い氷の槍が、ホブ・ゴブリンの体を貫いた。
エアハルトは肩で息をしながら、ユマラのもとへと近付いて手を握る。
それから、全力疾走で、神殿まで帰った。