Fe 硬く壊れにくく錆びやすい
「これは、マジか」
リカルドがイスカに連れられて来た場所は、廃墟同然のシェルターだった。泊まれそうな所と聞けば、嘘だと思っても飛びつかない訳には行かなかったのだが。
爆撃か何かで天井は崩れ、壁には穴が空き、更には割れたガラス等が床に散らばっているため、安全性は皆無に近かった。
しかし、リカルドの言った『マジか』は、そんな表面的な欠点を見て評したものでは無い。
近くの瓦礫を適当に退かす。
「壊れたラジオ……直せばまだ使えるやつだ。錆びたボルトに、この分だと修理に必要な材料も充分以上にありそう……」
もともと体を動かす事が得意では無く、もっぱら細かい作業や機械いじりが好きだったリカルドにとって、この廃墟のようなシェルターはまるで宝物庫のようだった。
その後も、軽く調べただけで、金槌に金梃子、あまり使えそうに無いものの、機械部品も幾つか見つけた。
資材の山かここは!?
ここが今まで手付かずだった事にも驚きだが、イスカちゃんはどうやってここを見つけた?
疑問は絶えないが、今は呑み込んで他の避難民にこの場所を知らせる事にする。イスカも付いて来るようだ。一人で探索する危険を理解しているのかは判断つかないが、好都合である事に変わりは無い。
皆の所まで戻ると、先ずは大人が子供達を集める。これから話す事は、なるべく全員に聞いてもらいたかった。
まず、何とか雨風を防げそうな場所を見つけた事、瓦礫だらけで今は無理そうだが、それさえ何とかすれば、これからの懸念が幾らか払拭できそうだと言う事を、リカルドは皆の前で話した。
その間、話を聞く者たちの表情が明るくなっていったのは言うまでも無い。特に子供達のは顕著だった、常に素直であるが故に、不満を溜め込みやすいのだろう。
その後は、体力に自信のある者が中心となって、瓦礫の撤去作業を行った。勿論、安全第一で。体の弱い老人はなけなしの食料で食事の準備を進めてもらう。
瓦礫撤去には、何故かイスカも加わっていた。頭は良いし、怪我はしないようにと注意をして、一応、もしもの為にリカルドが近くで見守る事にする。
取り敢えず初日は、すし詰めでも良いから全員が寝られる程度の空間を確保する事を目標とした。何とか見つけたシャベルも使って作業をしたが、正午から初めて日が沈むまでに終わらせるにはやはり無理があった。
体力のある者は全員、こちらの作業をしてもらっているが、どんなに頑張っても全体の半分程度しか収められない。
今無理をして、明日以降に動けなくなるのでは意味が無いな。
今日のところはここで終わるか…いや駄目だな、反対が出るのは目に見えている。集団内での分裂は避けたいから……
「皆、今は少し休憩しよう!」
リカルドは、先ずは皆を休ませる事にした。今や一日一食もままならない食事を摂らせると、後の作業の予定を話す。
それは、作業を三交代制にすると言った内容だった。撤去作業組を更に三組に分け、その内の一組は作業を続行、二組には仮眠をとらせる。これをローテーションさせ、常に作業を進める状態を作る。
勿論効率は格段に下がるが、今後を考えれば無理をさせるよりはずっとマシだ。
この後は夜間作業になる。シェルターにはそれほど広い空間は無さそうだから光源の電灯は一つでも間に合うだろうが、それよりも眠気による注意の散漫が心配だった。
しかしその心配自体は杞憂に終わる。誰もが緊張感を持って作業に臨み、怪我などする事も無く進められた。
夜間、イスカは瓦礫の撤去には参加せず、リカルドから小さい懐中電灯を借りて、シェルター内の探索をしていた。
その目的は、資材の確保。小さくて身軽なイスカだからこそ、それほど広くもない隙間を潜って移動ができた。散らばったガラス片などは、足に布切れを巻いて防いでいる。
そして現在、鍵のかかった箱のような物を前にしていた。前の住人は、恐らくは鍵を開けて中の物を持ち出して逃げる余裕などは無かっただろう。必然、この中には何かが入っている公算は高かった。
錆び防止の為の金メッキが塗られている錠前の鍵穴に、針金を挿し込む。微かな手応えを元に、開錠を試みた。
ピッキング。唯の子供では、知っている事すら可笑しいスキル。
しかし、イスカは普通では無かった。この少女を知る者ならば、彼女の両親を思い浮かべれば納得してしまうが。
かちゃん、音が鳴り、錠前が外れる。
イスカは、ゆっくりと箱の戸を開き……
「ダメ」
落胆した。