ギルドカードの秘密
「え、何コレ!? ちょっと、変なこと書いてあるんだけど!」
「え、な、なんですか!?」
「うわっ!」
ユマラがギルドカードを覗き込もうとしたが、エアハルトはサッと高い位置まで上げて見えないようにした。
「えっ!?」
「君は見なくていい」
「で、でも、私のことなんですよね?」
「そうだけど、そうじゃない」
「ど、どういう意味ですか!?」
ギルドカードにユマラがエアハルトの嫁だと記載されていることなど、言えるはずもない。
「な、なんで、こんなことに」
エアハルトはギルドカードを懐に入れ、ギルド職員のマーラに詰め寄った。
「これ、情報間違っている」
「わ、わたくしめに言われましても」
「どういう仕組み? 登録者の魔力値を読み込んだだけでこうなるの?」
「それもございますが、ギルドカードの情報には世界樹メディシナルの千里眼の力も含まれております」
「世界樹メディシナルって……本当にあるの?」
「はい。この大森林のどこかに。見た者はギルド長以外いませんが」
「あの、大賢者様、世界樹メディシナルとは?」
ユマラは世界樹メディシナルを知らないようだった。エアハルトは軽く説明する。
「伝説の世界樹のこと。炎と氷の大精霊に守られていて、世界のどこかに存在すると言われていたんだ。まさか、大森林にあったなんて……」
世界樹メディシナルとは、世界の魔力を安定させた上に供給を行う高位精霊である。
その存在は伝説上のものとされ、見た者はいない。
エアハルトとユマラの会話を聞いていたマーラは、反応を示す。
「あ、あの……旦那様のことを、大賢者様と呼ばれていましたが……もしや、聖王国リランの大賢者エアハルト様でしょうか?」
「まあ、それに極めて近い存在だけど」
「な、なんと!!」
マーラはぴょこんと跳び上がり、平伏の恰好を取る。
「大賢者エアハルト様! この大森林をお救いくださいませ!」
「どういうこと?」
「この大森林は、危機に瀕しているのです。ギルド長が作ったこのギルドも、大森林を救うためにございます!」
「え、さっき、統計がどうのとか言っていたけれど?」
「もちろん、統計も大事な要素の一つですが、もっとも大事なのは、この大森林を救うことにあります」
ギルドを作った本来の理由は、大森林を救うため。
ギルドカードのシステムは、登録した者の実力を向上させるものであるらしい。
「大森林の危機って?」
「それは、半世紀前まで遡ります」
世界樹を中心とした土地は、最初は小さな島だったらしい。
そこから、世界樹メディシナルの祝福を受けて、どんどん大きくなっていって大森林となる。
大森林は、魔力濃度が薄くなっていく世界を救う要となる場所でもあった。
「しかし、五十年前、大森林に変化が起きました」
それは、森が意思を持つようになったこと。
死した骸はどこからか蔦が這いより、地中へと飲み込む。
弱き者は、生きたまま森に取り込まれた。
「その勢いは年々増すのと同時に、大森林で生きる生き物は、外の世界の存在と異なる大きな力を得て生まれるようになりました」
このような成長を経た結果、大森林は人が近寄れない、危険な場所となってしまう。
五十年の間で、大森林はどんどん成長し、人の暮らす大陸にまで届く勢いだという。
「もちろん、このような変化は世界樹メディシナルの望む形ではありませんでした。しかし、森の暴走は、世界樹メディシナルや守護する大精霊でもなす術もなく――」
そこで森の脅威に対抗するために、ギルド・リンドリンドは設立された。
「ギルド長は畏怖しています。いつか、この大森林が世界を呑み込んでいるのではないかと。大賢者エアハルト様! どうか、この大森林を救っていただけないでしょうか?」
「そんなことを、言われても」
いろんなことが煩わしくなって大森林へとやって来たのに、ここにも大問題があった。
エアハルトは長い長い溜息を吐く。
「でも、ギルドカードの間違いは修正しなきゃ」
懐からギルドカードを取り出し、再び息を吐く。
もう一度読んでみたが、先ほどと情報は変わっていない。間違っていると指摘しても、直らないようだ。
「これ……本当に、おかしなことばかり書かれているよ」
名前:ユマラ・タウ
年齢:十六歳
身長:百五十五
種族:狐獣人
HP:320
MP:1200
特技:家事魔法
気配遮断
職業:大賢者の嫁(レベル.1)
スキル:嫁力(レベル.1)・・・旦那様の愛でレベルup!
料理(レベル.30)・・・回数をこなせばレベルup!
祝福:大賢者の加護・・・愛の力でMPが上昇
邪竜のお友達・・・???
「やっぱり、読めません」
「わあ!」
いつの間にか、ユマラがエアハルトの背後からギルドカードを覗き込んでいた。
気配をまったく感じなかったので驚く。それ以上に、顔が近かったのでエアハルトはカッと頬を赤くしていた。
「こ、これ、見たらダメ!」
「なんでですか?」
「間違いしか、書いていないから!」
とりあえず、ユマラが気配遮断の特技を持っていることは嘘ではなかった。それは、認める他ない。
「でも、魔力値が千二百って……ありえないよ」
魔力値は魔道具を使ったら数値化できる。
千二百は、国内でも五本の指に入る高さだ。
普通の人は、十あるかないかだ。
「もしかして、これが俺の加護……?」
「え、大賢者様の加護があるのですか?」
「え、いや、その……」
「私達、契約を交わしましたものね」
「え、あれは……」
二人の間に交わしたものは、魔力的な制約はない。ただの、口約束を紙面に書いただけのものだ。
「なんで……?」
考えたが、一つだけ心当たりがあった。
絶対に、誰にも言えないことではあるが、エアハルトはユマラを召喚するまえに、ちょっとした雑念が脳裏をよぎった。
可愛いお嫁さんがほしい。望んだら、召喚できるのか、と。
そのような雑念が入ってしまったので、使役妖精の召喚は失敗してしまったのだ。
二人の間には、召喚時に夫婦となる繋がりができてしまったのかもれない。
普通の召喚の儀式ではありえないことだが、ここは世界の不思議が大集結している大森林だ。
ギルドカードの情報を修正するのは、ギルド長に会って修正してもらうしかないだろう。
「どうにか、しなきゃ……」
「本当ですか!?」
「え?」
「大森林を救ってくださると」
「いや、そうじゃなくて」
「嬉しいです。あなた様は、私達の希望です」
「……」
マーラはポロポロと涙を流していた。
それを見たユマラももらい泣きをしている。
「だ、大賢者様、なんて、立派な御方なのでしょう」
「ええ~~……」
まさかの展開に困惑していると、エアハルトの肩にぴょこんとウラガンが跳び乗る。
『いいじゃねえか。どうせ、暇なんだ。ちょちょっと大森林でも救えばいい』
「簡単に言ってくれるよね」
『目的のない生活なんざ、退屈なもんだぜ?』
ウラガンは暇だから、世界征服をしようと思ったのだと話す。
『どうするんだ? このまま、嫁として一緒にいるとでモガッ!!』
ウラガンが余計なことを言おうとしたので、エアハルトは慌てて体を掴んで口を塞いだ。
「ギルドカードの情報を口外したら、氷漬けにするから!」
『暴力絶対反対!!』
エアハルトは虚ろな表情で、天井を仰ぐ。
どうしてこうなったのだと思いながら。