大賢者の嫁スキル
オーダーでの依頼は、ギルドカードがないとできないようだ。
ギルド員のマーラが帰ったあと、ユマラは勇気を振り絞るように物申してきた。
「あの、大賢者様、ギルドカードを、返していただきたいのですが」
「なんで?」
「依頼を、こなしたいのです」
このままでは、藁の布団で暮らす日々が続いてしまう。それに食事だって、良い食材を使って作りたい。
すべてはエアハルトを思ってのことである。
ユマラは手を伸ばしたが、エアハルトは目を細めるばかりであった。
「おねがいいたします、大賢者様!」
「……」
何かギルドカードにユマラの不利益となる情報が書いてあるのか。想像もできない。
「大賢者様、どうして……?」
ここで、ウラガンがユマラの肩にぴょこんと跳び乗る。
『こいつは、お前に養われたくないから、こんなことをするのだ』
「え?」
『なんだ、男の見栄というか』
「ウラガン!」
エアハルトは杖をウラガンに向ける。先端から、魔法陣が浮かび上がった。
ユマラは急いでウラガンを両手の中に包み、その身を庇う。
「大賢者様、ウラガンをいじめないでください!」
「いじめるって?」
「こんなに小さいのに」
「いや、そいつは……」
『フハハ、俺様のことは言えぬのだろう?』
顔を伏せ、ウラガンを胸に抱きしめるユマラを見る。耳は伏せられ、ふるふると震えていた。エアハルトの魔法の威力を何度か見たので、怖いのだろう。それでも、身を挺してウラガンを守ろうとしていた。エアハルトは深い溜息を吐いて、杖を下ろす。
気まずい雰囲気が流れた――が、ユマラは顔を上げてエアハルトにある提案をした。
「あの、大賢者様」
「何?」
「よろしかったら、一緒に働きませんか?」
「え?」
「二人で暮らすお金を、一緒に稼ぎましょう?」
もとより、半魔族のエアハルトと半獣人ユマラは二人で一人の人間である。だから、ギルドの登録も一人分で問題ない。
共に働いて、生活費を得ればいいのだ。
ユマラはそう言って、エアハルトに手を差し伸べる。
「協力して、豊かな暮らしを送りましょう」
「豊かな……暮らし?」
かつてのエアハルトは何不自由のない暮らしをしていた。
それは、王子として生を受けた彼が、当り前のようにもたらされる物であった。
今まで十八年間、おいしい食事に、温かい風呂、ふかふかの布団――それらがあっても、ありがたくもなんとも思わずに受け入れてきた。
しかし、たった独りで暮らしていたこの地は、大変不自由な場所であった。
食べ物も、風呂も、寝台すら、自分で用意しなければならない。
悲惨な食生活を送り、困り果てた結果ユマラを召喚した。
彼女の料理は、とても美味しかった。
それから昨日、藁の布団で初めて寝転がった時は、何とも言えないホッとした気分になった。
これが、ユマラの言う豊かな暮らしだというものだろう。
もっと生活に、生きることに喜びを覚えることができるのならば――知りたい。
エアハルトはユマラの手を、ぎゅっと掴んだ。
ここで、ピコーンと音が鳴る。
エアハルトの胸元から聞こえた。それは、ギルドカードの通知音である。
「いったい、何が――」
エアハルトは懐からギルドカードを取り出す。すると、カードの上に魔法陣が浮かび上がっていた。
中心に、文字が浮かんでいる。
――大賢者エアハルトの嫁への愛が五上昇! スキル嫁力がレベル二に上がった! 特技、鑑定を取得。
「はあ!?」
ギルドカードに示されたのは、エアハルトがユマラへ寄せた好感の数値であった。
顔を真っ赤にさせながら、ありえないと呟く。
驚いたのはそれだけではない。
ユマラは鑑定の能力を得たらしい。
鑑定とは瞳に魔力がある者――魔眼の保有者が使えるものである。この世にあるありとあらゆる物の状態を視ることができる力だ。
特技である鑑定を使える者は世界で少なく、大変稀少な特技だ。
エアハルトは半魔族なので、その瞳は生まれながらの魔眼なのだ。
「まって、これ……何?」
スキル嫁力というのは、主人であるエアハルトの能力と同じ力を習得できるものなのか。
わからない。
そもそも、大賢者の嫁という職業も聞いたことがなかった。
「あの、どうかされましたか?」
特技は隠していても仕方がない。エアハルトは渋々説明をした。
「君、今、鑑定の力を覚えたみたい」
「鑑定って、あの、魔眼を持つ人が使える……アレですか?」
「そう」
「ええっ? な、なんでです?」
「……」
エアハルトは明後日の方向を向いた。
『お前は、大賢者と契約を結んだだろう? その恩恵なのでは?』
「そうなんだ。さすが、大賢者様。でも、鑑定とか、すごい!」
鑑定の能力を持っていたら、どこに行っても仕事に困らない。誰もが憧れる特技である。
「大賢者様、鑑定って、どうやって使うのですか?」
「目に魔力を集めて、目力を強める感じ」
「目に、魔力を……? よくわかりませんが、試してみます」
手の中にあったウラガンの情報を視ようとしたので、エアハルトは慌ててウラガンを奪い取り、ポケットの中に突っ込んだ。
「え?」
「待って。生き物は消費魔力が高いから、別のがいい」
「あ、そうなんですね」
ユマラは適当に、その辺の机をじっと眺める。
「う~ん、う~~ん……難しいです」
「何か、声を出したら、それに魔力が引っ張られるかも?」
「な、なるほど!」
エアハルトは呪文なしでできるが、魔力の扱いに慣れていないユマラには難しいようだった。
「鑑定の呪文は――視る、だったかな」
「わかりました。教えてくださり、ありがとうございます!」
ユマラはビシッと机を指差したが、呪文を叫ぶのが恥ずかしくなったからか、しゃがみ込んで机に囁いていた。
「視る」
さすれば、ぼんやりと文字が浮かび上がったと言って跳び上がる。
「わっ、すごいです! 大賢者様、私にも鑑定ができました!」
「そ、そう……良かったね」
興奮して近寄ってくるユマラの肩を押しながら、エアハルトは答える。
「どんなのが視えた?」
「えっと……机。オーク材を使用、です」
「なるほど。僕が視えているのと、ちょっと違うね」
エアハルトには机を作った職人名に加え、二百年前に製造されたことなど、さらに詳しい情報が見えていた。
「鑑定の精度は違うわけだ」
ユマラは耳をペタンと伏せ、残念そうにしていた。
エアハルトは慌てて補足説明した。
「でも、基本的な情報は出ているようだから、いろいろ使える……かも」
森の食材が食べられるかどうかもわかるだろう。
「食べられるか、食べられないかとか。毒があるか、毒がないかとか、わかると思う」
「それは嬉しいです! 私、いまだにキノコだけはよくわからなくて!」
「そっか」
「大賢者様、素敵な特技をありがとうございます!」
「うん」
満面の笑みで礼を言われる。
鑑定の能力を得たユマラはとても嬉しそうだった。