初めての野外クッキング
とりあえず、夕食の材料を探しに行きたい。ユマラたっての希望で、エアハルトも神殿の外に出かけることになった。
「えっへへ~~」
ユマラは耳をピコピコと動かし、尻尾は楽しげに揺れている。聞かなくても分かるほどの、上機嫌であった。
鑑定の能力を得たので、食材探しが楽しみなようだ。
「突然走り出すの、禁止だからね」
「は~い」
大森林での食材探しが始まる。
「わっ!」
森の中を少し歩いただけで、ユマラは食材を発見したようだ。
「大賢者様、キノコを発見しました! すごいです、これ!」
ユマラが手にしているのは、手のひらよりも大きい、ずんぐりとした大きな茶色いキノコ。
「牛肉茸ですって」
「な、何それ……」
「鑑定で調べた情報によると、牛肉の味と食感がするキノコだそうで」
「また、不思議な食材を……」
念のため、エアハルトも鑑定の力を使って調べる。
牛肉茸――大森林のみに生える珍しいキノコ。食感、味は牛肉そのもの。食用。
「これ、食べられますよね?」
「うん、平気みたい」
「よかった」
ユマラは三つの牛肉茸を得た。
続いて、真っ赤な木苺を発見する。
「これは、私も知っています。酸味の強いもので、悶絶するほど酸っぱすぎて、生食はできないんです」
しかし、ユマラの森に自生するものより一回り以上大きいので、念のために鑑定してみた。
「――……あ、やっぱり、同じ木苺みたいです。大森林は栄養が豊富なので、こんなに豊かに育つのでしょうね」
牛肉茸に続いて、木苺もたっぷり摘んで籠の中に入れた。
『ウッ、木苺に溺れる!』
「あ、ウラガン、ごめんなさい」
ユマラは籠の中にいたウラガンを取り出し、肩の上に乗せた。
他にも、薬草や香辛料の原料となる植物をどんどん集めていく。
二時間ほど探し回っていたら、ユマラのお腹がぐうっと鳴った。
「すごい音」
「す、すみません」
「何か、食べたら?」
「いえ、それが……特に食料など何も持って来ていなくて」
「じゃあ、もう帰る?」
その言葉に、ユマラは首をぶんぶんと横に振った。
「せっかくここまで来たのに、まだ食材を探したいです!」
その訴えのあとにも、ぐうっとお腹が鳴った。
「……」
「……」
ユマラの顔はだんだんと真っ赤になっていく。
女性に恥をかかせてはいけない。そう言われて育ったエアハルトは、その場に座り込む。
「あの、大賢者様?」
「火を熾こすから、近付かないで」
「えっと、はい」
エアハルトは地面に魔法陣を描く。
「低級魔法は、あまり得意じゃないんだけど……」
ぶつくさと言いながらも、術式を完成させた。
――巻き上がれ、小さき炎!
ポッと、拳大の炎が上がった。続いて、エアハルトはユマラの持つ籠の中から、牛肉茸を掴んだ。
躊躇うことなく、炎の中に投げ入れたが――牛肉茸は大炎上。
「……」
「……」
牛肉茸は一瞬のうちに真っ黒になり、丸焦げになった。
エアハルトはまさかの大失敗に、明後日の方向を向いていた。
「え~っと、大賢者様?」
「失敗した」
「はい」
ユマラにお腹が空いたのかと聞かれるが、首を横に振った。
「お腹を空かせているのは、君でしょう?」
「ってことは、もしかして、私のために牛肉茸を焼いてくださったのですか?」
「まあ、そうだけど」
「嬉しいです! ありがとうございます!」
エアハルトはユマラのために食事を用意しようとした。しかし、牛肉茸は真っ黒焦げである。
『こりゃ、酷い。食える状態じゃない』
遠くからホロホロ鳥のギャア、ギャアという鳴き声が聞こえた。余計に、悲壮感が増す。
どうしてこうなったのか。
考えてもわからなかったので、ユマラに質問してみる。
「ねえ、これ、なんで焦げコゲになったの?」
「火にそのまま入れたら、ほとんどの食材はこうなります」
「そうなんだ」
ユマラは牛肉茸を一つ手に取り、ナイフで二つに割った。それを、その辺にあった木の枝に刺す。
「では、大賢者様、一個育ててください」
「そ、育てる?」
「はい。直接火に入れて焼くのではなく、こうやって火に炙るんです」
ユマラは木の棒に刺した牛肉茸を火で炙る。
「食材は直接焼かないんだ」
「ええ。こうして、火に当てるだけで大丈夫なんです」
エアハルトの作った炎で、牛肉茸を焼いていく。
「あ、大賢者様、火に当てるのは一方じゃなくて、全体的に」
「そうなんだ」
「均一に、焦がさないように焼くんですよ」
「へえ~」
だんだんと、牛肉茸に焼き色がついてくる。
「あ、匂いは完全に牛肉ですね。不思議です」
「そうだね」
牛肉茸に刺した枝をひっくり返すと、ジュワリと汁が滴った。
「わっ、肉汁がすごいです」
「肉汁なのかな、これ……」
「鑑定で調べてみます?」
「魔力消費するから、止めなよ」
「あ、やっぱりそうなんですね」
鑑定を使うと若干の疲れを感じると、ユマラは話す。
「それ、使い過ぎると倒れて動けなくなるから、注意してね」
「はい、わかりました」
そうこう話しているうちに、牛肉茸が焼けた。
「はい、綺麗に焼けました!」
ユマラはにっこりと微笑み、こんがりと焼けた牛肉茸を見せてきた。
「これが、綺麗に育った状態です」
「そうなんだ」
「大賢者様のも、おいしそうに焼けています」
「うん、まあ……」
「一緒に食べませんか?」
エアハルトは一日一食しか食べない。しかし、焼きたての牛肉茸はとてもおいしそうに見えた。
二人は並んで牛肉茸を食べ始める。
エアハルトはそのまま噛み付いて、あまりの熱さに火傷しそうになる。
「あ、熱っ!」
「大賢者様、冷ましましょうか?」
「え、冷ますって?」
「ふうふうします?」
「い、いい!」
エアハルトは自分でふうふうと息を吹きかけ、冷ましてから食べた。
「……ん?」
牛肉茸は、食感もそのまま牛肉だった。
「わっ、すごい! これ、お出汁が利いています! おいしいです!」
牛肉茸は牛肉の食感と味に加え、キノコの豊かな風味が効いていた。
何も付けずとも、おいしい。
「おいしいですね、大賢者様!」
ユマラがニコニコしながら話しかけてくる。
「まあ……うん。そうだね」
お腹は空いていなかったが、どうしてかおいしく感じた。