第7話 藤井さんと吉井さん②
藤井は喫茶店の喫煙席でとりあえずコーヒーを注文して、タバコに火を付けた。客は藤井の他にほとんどいない。有名なチェーン店だったはずだが、平日の夜はどこも暇らしい。店員も奥で雑談を楽しんでいるようだし、内緒話をするにはなかなか良い環境だ。
「受験生くらいはいると思ったんですけどね。私の若い頃なんか、勉強場所といえば喫茶店やファミレスでしたよ」
吉田はメニュー表を見ながらまだ何を頼もうか悩んでいるらしい。
「僕も新人の頃はよく喫茶店で漫画のネームを描いたもんだがね。今じゃあ店側が長居させないっていうケースも多いんだろう。僕の近くの喫茶店なんかは、はっきりと店で勉強禁止と書かれていたぜ」
「ネットなんかでも学習塾さながらの動画が受講出来るらしいですからね。環境さえあれば家から出なくても、質の高い勉強が出来るんだから、今の学生さんは羨ましいです」
「確かにな」
藤井もスマホくらいは持っているが、今の若い世代の子達のように使いこなせるかと言われたら自身がない。ちょっとした調べ物とか取材の時に使うボイスレコーダー機能なんかは重宝しているが。
「そう言えば、藤井さんが会った星崎も、受験生らしいですよ」
「知ってるよ」
星崎星落の事は会う前に一通り調べたのだ。
自宅から徒歩15分程度の高校に通っている、ごく普通の学生だったようだ。両親は共働きで、一つ下の弟がいて、その弟も同じ学校に通っているらしい。
本当にごく普通の家庭である。
星崎本人にしたって、素行が悪いとかそういう事は一切ない。小さい頃にはやんちゃだったようで、しょっちゅう怪我をしたり遅い時間になってもなかなか帰らなかったりしたようだが、そんな事は誰だって似たようなものだろう。
トラックに轢かれて即死するまでは、藤井が調べた限りでは、平凡な人物と言えるだろう。
そう、そこが問題なのだ。
彼――星崎は、確実にトラックに轢かれて死んでいるはずなのだ。
目撃者は多数いるし、現場には星崎のものと思われる、おびただしい量の血痕が残っていたという。事故から二週間以上も経った現在ではさすがに清掃されているが。
なぜ星崎は生きている。
不死身だとでもいうのだろうか。
「どうです? 藤井さんから見た、星崎は」
「どうって、普通だよ。特に印象に残るようなことはない。極々普通の高校生という感じだった」
「なるほど」
吉井はそこでようやくメニューが決まったらしく、店員を呼びつけた。
「君はどうかね、星崎について随分調べていたようだが、何かわかったことは?」
「藤井さんと同じですね。何も変わったところはない、普通の子供でした」
やはり星崎についていくら調べても、今回の件に関する有益な情報は出ては来なかった。
当然だろう。実は不死身だなんてわかっていたら――それを本人が自覚するような事件が過去に起きていたとするならば、確実に何らかの形で記録が残っているはずなのだ。それが出なかったとするならば、本人さえ今まで、自分が死なない、あるいは死んでも生き返るなんて知らなかったのだろう。
「ただ、ちょっと気になることはあるんですよね」
「ほう?」
吉井は鞄から手帳を開いた。
中には彼女の調べた、今回の事件に関する内容が詰まっているのだ。
「関和美、星崎の同級生です。ご存知ですか?」
「関?」
「星崎がトラックに轢かれた現場にいたそうです。というか、一緒に登校していたらしいですよ」
「ということはその――関か? その子が第一発見者って訳か。知らなかったな。そいつに詳しく話を聞いてみるってのもありかもな」
「実はもう接触したんですよ。藤井さんにこの話を持ってきた直後のことですが」
「そうなのか?」
吉井は手帳を見つめながら、関と接触した時の様子を語った。
どうやら吉井は随分と初期の段階で関にたどり着いていたらしい。実際に関にコンタクトをはかったのは、関が星崎の入院している病院から出てきた時だったようだ。
長身の細身体形で、切れ長の一重瞼は少々冷たい印象を吉井に与えた。
「よく覚えていません。今まであなたのような人がたくさん来たけれど、ショックで事故の前後の事はほとんど覚えていないんです」
関は、当時の事を聞く吉井に対してそう言った。
「事故の事を聞きたい訳じゃないのよ。私は星崎君の事について聞きたいんです。どんな事でもいいのだけれど」
「私が星崎君について知っていることなんて、大してありませんよ。なんの調査をしているか存じませんが、お役には立てないかと」
「そんなこともないわ。どんな音楽が好きだとか、嫌いな先生とか、そういう話だったらするでしょう? そういう事でもいいのよ」
「はあ」
関の語る星崎は、やはり調べた通りの、どこにでもいる高校生という印象だったようだ。
だが、言葉の節々から、関がどうやら星崎に対して好意を抱いているらしいという事はすぐにわかったらしい。
「関は、はっきりと好きといったのかね?」
藤井は割とどうでもいいところに突っ込んだ。
「言ってませんよ。そこはオンナの勘ってやつです。伊達に三十年女やってませんからねえ」
何故か得意げに吉井は言った。
「まあそんなことはいいんだ。続きを」
吉井はその辺りのことをもっと語りたかったようだが、藤井が先を促したので仕方ないといった様子で続けた。




