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不死の戴冠  作者: りょうま
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第4話 藤井さんと吉田さん。

 藤井は、もうこれ以上積み上がらないほど吸殻の溜まった灰皿に、1口しか吸っていないタバコを押し付けた。

 1口吸う事に不味くて吐きそうになる。身体にも悪く、何より高い。こんな腹にも貯まらないものに1箱500円弱の金を払うくらいなら、コンビニで弁当の一つでも買った方がマシである。身体に悪いのはどちらも変わるまい。そうは思うのだが、何故かいつもタバコを買ってしまう。つまるところ依存である。健康の為、節約の為と禁煙を志していた時代は遥か昔の話だった。

 自分はきっとタバコの為に生きて、タバコに殺されて死ぬのだろう。

 そう思うと何故か幾分か気持ちが楽になってきて、藤井は今日初めて、仕事部屋にある机に向かった。

 特にアイデアが浮かんだ訳でも仕事に対するやる気が復活した訳でもないが、とりあえず描かねば金は入って来ない。

 藤井は、月刊の情報誌に連載を描いている漫画家である。

 月刊と謳って入るものの、出版社のやる気はなく、出たり出なかったりと非常に不真面目な雑誌である。不真面目な雑誌ではあるが、不真面目なりに一定のファンはいて、創刊から今までしぶとく生き延びているマイナーな雑誌だ。

 内容は雑食で、芸能人のスキャンダルだったりアダルトだったりと、大手の情報誌と似たような中身になっているが、昔の未解決事件や怪談、都市伝説の類の記事に特に力を入れている。他にもエログロな倶楽部や人身売買等、凡そ一般大衆向けとは思えないような悪趣味な記事も大量に掲載されている事から、思うにそういった記事が好きな一部の層に受けているという事なのだろう。

 藤井は、そんな雑誌に毎回数ページ、漫画を連載している。

 マイナーな雑誌故に知名度もない為単行本が出る事はないが、雑誌に載れば一ページいくらかで原稿料が出る他、週に1度か2度出版社に行って、電話で取材や記事を作ったりと記者の真似事をしている為、独身の男が最低限の生活をする金は稼ぐ事が出来るという訳だ。

 藤井は今年で37になる。

 両親の面倒は弟夫婦が見ているし、自分には恋人すらいない為、気楽な身分である。

 しかし、藤井は自分でも自覚するほどガサツで不衛生な見た目をしているにも関わらず、何故か女性からはモテた。理由はわからない。ただ、藤井の周囲にはどういう訳か女性が多いというのは事実である。

 チャイムが鳴った。

 藤井の借りているアパートは、モニターなどという便利なものはない。ただ藤井の客と言えば家賃の回収をしに来た大屋か漫画の原稿を取りに来た編集者くらいのものだから、そのどちらかだろう。

「せんせえー! 藤井先生はいらっしゃいますかー?」

 どうやら今回の客は後者だったらしい。

 藤井は億劫そうに席を立つと、玄関に向かった。

「私だ」

「あ、藤井先生。よかった、ご在宅だったんですね。私です。吉田ですよお」

 吉田とは、一応藤井の担当という事になっている吉田育美(よしだ いくみ)である。

 年齢は30そこそこだったと思う。

 しかし、それを感じさせないくらいに若々しい、はつらつとした女性であり、藤井は、彼女に大いに好感を持っている。もちろん、職場の中の一人として、だが。

「ところでなんの用かな吉田さん。悪いけど原稿ならまだ出来ていないぜ」

「あ、そうなんですね。でも先生の筆が遅い事は重々承知していたんで、平気です。とりあえず開けて下さい」

 吉田は結構毒舌でズバズバとものを言う。

「いや、うら若い女性をこんな汚い部屋に上げる訳にはいかないよ。掃除なんてとんとしないしね」

「せんせえ。私の年齢知ってて言ってますよね。先生と私そんなに変わらないですよ。とにかく私は気にしませんから、入れて下さいよ。寒いです」

 確かに今日は少々冷えるようだ。

「言っておくけど、私の部屋の惨状を見て引いたりするなよ」

 藤井は吉田を、しばらく掃除なんかしていない寂れた部屋に招き入れた。

 風邪を引かれるよりはマシだろう。

「なんだ、以外とキレイにしてるじゃないですか」

「キミの部屋も大概だな」

 藤井は仕事部屋に吉田を案内した。

 お茶くらい出すべきなのだろうが、藤井はお湯を沸かすポットもやかんも持っていない。まさか冷蔵庫に常備してある酒を出す訳にもいかないので、結局何も出さないという選択をした。

