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不死の戴冠  作者: りょうま
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第1話 主人公死す!

 名前とはなんだろうと考える。

 ここで言う「名前」というのは、例えば、脊椎動物亜門・両性膜無尾目の動物を「カエル」と呼ぶ、というような学問的な呼び名ではなく、あくまでも人名の事である。織田信長だとか、坂本龍馬だとか、そういう「名前」だ。

 僕達人間は、基本、親から授かった名前を、生涯のパートナーとして使い続けていくだろう。最近だとキラキラネームなどといって、学校生活や就職活動等で障害になるであろう、突拍子もない名前を子に付ける親もいるようだけれども。それでも大半の人間――ここでは敢えて日本人に限定させてもらうが――は、親から貰った名前を、死ぬまで変えずに、名乗り続けていくだろう。

 名前とは、その人その人を表す記号のようなものであり、個性でもあるのだ。

 そんな僕こと星崎星落(ホシザキ セイラク)も、そんな大半の人間の内の一人である。

 ある人物に言わせると、僕の名前もなかなか珍しい部類に入るらしいが、僕自身は、この星落という名前を気に入っている。

 めちゃくちゃかっこいい。

 僕がラッパーだったのなら、マジ親に感謝という詩を曲に乗せて、ストリートをダンスしていた事だろう。

 しかし、残念な事に僕はラッパーではなく、来年に大学受験を控えた単なる高校生である。

 ――ラップとか歌ってる場合じゃねえ。

 ただでさえ名前に「落」という漢字が使われているのだ。この受験生にとって一番デリケートな時期に「落」はマズイ。小学校から中学、高校と常に同じクラスを貫き通してきた仲間ですら、去年の夏ごろから僕の事を名前ではなく名字で呼ぶ。

「あ、せいら……星崎君。おはよう」

「……おはよう関さん」

 関和美(せき かずみ)

 小学校から高校まで一貫して同じクラスだった同級生で、去年の夏あたりから突然僕の事を名前ではなく名字で呼び出した女である。

 六月十二日生まれの双子座。

 AB型である。

 因みに僕は九月十日生まれの乙女座。

 今日の占いでは、二面性のある乙女座の女に注意! 最悪の場合死にます! と出ていた。

 今どき珍しい、死を暗示する占いだった。

「という訳でさようなら関さん」

「何がという訳でなんだ」

「大事な受験前に運気を落としたくないのだ。出来たら半径2万キロ以内に近寄らないでくれたまえ」

「地球から出ていけと?」

 いいから早く学校行こ、と関は僕を急かした。

 そうだった。

 僕は今登校中なのだったと思い出した直後の事である。

 何かに躓いた訳でもなく、水溜りが凍っていた訳でもないのに、何故か僕は思いっきり滑ってコケた。

 しかも尻もちをつくならまだしも、前方に。

 顔面を強かに打ち付けた僕は、かなりの恥ずかしさを堪えながら、ゆっくりと起き上がった。

「な、なにいきなり転んでるんだよ」

「……占いの通りかも知れない。君のそばに寄ると不幸な事が起きるようだ。出来たら一億五千万キロほど離れて歩いてくれたまえ」

「太陽まで離れる必要があるのか……」

「というかやべえ、僕今日宿題忘れた。やっぱり関さんが近くにいるからだ。占いの通りだ」

「それは君の不注意だろうに」

 確かに。

「という訳だから関さん、先生が宿題回収する前までノートを貸しておくれ。この借りは今日中に返す」

「具体案」

「ことが済んだら、学食をご馳走しようじゃないか。デザートを付けても良い」

「確約ならば手を打とう」

 交渉成立。

 学食プラスデザートは正直財布に痛いが、受験前に先生の評価を落とす訳にはいかないからな。

 僕と関は、他愛のない会話をしながら学校へ向かった。

 もうすぐ梅雨も明けようかという、6月末だった。


「そういえば星崎君。最近、妙な噂がこの辺りで流れているのを知っているかい?」

「妙な噂?」

「肌のなまっ白い、猫のような少女が山と街を行き来しているらしい。見た人は魂を吸われるとか、手足をバラバラにされて頭は喰われてしまうとか、まあ、ほとんどは聞くに耐えない流言蜚語の類ではあるんだが」

 昔話で聞く妖怪の話のようだ。聞くところによると、関は水木しげるの大ファンで、魑魅魍魎だとかの怪談話が3度の飯よりも好きな質なのである。僕は幼い頃から、彼女の妖怪話の相手をしている。といっても僕もそういう話自体が嫌いではないから苦にならないだけで、人に話すほどそういう話を持っている訳ではないので、専ら聞くのが専門だ。

「そういう話なら聞いた事があるぞ。確か関さんから聞いたんだ。華奢みたいな名前の」

「火車かい? 生前罪を犯した者の死体を持ち去って、バラバラにしてばら撒く妖怪だ。これも猫の妖怪だ。たしかに、似てはいるね」

「そう、それそれ。有名なのか?」

「かなりメジャーだと思うよ。佐賀の鍋島猫も有名だが、火車も負けないくらい有名な妖怪だね。最も、こちらは場所はあまり特定されていないようだが。ただ火車の正体は年老いた猫だとか魍魎だとか言うし、噂の猫は生きてるやつを食べたりバラバラにする少女って話だから、多分似てるだけだね」

