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邂逅の行方

 一瞬だけ固まっていたぼくは、白い布を拾って女性に掛け、巻くようにして仰向けに持ち上げる。


 “龍の使い”


 村長の言葉が蘇る。

 無愛想な中年の女という話だったが、それにしては若い。十代前半にも見えるし、二十代半ばにも思える。この世界の人間はどれも人種的(あるいは種族的)特徴が日本人とはかけ離れていることもあって、年齢が特定できない。疲れ切ったように乱れた髪と苦悶の表情を除けば、細面の端正な顔立ちはむしろ幼いといってもいくらいだ。


「喰われては、いなかったんだ……」


 ハッとして口をつぐむ。彼女の肩から左腕に掛けて、青黒い斑紋が浮かんでいる。透き通るように白い肌の上でそこだけ禍々しく暗い。それは染みや傷ではなく何かの病症のように見えた。


 うめき声を上げて、女性が目を開ける。こちらを見る瞳は虚ろで、何も捉えてはいない。

 

「大丈夫ですか、ここがどこかわかりますか」


 救急救命の基本として訊いてはみるが、ここがどこなのかはぼくもわからない。重要なのはアドレスではなく見当識障害の確認なのだと思い直す。


「ぼくは馬場真一郎。あなたが倒れているところを見つけました。ぼくの言葉がわかるなら、うなずいて」


 首を傾げる。聞こえているが、通じてはいないようだ。


「名前をいってみてください。名前。ぼくは、ばば、しんいちろう」


「……めいふぇん」


「よし、いいぞメイフェン。この辺りに、誰か保護者はいますか。父親、母親、兄弟……」


 それとも、ドラゴン。

 不埒なことをしているとでも疑われて齧られたらたまらんなと、不謹慎なことが頭をよぎる。相手は全裸の女性なのだ。薄布を巻いたとはいえ、この状況では誤解されないとも限らない。

 メイフェンは起き上がろうと足掻く。布がまくれ上がり、豊かな胸元が露わになった。目を逸らそうとして、そこに刻まれた刻印のようなものが目に留まる。


 それは、弾痕のように見えた。


 彼女はふらつきながらも起き上がり、巻かれていた布を身に着け始める。ぼくは背を向け、衣擦れの音がする方に話しかけた。


「ごめん、見つけたときに服を着ていなくて、それで……」


「ふぉーらぅんあいと」


 何語かわからない聞き慣れない響き。振り返ると、メイフェンの姿は消えていた。


◇◇


「喰われなかったのか」


 夕闇せまる頃、村に戻ると村長が呆れたような顔でぼくを見た。村の中心にあったキャンプファイヤーは撤去され、代わりに串焼きの肉が並んでバーベキューパーティーのような状態になっている。女性陣が広場の端で骨と内臓を洗っている。用途は不明だが、仕留めた獲物は無駄なく使う知恵があるのだろう。


「龍には会えたのか」


「いや。しばらく待ったが現れなかったんで、鹿は置いてきた」


 “龍の使い”らしき女性と会えたことを伝えるべきか迷う。


「ああ……ええと、村長」


「わたしの名はトゥル・エルだ、龍の使いよ」


 彼に限らず、この村の人間については誰も、名前を訊いていなかったことを思い出す。ぼくにしては珍しいことだが、なぜかそういう気になれなかったのだ。


 ――なぜか、じゃないな。


 誰だって、自分を磔にしてドラゴンの生贄に捧げようとしたやつらと仲良くなりたいとは思わない。

 だが、結果的には、ぼくに被害はなかった。彼らは、代表者がその報いを受けた。

 今後の利害を考えれば、ここは和解してもいいのかもしれない。


「馬場、真一郎だ」


「このエル村のトゥルでトゥル・エルだが、シニチルというのが村の名か?」


「ババは家族の名で、シンイチロウがぼくの名だ。呼びにくければシンと」


「ふむ、シンか。なるほどな」


 何か勝手に納得したような顔をされても困るのだが。怪訝な表情を見てトゥル・エルが苦笑する。


「シンは森の神の使い、受難者の名だ。他人に代わって罪や汚れを身に受け、光りをもたらしたと伝えられている」


「冗談じゃない。ぼくは自分の利益のためにしか動かない。他人がどうなろうと知ったことか」


 裏切られてどん底を這いずり回ったとき、そう決めたんだ。前世か何か知らないが、あんな惨めな失敗などしない。

 村長は肩を竦めるようなポーズでぼくの言葉を受け流す。


「信じていないとでもいいたいのか」


「見ろ、お前が仕留めた野ブタの肉で、ひと月は村が潤う。みなお前に感謝している」


「ドラゴンのためだ。ひいてはぼくのぼくの利益になる」


「そう、おまえにそうさせたのがまさに神の意志だ」


 だから宗教関係者は嫌いだ。頑迷でひとの話を聞かない。

 肉の刺さった串を押しつけられた。齧ると野趣あふれる肉の旨みが口いっぱいに広がる。少し焦げたような脂に甘みがあり、食べ慣れた豚の肉よりも遥かに美味い。


「明日また山に入る。ドラゴンに会って、今後のことを話してみよう。あれだけの大物を届けたんだ、しばらく狩りの手助けは要らない」


 必要なら、ぼくがひとりで狩れるだけのものを届けよう。煩雑な手間が増える反面、小まめに会うことになり、コミュニケーションを取る機会が増える。クライアントの心を開くチャンスが増える。

 あとはこちらの腕次第だ。


「これからどうする? わたしの家で良ければ寝る場所は作るが」


「それはありがたい」


 ドラゴンと長く付き合うためには、この村との関係も築く必要がある。もう少し親しくなれば、印象も変わるかもしれない。

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