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号砲

 南西側城門前に布陣した共和国砲兵陣地から爆炎が上がる。こちらの攻撃によるものではなかった。周囲にいた共和国歩兵が吹き飛ばされ、バラバラの肉片になって転がる。


 ――砲弾? 右翼陣地からの発砲があったように見えたが。


「撃て!」


 疑問に構わず、ファナは号令をかける。動きを止めたら次に狙われるのはこちらだ。轟音とともに発射された砲弾が大きく弧を描いて飛んでゆく。滞空時間が長く、手持ち無沙汰な待ち時間が、獣人族の経験してきた戦争の感覚に馴染まない。


「装填、開始」


 発砲と同時に、准尉の号令で砲兵たちが再装填を始める。それは敵の右翼砲兵も同じだろう。こちらの砲声に気付いた彼らが反応してこないとは思えない。

 共和国軍右翼が取りいていた南東側城門が引き倒され、共和国兵士が城内に雪崩れ込むのが見えた。抵抗する帝国軍の数は少なく、瞬く間に制圧してゆく。その前衛となっていた重装歩兵部隊のど真ん中にこちらの攻撃が着弾、彼我数十の兵員が肉片となって飛び散った。

 煙と瓦礫で視界が塞がる。攻城側の動きが止まり、混乱が発生している。爆発による死者そのものよりも、周囲に負傷者と恐怖を振り撒くことこそが“砲”の真価なのだろう。そのなかでも怯まず動きを止めていない者たちがいた。砲兵。城門からわずかに引いた位置にあり簡易な遮蔽物で囲まれているとはいえ、危険度は誤差程度のものしかない。死の恐怖を無視して砲撃を続けようとするその意志は単なる訓練だけで鍛えられるものではなかろう。


「装填完了」


 再装填を終えたこちらの砲兵が耳を押さえた姿勢でうずくまる。

 城門前では、支援砲撃を行っていた右翼臼砲がこちらの攻撃位置を探りながら転回を始めるのが見えた。砲を潰すべきか迷うが、ファナの決断より早く城内から放たれた火矢が砲兵陣地に降り注ぐ。砲から逸れた数本が弾薬車に着火し、周囲の兵を巻き込みながら吹き飛んだ。

 爆煙と煙で砲自体の被害は確認出来ない。視界が晴れるのを待っている時間はない。


「移動開始!」


 ファナの言葉と同時に、人馬騎兵が一斉に動き出す。8騎がひとりずつ砲兵を背に乗せ、4騎が臼砲の台座を牽引しながらそれを追う。弾薬車と呼ばれる装薬を積んだ貨車は2騎で曳くが、事故を避けるため距離を置き、遮蔽物の陰を縫うように追随する。

 潰されたはずの右翼臼砲から弾着があったのは、ファナたちが移動を開始してすぐのことだった。粉々になった建物は、彼らが身を隠していた場所から二軒と離れていない。装填と転回が済んでいたとはいえ、弾薬車の爆発から生き延びた砲兵がこちらの発射地点を特定し反撃してきたことになる。

 しかもそれは、目の前で友軍が自軍鹵獲兵器によって爆散させられたという異常事態に混乱せず対処してのことだ。

 思考放棄状態の雑兵が命ぜられるまま行った可能性もあるが、戦力として動じなかったことには変わりない。


「なるほど、共和国軍(やつら)はなかなかの精兵ですな」

「准尉から事前に移動の提案がなければ、かなりの兵が行動不能になっていた。力押ししか評価できない獣人連合(われわれ)では見誤るわけだ」


 ファナは共和国軍の――ヒト型の目指す戦争が、初めて恐ろしいと感じた。


 信じられないことに、ほとんど間を置かず追撃があった。着弾による被害が建造物だけだったことで砲を潰せなかったことはすぐにわかったのだろう。こちらが自分たちを狙って移動したことを想定したのか、次弾は共和国軍左翼(にしがわ)にひと区画分ずらしてある。砲兵が初弾の発射時点で再装填と再照準を行っていたのは明白だった。


「弾薬は吹き飛んだんじゃ……」

「再装填1回分は砲の近くに置きます。これで終わりでしょう」


 ケイルの漏らした疑問に、准尉が冷静に応える。ファナは呆れたように首を振る。


「共和国に猛将なし、とは良くいったものだ。逆に考えなくてはいけなかったのだな。共和国軍では誰もが等しく(・・・・・・)一定の能力を発揮する」


 ヒト型の三国軍のなかで、王国軍はその歴史を重んじ、華麗な剣技や弓の名手など個人の武勇を誇る。帝国軍は恐怖政治による強靭な士気と、進んだ冶金技術による強力な装備で知られる。それに比べて、共和国軍は兵数こそ多いが体格も装備も貧弱で目立ったところがなく、ちっぽけな蟻に例えられてきた。

