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龍の贄

 眠りはいつも絶望を運んできた。

 あるときは目覚めると両親の死を知らせる電話の音で。あるときは目覚めると遺産の相続放棄を要求する親族連中がドアを叩く音で。あるときは目覚めると全財産を奪われた挙句に借金まで背負わされて自宅から立ち退かせようという男たちに手足を抱えられていて。あるときは目覚めると借金取りのチンピラが安アパートの窓ガラスを叩き割っていて。あるときは目覚めると集中治療室の窓越しに幼馴染が泣きながらぼくを見ていて。

 そして今度は……


「……この発想はなかった」


 ぼくは笑う。笑うしかなかった。

 木の杭に縛り付けられて神輿に乗せられ、被り物を纏った集団に担がれてどこへやら運ばれているところなのだ。杭は十字架状に組まれているのだが、どういうわけか縦横ともに棒が短い。水平に伸ばされた腕は肘から先が上向きに固定され、下半身も中腰状態のガニ股で固定されている。

 だからどうということもないのだが、見た目は“十字架に掛けられた”という悲劇的イメージから程遠い。


「ちょっと、こういうとこ手抜きするのやめてくんないかな……これ最期のセレモニーになったら半笑いで死にそうだわ……」


 独り言をつぶやきながら、ぼくは意識を覚醒させる。

 どれだけ気を失っていたのか、周囲はいつの間にか真っ暗になっていた。

 神輿の前には先導役――動きと姿勢からしてたぶん老人――が長い松明を揺すりながら歩いている。長老か何かだろう。そして、どこをどう見てもぼくの置かれた状況はふたつにひとつ。


「なあ、ちょっと訊いていい?」


 神輿を担ぐ被り物集団はぼくの問いに答えず、こちらを見ようともしない。


「この世界で拘束される覚えはないんだが、もしかして生贄かなにかか?」


 返答はない。ぼくは冷静になろうと深呼吸をした。

 濁流に呑まれ上空に投げ出されたところまでは覚えている。周囲で流木や濁流が舞い踊っているのがスローモーションみたいに見えて、眼下の水面が遠くに、やたら美しく輝いて見えて、そこにゆっくり吸い込まれて行く自分をどこか他人事みたいに感じていたんだが。

 滝壺に落ちてからは、まるで記憶がない。ちなみに、走馬灯は見なかった。


 いまいるところが天国ということもなさそうだし、川から流れ着いたところで彼らに拾われたんだろう。武器や装備はもちろん、飛ばされたときに着てきたTシャツもジーンズもスニーカーも奪われ、下半身にふんどし的な布を巻かれているだけだ。しかも、巻きが甘い。

 こんな状況だが、大股開きのおかしなポーズでは、横からはみ出そうで気が気ではない。


「ねえ、せめてどこに運ばれるか教えてくれないですかね?」


 無言。というか延々と何かをつぶやいているようだが聞き取れない。

 どこに運ばれるのか不明ながら、周囲を観察する時間はあった。獣道に毛が生えたほどの道が続いている。目に入る明かりは、先導する長老(と思われる老人)の松明だけ。振り返ると、数十メートル先でいくつも火が焚かれ、藁葺き屋根の簡素な小屋がいくつか光に浮かび上がっていた。


 ――あそこが、このパレードのスタート地点か。逃げるなら早いうちの方が良さそうだな。山道を深くまで入り込まれると人里に戻れなくなる。


 神輿を担ぐ被り物集団は、露出した手足を見る限り人間だった。体格も160センチ程度で中肉中背、獣人と思われるような毛も爪も特徴的なディテールもない。武器も持っていない。半分は女性のようだし、あんな貧しい村で暮らしているなら戦闘経験もないだろう。つまり。


 戦えば、勝てる(かもしれない)。

 この安普請の神輿から逃れられれば、だが。


 試しに、軽く体重移動をしてみる。担ぎ手がハッと慌ててバランスを取り始めた。思った通り、彼らはそんなに体力はないのだ。今度は思い切り身体を前後させる。材木が軋んで歪み、担ぎ手の上で不安定に揺れる。


「下ろせ! 下ろせ下ろせ! 下ーろーせー!」


 駄々っ子のように前身で暴れ回ると、担ぎ手の懸命の努力にもかかわらず神輿は蛇行し始めた。ここまで来ても被り物集団はこちらを見ようともせず、それどころか驚いたことに全力で走り始めた。