 魍魎と聞いて、関から勧められた京極夏彦の「魍魎の匣」を思い出した。

 思い出したと言っても、ページが多すぎて、実はまだ読み切れてはいないが。

 1000ページ近くあるんだぜ、あれ。

「その猫みたいな女の子は、犯罪者ばっかり捕まえて食べるのか?」

「どうやら違うらしいね。あくまで噂だが、年端もいかない子供が主なターゲットらしい。麓のばあさんの話によると、夜な夜な白い猫みたいな女が、小さな子供を連れて山へ連れてくんだそうだ。こうなると火車って線は薄いね。小さな子供って事は罪人じゃあないし」

「猫みたいなってのも曖昧で分かりづらいよな。耳でも付いてたなら分かるけど」

 猫と少女という言葉で連想してみても、シリーズを追うごとに頭身が高くなっている猫娘しか思い浮かばなかった。

 もちろん、ゲゲゲの鬼太郎の話である。

「まあ、猫と少女ってのも妖怪じゃあ良く見かける姿だしなあ。こっちもこっちで珍しくもないのか。まあ大体化けるのは猫か狸と相場は決まっているし」

「猫と少女?」

 と言っても鬼太郎の方じゃないよと関は言う。

「この場合は少女ってより女性って感じだがね。女性、遊女、ネコ」

「どういう意味だ?」

「私にあまりその辺りを詳しく語る気はないよ。場合によっては性差別的思想だと捉えられかねないし。まあ妖怪ってのは昔の人が考えたもんだし、その時代時代に合わせた姿を取ってきたんだろうから、今の常識と照らし合わせて如何なるものかと論ずるのは乱暴なんだが」

「はあ」

 全然分からなかった。多分、彼女はわざとわからないように言っている。こういう場合、経験上、大体はぐらかされる傾向にあるから、今日こそはと色々突っ込んで聞いてみたくなった。

「まあ、僕の理解力の及ぶ範囲で想像するに、なんかの妖怪……この場合は猫か。そいつが女性の性を酷く穢すようなことをしたってことか? 遊女ってのは、その、夜の女性の事だろう」

 あえて直接的な表現は避けた。関和美という人間は、こと性差の問題については、人一倍うるさいのだ。男女は平等でなくてはならず、差別などあってはならないというのが、彼女の自論らしい。

 そういう話題になった場合、僕は言葉を慎重に選ばなければならない。普段のバカバカしい、中身のない会話ならともかく、この手の話は、彼女の中のあるスイッチに触れてしまう恐れがある。

 だが今日は普段とは少し態度が違っていた。

「星崎君、そりゃあ、猫の妖怪が女を犯したって意味かい? そんな話はあまり聞かないなあ。さっき言ったのはね、ああ、でも中国の金華猫がいたか。あれは猫が美少女や美少年に化けて異性を誑かす話だね。あれは逆に猫を食べるって話さ」

「食べちゃうのか。中国の文化か? あれ、犬は聞いたことあったけどな」

「水滸伝なんか読むと、人間とかも団子状にして食べてるけどね。まあ、猫も食べるんだろ」

 凄い国だなと感想を言うと、日本も大差ないよという返事が帰って来た。そういえば、食べるのとは違うが三味線なんかも猫の皮を使っているという話を聞いたような気がする。

「まあ、金華猫を食うってのは一応理由があってね。あれは呪いを解く為に食うんだ」

「呪いを解く?」

「そう、呪い……」

 そこで関は、なにかに気が付いたような顔をして、手で顔を覆った。


 風が吹いた。

 関の長い髪が風に揺れた。

「ああ、そうか。わかったよ、星崎くん」

「どうした? 何がわかったって?」

 返事は無かった。

 僕達は交差点の信号で立ち止まった。

 赤信号だった為である。

 そう、赤信号は止まれである。

 赤信号の前ではアメリカ大統領ですら止まる。

 止まらないのは、闘牛くらいのものではなかろうか。

「あれ?」

 だったら、今僕の目の前に迫って来ているトラックは、一体何なんだろう。

 闘牛なんだろうか。

 激しいブレーキ音が聞こえる。

 目の前には大型のトラックが迫って来ている。

 どんどん大きくなる。

 ブレーキ音が大きくなり、トラックがどんどん大きくなる。

 隣を見る。

 関が、地面に座り込みながら何かを叫んでいる。

 聞こえない。

 ブレーキ音が大きすぎて全く聞き取れない。

 目の前を見る。

 トラックが見える。運転手が慌ててハンドルを切っている。

 居眠り運転でもしていたのだろうか。

 馬鹿野郎。

 寝不足なのはお前だけじゃない。全国の受験生は軒並みほぼ全員一切合切寝不足だぞ。

 再び隣を見る。

 関は地面にへたりこんだまま変わっていない。

 そりゃそうだ。

 たぶん、トラックがこっちの方に突っ込んで来ているのに気が付いてから、一秒も経っていない。

「星崎君!!」

 ようやく関の叫び声が聞き取れた時には、巨大な鉄の塊が僕を飲み込んで、衝撃で吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた後だった。

 不思議な事に痛みはなかった。

 ただ、身体は全く動かない。

 かろうじて眼球が少し動くくらいだ。

 しかし異常に寒い。寒い以外の感覚がない。

 僕は視界の端で関の姿を捉える。

 関は少し離れたところから、這うようにして僕に近付いて来る。

 どうやら跳ねられたのは僕だけで、彼女に怪我はないようだ。

 よかったよかった。

 と、安心したところで、急に視界が真っ暗になった。

 どうやら、僕は死んでしまったらしい。

 占いの通りになった。

 残念、僕の人生はここで終了してしまった!

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