 群れた蟻の恐ろしさは、食い付かれた者にしか分からない。


「マイヤー中尉、対空警戒を」

「……なに?」

「“天馬”から視認されると、こちらの布陣や戦力が帝国軍に筒抜けになります。いま城内の兵はこちらへの攻撃に振る余力はないでしょうが、本来あれに対するには偽装か隠蔽が必要になるのです」


 蟻には蟻の生き方がある。それがファナには、ケダモノよりも上等なものに思えた。


「11時方向、廃墟内に退避、急げ」


 ファナは臼砲を建物のなかに入れる。城門前を見ると、向こうは弾薬を喪った砲を陣地ごと遺棄したらしく、爆煙の収まったそこに人影は消えていた。


「准尉、臼砲(それ)で天馬とやらは落とせるか」

「上空にあるうちは砲の射程外なので無理です。城の最上階まで降りてきたら当てることは可能ですが……」

「そこには連合の兵が向かっている。爆発で被害が出るな」

「ええ。それと、もうひとつ。天馬(あれ)の装甲は船体下部だけです。船を吊っている気嚢(きのう)、あの丸い袋に穴を開ければ浮力を奪い撃墜が可能ですが、軟過ぎて砲弾が当たっても破裂しません。矢も通常の(やじり)では刺さるだけで大した被害を与えられないでしょう」


 獣人が引く大型の弓なら滞空目標も射程に捕えられたかもしれないが、長弓装備の人猿族部隊は恐らくまだ安全地帯で高みの見物をしているところだろう。

 人馬騎兵の副兵装である(おおゆみ)は直射用の武器で、射程は長弓に及ばないが打撃力は高い。


「モルカン、広鏃(ブロードヘッド)で降りてきたやつを狙え。急所はあの丸い部分だ」

「お任せを」


 痩身の人馬騎兵モルカン伍長が即座に返答する。彼は弩装備の部下5名を率いて、黒脚部隊が開いた城の北側裏門に回った。

 ファナは待機を命じて砲兵たちに向き直る。彼らの眼には先ほどまでと違う諦観があった。


「准尉、共和国軍右翼の砲が左翼の砲を潰した理由は」

「くだらない話です。戦のさなかに政争を優先した結果、といったところでしょう。城の南西に布陣したのは保守派閥子弟の率いる赤炎師団、共和国の中枢である委員会でも保守派閥は多数派です。最新鋭兵器の開発を行うなど台頭著しい改革派閥を押さえようとしていますが、軍事的功績が大き過ぎて手を出せません」

「功績を殺ぐのが目的なら、保守派閥を攻撃してどうする」

「砲兵は……既存兵科を脅かす最新鋭兵器は、改革派の象徴なんです」


 ファナは、ぽかんと口を開けてベリジェ准尉を見る。


「……そんな、ことのために……友軍を」

「最初に命じられたのは我々でした。政治将校は英雄として帰還させてやると約束しましたが、帰国と同時に粛清されることは明白でしたから」


 頭では理解出来る。突き詰めれば、連合司令部が自分たちにやったことと同じだ。が、気持ちがついてこない。ファナは共和国の評価をもう一度(・・・・)改める。ヒト型の戦争は、ケダモノ以上にケダモノじみていた。


「中尉殿」


 ケイルの声に振り返ると、彼が指した方向で高度を落としていた゛天馬”に弩の斉射が突き刺さるところだった。城の尖塔に係留中の一隻を護衛するため降下してきた船体がたちまち高度を落として城壁を掠めながら市街地に向けて落下してゆく。


「上空の二隻はともかく、あの低高度のは落とせそうですね」


 塔の窓から身を乗り出す人兎兵の姿があった。階下にいる(恐らく友軍に)身振りで何かを示している。


「カーラ、とかいったか。シンのパートナーだな」

天馬(あれ)を射ろといっているようですが。彼らの短弓では無理でしょうな」


 上空の二隻が高度を下げて攻撃態勢に入る。モルカンたちの弩が打ち上げられるが、気嚢に届かず船体に弾かれる。撃墜されたのを見ているせいか、機動を維持して被弾を避けようとしている。

 カーラの指示によるものだろう。尖塔の直下から矢が打ち上げられる。弩とは明らかに違う速射で、鏃には火が着けられていた。


「おい待て、あいつら何を……」

「ダメです、止めさせてください!」


 火矢の数本が係留された天馬の船体に刺さる。木製とはいえ炎上には至らない。が、角度を変えて打ち上げられる火矢の狙いが気嚢であることは明らかだった。いままでにない准尉の慌てように、ケイルとファナガ訝しげな表情になる。


「こちらからは死角になっているから止めようがないぞ、どうした急に」

「天馬の気嚢に充填されているのは、空気より軽い気体です。着火すると……伏せて!」


 棒立ちのまま見つめるファナたちの前で、空が爆発した。

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