「ちょッ、待……危ない、危ないって!」


 いまバランスを崩されると、受身を取れない状態で前方に放り出されることになる。静止状態ならなんとかするつもりだったが、さすがに全力疾走中は怖い。躊躇するうちに神輿はどんどん獣道を進み、鬱蒼とした山道のなかに入り込んでゆく。わずかな星明りも消えて漆黒の闇に先導役の松明だけが光って見える。虫の音と担ぎ手たちの息遣い、草を掻き分ける音だけが響く。何がなんだかわからない状況で揺さぶられ、ひとりだけ高い位置にいるぼくの顔に枝がビシビシと当たる。


「痛ッ! ちょっと、もうチョイゆっくり……いた、痛いって! オイこれ何の罰ゲームだよ!」


 それは、いきなりだった。

 耳をつんざく咆哮。神輿がビクッと震えて、担ぎ手の足が止まる。

 それはあまりにも近く、あまりにも巨大だった。巨軀を示す重低音に、爆発したのかと思うほどの音圧。狼の吠えた声など比較にもならない。

 どこをどう考えても、普通の生き物のわけがない。その相手が発した、恐ろしく明白な意思。


 立ち去れ。さもなくば殺す。


 いつの間にか森から虫の音が消え、辺りはしんと静まり返っていた。 

 前方の松明が揺れ、移動を促すように何度も前後に弧を描く。その指示に従うべきかと、神輿も揺れている。


「そうそう、バックしてバック……」


 渋々といった感じで神輿が動き出す。前へ。


「あ、ウソだろおい、生贄ってもしかしてアレか? ドラゴンとかドラゴンとかドラゴンとかだろ、なあ勘弁してそれは無理だからねえ……聞いてる?」


 目の前を進んでいた長老の松明が消えた。それと同時に、神輿が蛇行し始める。ナビゲーターを失って担ぎ手たちが方向を見失ったのだろうと思ったが、そうではなかった。

 夜でも明るい文明社会で暮らしていたぼくは、自覚こそないがほとんど夜目は利かない。

 だが、彼らには見えていたのだろう。前方で起きていた光景が。


 ボリゴリクシャビチャ……


 それは、紛うかたなき“肉体の咀嚼音”だった。息を呑む音がしたかと思うと、担ぎ手たちは神輿を放り出し、悲鳴を上げて一斉に駆け去る。神輿は垂直に落下したため、ぼくが顔面や後頭部を地面に打ち付けることはなかった。それが幸運だったのかどうかはわからない。どうせ縛られたまま食われるなら、頭を打って気を失ってるうちの方が良いのかもしれない。


 奇妙な間がある。こちらを窺っているような気配がある。


「ああ……っと、もしかしてドラゴンさん?」


 ぼくは前方の闇に声を掛ける。どのみち逃げられず、相手からも見えているのだ。アプローチするなら自分から。敵でも女でも人生設計でも一緒だ。リスクを背負う状況で受身なのは嫌だ。だから、今度もそうすることに決めた。


「ぼくは馬場真一郎といいます。どういうわけか、今日の昼頃この世界に飛ばされてしまいましてね、まだ右も左もわからない状況でして、恐縮ですが世の習いなどひとつお教え願えませんかね」


 目が暗闇に慣れたのか、うっすらとシルエットが見えてきた。太古の肉食恐竜のような姿。頭だけでも縦横2m以上はありそうだ。

 ドラゴンは鼻を鳴らし、ぼくの顔に息が吹き掛かる。

 当然のことながら、生臭い。


「断る」


 朗報だった。言葉が通じる。声というよりも頭のなかに響くような“意思”だったが、意思疎通が出来るのなら対処法もある。

 失敗したところで喪うものは――少なくとも現時点と同じ程度しか、ない。


「もしまだ空腹でしたら、良いプランがあるのです。いま、ぼくを食べても手に入るのは60と数キロの肉片。骨を除けば40キロ程度しかないわけです。あなたの空腹を満たせるわけでもないし、食えばそれで終わり。でしょう? だったら一定の食料を継続的に供給される方が、結果的には遥かにメリットが大きい。違いますか?」


「何の真似だ、命乞いをするなら助けるとでも?」


「確かに、命を失いたくはない。ですが、どちらかに一方的な損失を強要するのは、ぼくの主義じゃないんですよ。契約を求めているのです。担保はぼくの命。対価は望むだけの食料」


