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不死の戴冠  作者: りょうま
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第9話

「死んだはずなのに生きている男子高校生? 藤井君。君はさっき、猫の入れたコーヒーはありえないと言ったね?」

 人間のひじきが去ったあと、藤井と神田は、再び2人きりとなった。居間には微かにコーヒーの香りが漂っている。日も暮れかかり、気温がやや低くなって来ていた。

 藤井は答えた。

「ああ、言ったな」

「自分の豊富な人生観がどうのこうのとも言ったな」

「言った」

 神田はそこで、多分わざと、大きなため息をついた。

「じゃあ聞くが、君のその人生観とやらは、猫の入れたコーヒーは認めないが、死者蘇生や不老不死の類は受け入れる事の出来る価値観な訳だ。宗旨替えでもしたか」

「僕は無信心だよ」

 神田は不機嫌な顔を更に引き攣らせた。痩せた友人は、凶悪な表情で言った。

「僕だって特別何かを信仰している訳じゃあない。キリストの復活だの仏教の輪廻転生だの、話としては受け入れるが、それが本当にあったか、またはあるのかは別問題だろう」

「だが、君だってさっき言ったじゃないか。猫の入れたコーヒーとして受け入れた方が楽しいとか何とか」

「そりゃあコーヒーが嗜好品で、事実だろうが虚言だろうが世間様に迷惑をかける事がない範囲での話だ。僕と君との間のちょっとしたジョークだから面白いのだ。それに君の話だと、もう君の所の雑誌に載っちまうんだろ?」

「らしいね」

 藤井が直接記事を書いた訳ではないが、そんなような内容を来月か再来月に載せると吉田が言っていた。彼女は仕事が早いから、多分もう編集作業に取り掛かっているだろう。

 そんなような事を伝えると、神田は一言、問題だなあと言った。

「何が問題なんだい?」

「いいかい? 君のとこの雑誌なんかに金を出して読んでいる人間なんかロクなもんじゃないだろうが、中には物の分かった人間もいるだろう。そんな連中に知れてみろ、不適切な情報を載せてる雑誌だとあっという間に広がるぜ? アングラ雑誌だと思って油断していると、痛い目を見る。今の時代の情報を舐めちゃいけない。知りたい情報も知りたくない情報も滅多やたらに入って来るからな」

 廃刊だ廃刊、と言って、神田は膝を叩いた。

「大体だね、その生きているんだか死んでいるんだかわからない高校生ってのは、一体どこのどいつなんだい。あと、交通事故にあって脳みそぶちまけたまでは聞いたが、その後どうなったかの説明がないじゃあないか」

「それを言おうとしたら君が怒りだしたんじゃないか」

 藤井は愚痴を言いながら、ポケットに入れていたメモを出した。

 まず、某月某日、星崎がトラックに撥ねられたのは間違いない。即死だったようだ。午前中だった事もあり目撃証言も多数あった。誰もが、被害者はまず助かる見込みのない状態だったと口を揃えたらしい。

「それで、どうしてまだ星崎が生きているという話になるのだ」

「話は最後まで聞いてくれ」

 星崎の遺体は、すぐに救急車で運ばれたらしい。搬送先は、街の総合病院だった。ただ驚くべき事に、その病院は、助かるはずのない星崎を、処置したと言うのだ。

「処置? 解剖ではなくかい?」

「そうらしい。検案に携わった医者は尾関という初老の男だが、彼によると、助かる見込みがあったので適切な処置をしたまでと言ったらしい」

「検死が行われたのなら、やはり1度は星崎は死んだという事かな?」

「確かに妙な具合だが、僕が直接取材した訳ではないからね。警察が病院に到着する頃には、もう手術は終わっていたらしいが」

「という事は実際は検死は行われず、尾関とかいう医師の独断で星崎を治療した訳だね」

 ふむ、と神田は考えこんだ。

 これで目撃証言が1人や2人なら、ショッキングな現場を目撃した故の混乱という形で収まるだろうが、その時間帯は平日の午前だ。しかも車通りの多い交差点である。全員が同じ勘違いをしたというのは考え辛い。

 また、医者の尾関に関しても謎が多い。どうみても助かるはずのない星崎を、どうやって治療したというのだ。

「どうだ、不思議だろう」

「確かに不思議だね」

 神田はあっさりと言った。

「いやにすんなり納得したなぁ。僕だって、死なない人間がいるなんて信じて来た訳じゃない。むしろ逆で、種や仕掛けがあると思ったからこんな寂れたオンボロ小屋までやって来たのだ」

「余計なお世話だね。それと、種や仕掛けがあるからってなんで僕なんかの所に来るのだ」

「そりゃあ、君。君がふし……」

 そこで、いきなり戸を叩く音がした。

「お客さんかい?」

「どうやらそのようだな。予約はなかったが。済まないが、少し外すよ?」

「構わないよ。こちらから押し掛けた話だからな。もし良ければ、少しだけ見学させて欲しいくらいさ」

 神田は返事をせずに行ってしまった。

 断られていないという事は見学させて貰えるという事だろう。

 神田の店には、不思議な悩み事を抱えた客が来ることが稀にある。

 そんな人に対して神田は、自ら作ったという不思議な道具でもって、客の悩みを解決する事を仕事にしている。

 藤井も話には聞いていたが、現場を実際に見るのははじめてだった。

 着いて行こうとすると、痩せた黒い猫が藤井の前に座っていた。

「藤井様、どうか深入りなさいませんよう」

 女性の声でそう聞こえた気がした。

 神田はさっさと客の所に行ってしまった。

 この場には藤井と黒猫が1匹だけである。

「幻聴……かな」

 藤井はひじきを無視して、神田の後を追った。

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