 急な来客だし、察してくれるだろう。

「で、もう1度聞くが、今日は何の用だい? まさか私に個人的に会いに来たって訳でもないだろう?」

「だったらもっとお洒落してきますって。というか、藤井さん私の事女性として見ていないでしょう?」

「いやいや、君のようなキレイで仕事の出来る女性はそうそういたもんじゃない。職場の男どももほっとかないだろ?」

「あの人らは駄目です。何度か誘われた事ありますけど、なんか薄っぺらいんですよね。言葉一つにしたってそうですけど。苦労とかした事ないんですよ。ウチの社長とか特にそうですけども」

「そんな事はないだろう。君のとこの社長と言えば、弱冠30歳で、たった数人と僅かな資本で今の出版社を立ち上げた行動力溢れる人物じゃないか。最初の頃は大変な苦労があったと聞くぜ?」

「そりゃあ自分が好きな事する為に、会社を建てた方が都合がよかっただけの話ですって。好きな事してるだけなんだから、それは苦労じゃないです」

「そんな事はないだろう。大体君、企業するのだって、色々な書類を揃えたり定款を作成したり、物凄い大変だそうじゃないか」

「そういうのは大体代行業者がやってくれるんですよ。とにかく大変な事は他人にやらそうってのがウチの社長の方式で、自分は好きな事ばっかりやってます」

 お金儲けとか地位が欲しかったとか、そういう理由の方がまだ理解出来ますよと吉田は洩らして、1本だけいいですかと二本指を口元にやった。タバコだろう。

「構わないよ。というか、珍しくかなりイライラしているじゃないか。出版社の編集という仕事は、どうやらかなりストレスの溜まる仕事らしいな」

「本当ですよ。まあ仕事が忙しい事は有難い事なんですけどね。今日もあっちで殺人こっちで殺人……」

「ネタに事欠かない訳か」

「あまり忙しい事を喜べる仕事ではないですよね。それだけの人が不幸になっている訳ですから」

「まあそれでも真実を知りたがる人の為に情報を提供するのが君らの仕事だろう。オマケで漫画を載せて貰っている身だから、あまり偉そうな事は言えないが」

「そんな事はないですよ。先生の漫画はかなり好評です。まあ先生の仰る通りなんですが、でもそれだけだと他の大手雑誌に埋もれちゃうんです。だから、真実を追いかけつつつ、他の会社が思い付かない、それでいて民衆が興味を持ってくれるようなすんごいネタを探さなきゃいけないんです」

「なるほどねえ。しかし、それで僕のところに来るってのはよくわからないな。そんなネタ僕が持ってたら、苦労はない」

 漫画のネタにも詰まっていたくらいなのだ。

「今日来たのは、先生の生存確認と、ちょっとお手伝いして欲しい事があるからなんです。漫画は大丈夫、どうせ今月号はウチ出ませんから。あ、ちゃんとお給料出しますから、まずはお話だけでもお願いします」

「あ、そうなんだ」

 なんだか面倒な話になりそうである。しかし給料が出るというのは有難い。丁度懐の方が寂しくなって来たところである。

 しかしあまりに食い付きが良いと足元を見られそうだ。

「まあ、あまり気は進まないが、他ならぬ吉田女史の頼みだ。とりあえず話だけは聞こう。手伝うか断るかは、聞いてから決めるが、いいかね?」

「ありがとうございます。それで結構です」

 吉田が普段以上に真面目な口調になった為、藤井は少し姿勢を正した。

「一週間前、学生が居眠り運転をしていたトラックに轢かれた事件、覚えてらっしゃいます?」

 その事件には覚えがあった。

 確か、ニュースや新聞でもかなり大きく取り上げられたと記憶している。

「確か、その被害者は……」

 藤井は、吉田の表情が一瞬青ざめたのを見逃さなかった。

「ええ。死亡しています。即死だったようです。目撃者によると、辺り一面血だらけで、脳漿があちこちにぶちまけられていたそうです」

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