「こちらが食い物に困っているとでも?」


「だとしたら、最初に食うのはあの老人じゃない。一体だけで終わらせたりもしない。違いますか?」


 また息が吹きかかる。もう生臭さも気にならない。


「……続けろ」


「どういう条件なのかは知りませんが、あなたは人間から肉を供給される立場にある。ぼくはそれを……少なくとも“この肉”に関しては、止めてもらいたい。そこで提案したわけです。あなたが納得する方法で損失を補填し、偏った関係を改善したい」


「龍と対等な関係になりたいとでもいっているように聞こえるが」


「さっきの人たちと本質は変わりませんよ。あなたの怒りを鎮めたい。ですが、彼らは一方的に押し付け、拒絶された。あんなのは誰にとっても得がない。無駄で無益です。どこかに、“お互いに幸せになる方法”があるはずなのに」


「ふざけたことを考える奴だ。ドラゴンとの契約というのは、もっと神聖で美しいものだとは思わんのか」


「願望としては。でも夢で腹は膨れません。綺麗ごとをいえるのは満ち足りた者だけ。ぼくは違います。あなたは?」


「……ふん」


 周囲の木々が薙ぎ倒され、月明かりが差し込んでくる。

 ドラゴンの全身が見えてきた。岩のようにゴツゴツとした肌。体長は二十メートルほどか。翼を生やした肉食恐竜というような外見だが、赤く光る眼には知性がある。当たり前か。

 爪が伸びてきて、手足の拘束が解かれる。


「この世界の人間でないというのは、信用してやってもいい。ここの人間に……いや、獣もだろうが、そんな考えを持つ奴はいない。敵か味方か、食うか食われるか、這いつくばるか這いつくばらせるかだ」


「彼らは?」


 足元の血溜まりを指す。


「関わり合うほどの存在ではない。味も不味い。“生贄を捧げれば何をしても許される”と勝手に思い込んでいるようだが、こちらの棲み処に踏み込んできたら殺す。それだけだ」


「誤解があると教えてあげればいいのでは?」


「聞く気のない者にか」


「試したことは」


「ある。が、おかしな念仏と悲鳴以外の反応が返ってきたことはない。何度か考え違いを正そうとしたが、やめた。来た者は殺すが、生贄の列で最も役に立たない個体だけだ」


 自然の摂理を具現化している、ということか。おそらく、優しい措置なのだろう。通じてないだろうけどな。


「なるほど。それで、契約については」


「目的がわからん以上は検討に値しない。そもそも、お前からしてみたら“一方的な損”から、また別の、“一方的な損”になっただけではないか。それを受け入れるとしたら、よほどの馬鹿か、何かを企んでいる馬鹿だ」


「“お互いに幸せになる方法”といったでしょう? ぼくのいた世界では“Win-Win”なんていってましたけど。それが成功すると、その先があるんです。そして次は、もっと上手く行くはずです」


 龍は無言で何かを考えている。ぼくが“食うよりもっと使い道があるもの”に見えてきたんだとしたらいいのだが。

 ここで、少しは弱みを見せるか。


「ぼくは、この世界に来て半日ですが、いくつかはわかったことがあります。それを繋ぎ合わせると……人間は、獣人というのでしょうか、半人半獣の集団と戦争状態にある。人間側は一枚岩ではなく、聞いた限りでも、帝国・王国・共和国という三集団に分かれている。対する獣人たちも軍と階級を持っていたようですから、その社会はおそらく人間と同じように多くの対立構図を抱えているのでしょう。そんななかで、どこの派閥から見ても余所者の異物でしかないぼくも、生きるためにいずれはどこかに帰属集団を見つけなければいけない。現時点で誰が信用できるのか不明なまま、どこかに従属することは危険だと思ったのです」


(しがらみ)を受け入れる前に探りを入れる時間が欲しい、ということか。そして、身を護る術も。なるほど、龍の契約者に害を加える者はいない」


「受け入れるとしたら、ですが」


「ドラゴンには(それ)がないとでも?」


「ええ。少なくとも、あなたには」


「忌々しいやつだ」


 当たったらしい。気が緩んだこの隙に、契約成立の言質を取る。


「最初の食料は何日後に?」


「明日の昼だ。質と量に満足できなければお前を食う。逃げたとしても、探し出して食う」


「期待に添えるよう頑張りましょう」

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