ギルドの依頼本(オーダー)
「とりあえず、ギルド長に会わなきゃいけない」
エアハルトの言葉を聞いたマーラが、しょぼんと耳を伏せた状態にする。
「どうしたの?」
「そ、それが……ギ、ギルド長も行方不明でして」
ワッと泣き始める。どうやら、一般のギルド会員には知れ渡っていない極秘情報らしい。
「現在、リンドリンドにおります第二位階級の会員が、血眼で探している最中でして」
マーラは鞄の中から羊皮紙の地図を取り出した。
「一名は雪深い森を探し、一名はここの溶岩が流れる火の森を探し、一名は砂地となる森を、最後の一人は水の森を探索し、ギルド長を探しております」
勝手に出て行ったのか、誰かに連れ出されたのか、まったくわからない状態だとか。
「ギルド長って、どんな人なの?」
「わたくしも、お姿を拝見したことはございません」
「それ、探しようがないじゃん」
「ただ、唯一顔見知りである第二位階級の者は、とっても白いとおっしゃっておりました」
「また、微妙な情報……」
ギルド長探しも依頼の一つとなっており、副ギルド長の権限で見つけた者は一つ階級が上がることになっている。
そのため、第二階級の者達は大森林の謎を追いつつ、ギルド長捜しを行っているらしい。
「あの、質問があるのですが、ギルド会員に、階級ってあるの?」
「はい、ございます」
入会してすぐのクラスは第五位、いくつか依頼をこなしたら第四位、一握りの会員だけなれる第三位、現在、十名だけ存在する第二位、そして、いまだ誰も冠していない第一位、それから最上位の零位の五つの階級がある。
「階級は、ギルドカードに記されておりまして、階級が上がったら、どこにいらっしゃっても、ギルド会員が記念品を届けに参りますので」
「どこにいてもって、これ、本当に個人情報とかあってないような仕組みだよね」
「す、すみません。ギルドカードに、所在地が本部に伝わる機能がございまして」
普通のギルドカードは、ここまで高性能ではない。
おそらく、大賢者クラスの魔法使いがギルドの内部構成に関わっていると、エアハルトは推測する。
「ギルドの依頼は、こちらにすべてございます」
マーラが出したのは、一冊の本である。表紙は青の革張りで、金の箔押しで依頼本と書かれてある。
「この本はわたくしめの私物なのですが、使い方をご説明いたします」
「これ、君も見ていたほうがいい」
エアハルトはユマラに声をかける。
「あ、はい。そうですね」
ユマラは隣に座ったがちょっと距離が近かったので、エアハルトは横にずれて座り直した。
『また、童貞くさい行動を……』
ウラガンの余計な呟きが聞こえたが、無視した。
マーラは依頼本の説明を始める。
「たとえばですね」
パラリとページを開いたが、中は何も書かれていない。そのページに向かって、マーラは呼びかける。
「薬草関係の依頼!」
さすれば、真っ白だったページに文字が浮かび上がる。
紙面には、回復草三枚(三百ジン)、解毒草十枚(五百ジン)、睡眠草一枚(千ジン)とある。
「ジンというのは、大森林で使われている通貨です。大森林内にある村や行商など、どこでも使えます。もちろん、大陸共通通貨への両替も可能です」
説明は依頼本に戻った。
「この中から、回復草三枚の依頼を選びます」
文字に触れると、黒い文字が赤くなった。これで、依頼を引き受けた状態になるらしい。
もう一度同じ手で触れると、依頼を解除状態にすることができる。
「依頼解除は五回までなら問題ありませんが、十回だと罰金、二十回だと依頼引き受けを半年停止、三十回以上は退会となりますので、ご注意を」
その辺の規約は、一ページ目に書いてあるとのこと。
「すごいですね、これ」
「現代ではありえない技術だよ」
「イルベスの技術者自慢の魔法式を使った本となっております」
そう説明しながらマーラは鞄の中より、回復草を取り出した。
「この回復草を、本の最後のページにあります魔法陣の上から転送します」
回復草を魔法陣の上におくと、発光したあとに消えていった。同時に、ピコーン! とギルドカードから音が鳴った。
「この音は依頼が完了したのと同時に、ギルドカードに三百ジンを入金しましたよという表示がでてきます。こちらのギルドカードを使ってお買い物もできます」
「便利ですね」
「そうなんです。ギルドカードは身分証代わりにもなりますし、村の宿が安くなったり、食堂で食後の甘味がついたり、数々の特典があるのですよ!」
「すごい!」
「ただ、個人情報を引っこ抜かれるけれど」
エアハルトの呟きを聞いたマーラは、困ったように尻尾をゆらゆらと動かしていた。
「え~っと、ユマラさんの依頼本はこちらになります」
「ありがとうございます」
ユマラは青い本を受け取り、胸にぎゅっと抱く。
「大賢者様、私、たくさん稼ぎますね」
「たくさん稼いで、どうするの?」
もしや、ここから独立していくのでは? と思った。
それは、なんとなく面白くない。
エアハルトは目を細め、眉間に皺を寄せながらユマラを見る。
「私、大賢者様のために、雪綿布団を買いたいのです」
「え?」
「他にも、美味しい果物とか、お肉とか、素敵な服とか……。とにかく、大賢者様に差し上げたい物が、たくさんあります」
「全部……僕の?」
「はい!」
たくさんの恩を受けているので、お返ししたいとユマラは言う。
エアハルトは思わず、顔を手で覆った。
こんなふうに、エアハルトを想って行動してくれる女の子は初めてだったのだ。
「なんて、言ったらいいのか」
胸がいっぱいになって、言葉にならない。
そんな状態のエアハルトに、ウラガンは的確な言葉を贈った。
『まるで、ヒモだな』
ユマラの稼ぎで生活をする大賢者。
ヒモ以上に、相応しい言葉はなかった。
当然ながら、この場の空気は凍り付く。
物理的に、ウラガンもエアハルトの魔法で氷漬けとなった。
「わあ、ウラガン!」
氷漬けとなったウラガンは、ユマラが鍋で溶かした。
『ま、まあ、俺様クラスとなると、耐氷なんかお手のものはっくしょ~い!!』
ウラガンはその後、温泉へと入れられた。