H 空気より軽い命
戦争
歴史を辿れば、人類のあるところにはいつもそれが付き纏う。
領土の為、資源の為、愛の成就の為。民族の違いに宗教の違いから。数も理由も、数え上げればキリがない。
だが、少なくとも戦争は、多くの人の人生を変える。当事者のあずかり知らぬところで、しかし確実に……
砂塵が舞い上がり、土煙と鉛の銃弾が視界を埋め尽くす。右脇腹を撃たれた兵士は、銃創を押さえながらも片手で拳銃を撃ち放った。
しかし、碌に狙いも定めていない銃弾は、敵兵に擦りもしない。運悪く飛んできた流れ弾によって、その兵士は戦死した。
一人の同僚の戦死など味方の兵士は気にもしないし、敵兵の死を気にする者もいない。断末魔も上げずに死んだ男は、その瞬間に忘れ去られる。
ただ一人、偶々それを目撃した避難民の少女を除いて。
叔母に手を引かれて、被弾を避けるために川に入って避難を続ける少女。
「……ごめんなさい」
死んで行くだけの兵士を思い、何も出来ない弱い自分を嘆いて口から出た言葉。
力無き少女は、倒れた兵に流した涙を拭う。
止まりかけた足は、手を掴む叔母に引かれてまた動き出す。
「立ち止まらないで、イスカ」
「うん、叔母さん」
少女の名はイスカ。今は名も無き避難民。
涙を流して、ただ生きているだけ。力も意味も救いもない、戦争と言う渦に流される少女。
イスカは、戦場から目を背ける。危険だとか、怖いだとか言う前に、イスカにとって死の渦巻くあの場所は悲し過ぎた。
一歩でも、一秒でも早く。
ここから離れたい。渇望はただ唯一、少女の原動力となる。
死なないように、居るかどうかも分からない神に祈りながら、避難民は歩く。既に何人かが流れ弾か何かで命を落としており、モチベーションは良くはない。
「慌てちゃダメ。いい?」
「わかってる」
何度目か知れない忠告。イスカに言い聞かせている風ではあるが、それは自分自身に向けられているのだろう。
それだけ追い詰められて、そしてそれだけ不安なのだ。自己暗示でもしていなければ保っていられないくらいに。
そのような状態で言った言葉など、イスカには届きもしない。
未だ銃弾の飛び交う戦場。無言で倒れる兵士に罵倒の声。生者も死者も関係なく、砂塵が、鉛玉が打ち据える。
イスカは振り返らない。自分では助けられない、行くだけ無駄だと悟っているから。
イスカと言う少女は、一概に子供と言えない程に正しい。戦争と言う現状を理解し、先ずは自分の命を最優先にして、その上で他人を尊重できる程度には。
そして、イスカと言う少女は優しい。友人の為、他人の為、それこそ、見ず知らずの兵士の為に涙を流せる程に。
これは、ある少女の物語。
戦争に人生を狂わされた、たった一人の少女の物語。