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不死の戴冠  作者: りょうま
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第6話

 僕の退院が決まったのは、江口の自殺騒動があった1週間後の事だった。想像以上のスピード退院に病院の誰もが驚いたが、僕としてはむしろ退院に3週間も掛かった事の方が驚きだった。確か小学生の頃に学校の屋上から落ちて死にかけた時は、5日程で完治したはずだ。怪我の度合いはトラックに轢かれた怪我と大差はなかったと思うが、まあ子供の方が怪我の治りが早いって言うしな。

 僕は、過去に4回、普通の人だったら死ぬような致命傷を負っている。

 最初の死は廃墟に住んでいる化け物に襲われた時だった。

 僕以外は全員死んだ。

 死んだとは僕の予測で、実際の所、僕にはその後の事は分からなかった。

 生き残った僕に対して、大人達は、他の子供達の事を何も伝えなかったからだ。

 僕も、だからという訳ではないが、化け物の事や殺されたであろう子供達の事は聞かなかった。多分、何もかも忘れてなかった事にしたいのだと思う。


 退院がいよいよ明日に迫った日の夜22時である。

 喉が乾いたので自動販売機にジュースを買いに行った。もう売店は閉まっている時間で、消灯もしている為、恐ろしく静かな渡り廊下を通る。すると、やっと自動販売機が見えて来る。

 そこに、人影があった。

「うわっ」

 思わず声が出てしまう。真っ暗なのだ。

 人影の正体は、どうやら女性のようだ。

「驚かせてごめんなさい。病室だと落ち着かなくて、この時間は大体ここにいるの」

 自動販売機の灯りがかろうじて女性の姿を照らし出す。

 髪の黒い、痩身の女性である。

 髪の色とは対称的に白い肌。落窪んだ眼が特徴的だった。

 僕は彼女に見覚えがあった。

「えと、江口……さん?」

「あなた、私を知っているの」

 ああ、そうか私この病院だと有名人だものねと、江口は深い溜め息をついた。多くを語らずとも、どうして僕が江口の事を知っているのかは分かっているようだった。

「あまり詳しい事は聞いていませんけどね」

 僕は言い訳のような事を言ってみた。本当はかなり深い事情まで知ってしまっているのだが、そこは敢えて伏せた。誰に聞いたとか言われても面倒だしな。

「気を使わなくていいのよ。この病院の人は大体知ってるって。大方、尾関先生にでも聞いたんでしょう?」

 どうやらあの尾関とかいう医者は、口がとんでもなく軽いらしい。患者のプライバシーはお構い無しのようだ。

 誤解しないでね、と江口は言った。

「いい先生なのよ、本当に。お喋り好きなのは裏を返せば患者の話もちゃんと聞いてくれるって事でしょう。私の話にも何度も相談乗ってもらったわ」

 夜中だからだろうか、前に見たようなヒステリックな印象はない。むしろ落ち着いた教師のような印象で、もう少し焼けて肉でも付けば、かなり美人の方だろう。

「実は貴方も有名人なのよ、星崎さん、かしら?」

「僕がですか? 僕は確かに星崎ですが」

「ほとんど死んだような状態から蘇生した奇跡の高校生って、怪しい雑誌に載ってたわ。尾関先生がインタビューとか受けていたらしいけれど、知らなかった?」

 全く聞いていなかった。

 怪しい雑誌とやらを何故江口が読んでいるのかも気になるが、そう言えばこの病院の売店には誰も読まないようなマイナー雑誌が多数置いてあると関が言っていたから、多分そこで手に入れたのだろう。

「トラックに轢かれたんですよ。もう治りましたが」

「全治数ヶ月って書いてあったんだけど」

「打ちどころがよかっただけですよ。たぶん、吹っ飛ばされて茂みにでも落ちたんでしょう」

「全身血だらけで脳漿ぶちまけたとも書いてあったわ」

「やっぱり脳漿はぶちまけたのかよ!」

 夜中の病院で大声を出してしまった。

 それにしても、どんだけ凄い勢いで轢かれたんだ僕は。

「まあ本当にそうだとしたら即死だろうし、その雑誌自体が嘘ばっかり載せてるようなインチキ雑誌だから、私も面白半分に読んでたんだけどね。長いこと入院してると、他にやることないのよ」

 確かに入院生活は退屈なものである。

 僕もたまに関とかが見舞いに来てくれると、思わず長時間話し込んでしまう。娯楽がないのだ。病院とは病気や怪我を治す所だから、仕方ないとは思うが。

「ねえ、有名人同士で少し話さない?」

 江口は椅子に腰掛けてそんな提案をした。

 特に反対する理由がなかったので、とりあえずコーヒーを僕と江口の2本分買ってから、江口の隣に座った。

「無糖と微糖しかなかったんですが、どっちにします? 僕はこだわりないので、余った方を飲みます」

「ありがとう。苦いのは飲めないから、微糖を貰うわ。でも、私はまだ寝ないからいいけど、こんな時間にコーヒーなんて覚醒しちゃわないかしら?」

「大丈夫です。飲まなきゃ寝れません」

「若いのに……」

「豆の違いとかは分からないですけどね。とりあえずコーヒーが大好きなんです」

「飲みすぎは身体に悪いわよ。自殺願望のある女に言われたくないでしょうけど、身体には気を付けてね」

 江口は優しい口調で僕の身体を気遣ってくれた。

「江口さんは、どうしてそんなに古木さんの事を?」

「ストレートに聴くわね」

「まあ、ちょっと気になって。コーヒー代として聴かせて下さい」

「しかも押し付けがましい」

 半分冗談のつもりで言ったのだが、江口にはウケたらしい。江口は声を出して笑った。今までが陰鬱な表情だっただけに、急に花が咲いたようだった。病気や精神的な負担があった為に今の暗い顔になっているだけで、この笑顔が彼女の本来の性質なのだろうと感じた。関の方がよっぽど根暗なような気がする。

「あの人、古木さんね。私よりも歳下で27、8なんだけど、私と同い年の姉がいるらしくて、割と趣味があったのよ。音楽とかタレントとか。最初はその話で結構盛り上がって、問診の時以外にもちょくちょく部屋に来てくれて、世間話なんかしてたのね。それで」

「だんだん好きになった?」

「というより、この人私に気があるって思っちゃったのよ。今思うと、勘違いも甚だしいって感じだけれども。自意識過剰だったわ」

「でも、精神的に辛い時期に優しくされたら、誰だってそう思うかもですね」

「あー、私も焼きが回ったわ。一回りも歳下の男の子に励まされるなんて」

 江口は頭を抱えた。

「大丈夫ですよ。宇宙の広大さに比べたら、失恋なんて屁みたいなもんです」

「更に追い討ちで……」

 江口は腹を抱える格好になった。どうやら笑っているらしい。笑う顔は実際の年齢よりも若く見える。

 ひとしきり声を上げて笑ったあと、江口は言った。

「あなた、星崎くん? ホントに面白い子ね。お姉さんちょっとだけ元気出てきたわ」

「それはよかったです。だから自殺なんて考えずに、前に進んで下さいよ。物凄く綺麗なんですから」

「……そうね。ありがとう」

 それだけ言って、江口は病室へ帰った。

 死ぬ事の出来ない僕が、自殺願望の女性を励ましてしまった。

「自殺ねえ。まあ、あの調子なら江口さんは大丈夫そうだな」

 残っていたコーヒーを一気に飲み干して、僕も病室に帰ることにした。



 その後、江口瞳が入院先の病院で死んだという知らせが届いたのは、僕が退院して3日後の事だった。


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